ホークス一筋25年、チームを支えるベテラン打撃投手が明かす“打ちやすいボール”とは? 試合前のバッティング練習の本当の目的
〈〈ソフトバンク・逆転日本一へ〉強力打線を支える大ベテラン打撃投手が25年間で「一番エグい」と感じた打者〉から続く
華やかなプロ野球選手を支えるのが「裏方さん」と呼ばれるチームスタッフ。そのひとり、打撃投手の濱涯泰司さん(はまぎわ・やすじ。54歳)は現役時代の小久保裕紀監督、柳田悠岐、近藤健介……など最強ホークス打線の打撃練習を25年間、サポートし続けてきた。今年10月9日、その濱涯さんが自身の仕事のすべてを綴った『職業・打撃投手』(ワニブックスPLUS新書)を上梓。
日本一を祈願して、打撃投手という仕事の魅力を、野球ファン垂涎の本書より一部抜粋、再構成してお届けする。
甘くない打撃投手の立場
華やかに見えるプロ野球選手という仕事ですが、毎年毎年新しい選手が入ってきますから、競争に勝ち抜かなければ、すぐにクビ(戦力外)になってしまうのが現実です。
一方、打撃投手は、きちんと仕事ができていればクビになることはありません。ただし、この「きちんと仕事ができていれば」という条件は、簡単なようでなかなか難しいものなのです。そのため、打撃投手はクビになるケースも比較的多く、チームスタッフの中ではもっとも厳しい境遇にあるといえるでしょう。
チームスタッフ全般という話でいえば、そう簡単にはクビにならないので、現役を引退する選手が誰でも、いつでもなれるわけではありません。
よくプロ野球選手のセカンドキャリアが話題になることがありますが、引退後にチームスタッフとして球団に残るというのは、好きな野球、しかもプロ野球に携わっていけるという点で、境遇としては恵まれているほうだと私は思います。
契約は基本的に1年ごとの更新です。選手と違ってチームの順位や成績によって給料が跳ね上がるようなことはありません。
支配下登録だった投手が打撃投手になると給料は下がることになります。ただし、育成契約だった選手が打撃投手になると、多くの場合、給料は上がることになります。
その後は年齢と経験に応じて少しずつ「定期昇給」があり、下がることはまずありません。優勝してもそれによって給料が上がることはありませんが、臨時ボーナスが出ます。嬉しいですし、やりがいを感じます。
プロ野球選手は、野球協約に基づく球団との独占契約がある一方、クビも日常茶飯事ですし、トレードもあり、一般的な雇用とはかけ離れた世界です。
チームスタッフは、一般社会の雇用形態とほぼ同じ。いわゆる嘱託とか契約社員に近いものだと思います。
打撃投手の仕事は打ちやすい球を投げること
では、具体的に打撃投手の仕事内容について見ていきましょう。
試合前のバッティング練習では、選手たちはイメージと動作にズレがないか、スイング軌道に狂いがないかなど、選手自身でチェックポイントを確認します。
キャンプでは数多くのバッティング練習をすることで、そうした動作や感覚などを私なりに固めていきます。
打撃投手が一定の打ちやすい球を投げることで、そうした確認作業を効率良く進めることができるのです。
では、打ちやすい球とはどんな球なのでしょうか。
工業製品や農作物に「規格」があるように、私たち打撃投手が投げる球にも「規格」のようなものがあるのです。
①球速は100キロから110キロの間
②球種は垂直方向のバックスピンがかかった直球(フォーシーム)
③コースの基本はど真ん中(打者がコースを指定する場合もある)
④投球間隔は、打者の間合いに合わせる
これが理想ですが、機械ではないので完璧にはできません。それでも、いつもできるように努力しています。
それぞれ、本職の投手から打撃投手になる時に対応しなくてはいけません。
打撃投手の「常識」として、打撃投手の握りというのがあります。本職の投手のストレートの握りは人差し指と中指をくっつけて縫い目にかけますが、人差し指と中指の間を開いて握ると左右のブレが小さくなるのです。私も先輩から教わりました。
