2025年からPGAツアーはシード100人、出場枠120人に“縮小”!? 一方で有望アマチュアの登竜門を拡充する狙いとは?

PGAツアーはレギュラーシーズンとポストシーズンが終了し、生き残りを懸けた選手たちがしのぎを削るフェデックスカップ・フォールが進行中だ。そんななか、来季からPGAツアーのシード枠、各大会の出場枠が縮小される見込みだという報道がされている。

PGAツアーは「この40年で最大の改革」を検討

 PGAツアーは今、フェデックスカップ・フォールの大会が進行中だ。先週はユタ州でブラックデザート選手権が行なわれ、今週はネバダ州ラスベガスでシュライナーズ・チルドレンズ・オープンが開催される。

6月の「UNCヘルス選手権」で優勝。今季のコーン・フェリーツアーをランキング25位で終え、30位以内に与えられるPGAツアーのツアーカードを見事獲得した大西魁斗 写真:Getty Images

6月の「UNCヘルス選手権」で優勝。今季のコーン・フェリーツアーをランキング25位で終え、30位以内に与えられるPGAツアーのツアーカードを見事獲得した大西魁斗 写真:Getty Images

 今季の全試合終了時点でフェデックスカップ・ランキング125位以内に食い込めば、2025年シーズンのフル出場権を得ることができる。

 昔からPGAツアーのシード権といえば、「上位125位以内」が合言葉のようなもので、かつては賞金ランキングの上位125名だったが、現在はフェデックスカップ・ランキングの上位125名に変わっている。だが、「125」という数字は、これまで一度も変わったことがない。

 しかし、米スポーツ・イラストレイテッドによると、昨今、PGAツアーは「この40年で最大の改革」を検討しており、実現されれば、シード選手の人数は「125」から「100」に縮小される見込みとのこと。

 各大会(シグネチャーイベントなどを除く)の開幕前に行われるマンデー予選からの試合出場枠やスポンサー推薦枠も減らされる見込みであることが、米マンデーQドットコムから、すでに伝えられている。

 そうなれば、草の根のミニツアー選手やアマチュア選手が突然優勝してPGAツアー選手になるシンデレラストーリーは、もちろんこれまでも希少だったが、今後は、これまで以上に少なくなるだろう。

 また、下部ツアーのコーン・フェリーツアーからPGAツアーへ昇格できる人数は、現在は上位30名だが、今後は20名に絞られる可能性が大きいとされている。

 各大会の出場人数も減らされる見込みで、現在のフィールドサイズは試合によって132名、144名、156名といった数字だが、今後は120名に減らされることが確実視されている。

 これらの改革はまだ正式発表はされていないが、来月の理事会で承認され、25年シーズンから実施となる可能性がきわめて高いと米メディアは見ている。

 なぜシード選手の人数を減らし、マンデー予選やスポンサー推薦の枠を減らし、各試合のフィールドを縮小しようとしているのか。

 最大の目的は、試合進行をスムーズにすることだ。現行システム下では、悪天候によって少しでも試合が止まれば、その日は日没サスペンデッドになることは、ほぼ確実。天候にかかわらず、全体のプレーペースが何らかの原因でスローになれば、やっぱり日没サスペンデッドになりがちで、とりわけ予選カットが行われる2日目が終了できず、土曜日の朝にもつれ込むケースはしばしば見られる。

 不規則進行になれば、選手やキャディーはもちろんのこと、試合運営に携わる大勢のスタッフやボランティアの負担は格段に増えるため、そうした事態を避けることは、かねてからの課題となっている。

 スピーディーな試合進行はTV中継を予定された枠内に収める意味でも重要ゆえ、スポンサーやテレビ関係者からもフィールドサイズを縮小する案は支持を得ているそうだ。

 しかし、出場人数が減れば減るほど、試合会場の賑やかさは間違いなく減ってしまう。たとえ選手がトッププレーヤー揃いだとしても、人数が少なくなれば物理的に試合会場が淋しくなることは、プレーオフシリーズなどの例を見れば一目瞭然である。

 入場チケットや会場内での飲食物、お土産の売り上げといった面から見ても、フィールドサイズの縮小は地元のファンや関係者にとっては必ずしもうれしいことではないはずである。

米国と世界のアマチュア登竜門を別々に創設

 一方で、PGAツアーを目指して昇ってくる選手たちの道は、逆に広げられ、増やされつつあることは、とても興味深い。

 とはいえ、前述した通り、コーン・フェリーツアーからの昇格は、現在の30名から20名に縮小されると見られているが、その分、コーン・フェリーツアー以外からPGAツアーへとつながる道が増やされつつある。

 かつてはPGAツアーへの登竜門だったQスクール(予選会)は、現在はコーン・フェリーツアーへの登竜門に変わっているが、23年からは「トップ5には翌年のPGAツアー出場資格を授ける」ことになり、かつての一発勝負的な要素が復活している。