打ちやすい球を投げるのは簡単そうで難しいのですが、何より厄介なのは精神的重圧との戦いです。
試合前に「打ちにくい球」の練習はしない
打撃投手が投げる打ちやすい球を打って、それでバッターにとって練習になるのかと疑問に思う方もいるでしょう。
試合では相手ピッチャーがバッターのタイミングを外したり、的を絞らせないために、球速を変えたり、球質を変えたり、投げる場所、高低・内外を変えたり、投球間隔を変えたりして投げているのだから、それを打てるようにする練習が必要なのではないか。
確かにそういった実戦的な練習もあります。その場合は、打撃投手が投げた球を打つのではなく、現役の投手が投げます。真剣勝負に近い形の練習です。
「フリーバッティング」「シートバッティング」「ライブBP」(※投手の最終調整の意味合いで行う実戦形式の練習)といった練習がそれに当たります。抑えようとするピッチャー、打とうとするバッター、両方にとっての練習です。最近はCS局やネット配信でキャンプの様子が中継されるので、ご存じの方も多いでしょうが、キャンプも中盤になってくると、そういった練習が行われます。
ただ、こうした練習をしたところで一軍の試合で参考になるのかどうかは微妙なところです。いくら実戦形式といっても、同じユニフォームを着ている味方同士では、どこか真剣勝負にはならないところがあります。むしろ、一軍レベルかどうかの参考にしたり、試合出場に向けたステップとして行われる練習といっていいでしょう。
ともかく、試合前のバッティング練習の目的は感覚のチェックが中心で、打ちにくいボールを打つ練習はしません。
試合前のバッティング練習の目的はズレの修正
ほとんどのバッターは、打撃投手にコースの指定やリクエストはしませんが、できれば同じコースに投げ続けてほしいのだろうというのは感じます。その理由は、バッターの状態を確認して調整するためには、一定のボールのほうがやりやすいからです。
先に「規格」どおりの球を投げ続けるという言い方をしたことに通じますが、重要なところなので説明を加えます。
試合前のバッティング練習は、限られた時間で自分のイメージと実際の体の動きにズレがないかをチェックして、もしあった場合はそれを調整するのが目的です。
バッターは過去の経験則から、目で見た情報をもとにバットとボールが当たる瞬間を予測し、その予測のとおりにバットを振ります。ところが、人間は機械ではないので、必ずしもそのイメージどおりに体が動くとは限りません。いつもと同じバッティングフォームのつもりでも、思ったとおりのスイング軌道になっていないということが日常的に起きます。
打撃投手が投げる球を打ちながら、そのイメージと現実のズレ、あるいは感覚と動作のズレといったものを埋めていく作業を試合前のバッティング練習で行っているのです。
やりたいことをやってもらう
プロのバッターは、よほどの不調期でない限り、感覚と動作の修正はすぐにできます。あとは調子の良し悪しを確かめるために、やりたいことをやってもらうこと、別の言い方をすれば、気持ちよく打ってもらうことが大事です。
そうならば、打撃投手が投げるべき「一定の場所」は、バッターが打ちやすそうにしている場所ということになります。
私の場合は、その「一定の場所」がどこなのか、打者の打ち方や反応を見ながら決めています。他の打撃投手がどうしているのかはわかりませんが、バッティング練習自体で打撃投手とバッターとでコミュニケーションを取っているという感じはあります。
一流のバッターになればなるほど、バッティング練習ではひとりの世界に入り込んでいますので、こちらとしてはより集中力を高められるように、邪魔をしないようにと気を使うところもあります。「一定の場所」としてどこを狙って投げるのがいいか、バッターの様子から感じ取ることも打撃投手の仕事のひとつだと思います。
11/02 11:00
集英社オンライン