 米国のカレッジゴルファーを対象にした「PGAツアー・ユニバーシティー」という制度もある。このPGAツアー・ユニバーシティーの最終ランキングで1位になった選手には翌年のPGAツアー出場資格が付与され、2位から5位にはコーン・フェリーツアーのフル出場資格、6位から10位にはコーン・フェリーツアーのコンディショナル(条件付き)出場資格が授けられる。

 さらに今年6月には、米国のカレッジゴルファー(NCAAディビジョン1)を除いたアマチュアゴルファーを対象とする「グローバル・アマチュア・パスウェイ」が新設された。

 この制度は、DPワールドツアーがR&AやPGAツアー、WAGR(世界アマチュア・ゴルフ・ランキング)と協力し合って新たに創設したもので、いわばPGAツアー・ユニバーシティーの世界向けバージョンと考えられる。

 WAGRのトップ20以内で、なおかつ、このグローバル・アマチュア・パスウェイの最終ランキングで1位になった選手には、翌年のDPワールドツアーの出場資格が授けられる。

 この制度でDPワールドツアー選手になり、翌年のDPワールドツアーのポイントランキングでトップ10に食い込めば、その翌年のPGAツアーへ出場することが可能となる。

プロゴルフ界の米国至上主義は変わっていくか

 こうした変化の中で、チャンスを生かしている日本人選手もいる。

 久常涼は昨年のDPワールドツアーのトップ10に食い込んで、今年のPGAツアーに出場。フェデックスカップ・ランキング125位以内に留まって来季のシード権を確保した。

アジアパシフィックアマチュア選手権で3位に入った中野麟太朗 写真:大会提供

アジアパシフィックアマチュア選手権で3位に入った中野麟太朗 写真:大会提供

 大西魁斗は昨年のコーン・フェリーツアーをランキング100位以内で終え、今季は条件付きシードのステイタスで同ツアーに挑んでいたが、6月のUNCヘルス選手権で優勝するなど好成績を上げ、最終ランキング25位となって、トップ30に与えられる25年PGAツアーのフル出場資格を獲得した。

 グローバル・アマチュア・パスウェイは今年6月に創設されたばかりのせいか、まだ広く知られてはいない様子だが、新たなシステムや制度に関する情報に常にアンテナを張っている世界のトップレベルのアマチュア選手たちは、「チャンスあらば」と飛びついている。

 10月上旬に太平洋クラブ御殿場コース(静岡県)で開催されたアジアパシフィックアマチュア選手権で優勝した中国のディン・ウェンイーは、初年度となった今年のグローバル・アマチュア・パスウェイ・ランキングで1位になり、間もなくプロ転向して、来季はDPワールドツアーを転戦する予定だという。

 昨年の日本アマ覇者で早稲田大学3年生の中野麟太朗は、今季のグローバル・アマチュア・パスウェイ・ランキングは13位。これからも世界へ羽ばたくためのチャンスを虎視眈々と狙っていくことだろう。

 ただ、ちょっと気になるのは、米国のカレッジゴルファーが大学を終えた後、あるいは大学から離れた後に、このグローバル・アマチュア・パスウェイに参加することが可能とされている点である。

 グローバル・アマチュア・パスウェイは、世界のアマチュア向けに創設されたはずなのに、あたかもPGAツアー・ユニバーシティーで上位に入りそこなった「元NCAA組」の受け皿や敗者復活の場になりかねない仕組みであることには少々首を傾げたくなるのだが、その点を除けば、アマチュア選手がプロキャリアへと移行するための道筋は増えつつあると言っていい。プロ選手が下から上へと昇る道も増えつつあることは間違いない。

 米国中心のプロゴルフ界には、まだまだ米国至上主義的な面は見られるものの、さまざまな道が開けつつあることで、PGAツアーのグローバル化が進んでいることも事実だ。

 ちなみに、来季のPGAツアー出場資格を獲得した今年のコーン・フェリーツアーのトップ30の国籍は、米国、オーストラリア、チリ、ドイツ、日本、ノルウェー、南アフリカ、スウェーデンの8カ国だった。

 リブゴルフにスター選手を奪われたことも手伝って、PGAツアーは多彩化、多様化、そしてグローバル化を図り、優れたゴルファーを招き入れるために、これまで以上に力を入れ始めたと言えるのではないだろうか。

文・舩越園子
ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学客員教授。東京都出身。百貨店、広告代理店に勤務後、1989年にフリーライターとして独立。1993年に渡米。在米ゴルフジャーナリストとして25年間、現地で取材を続け、日本の数多くのメディアから記事やコラムを発信し続けてきた。2019年から拠点を日本へ移し、執筆活動のほか、講演やTV・ラジオにも活躍の場を広げている。

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