全米OPが10年間で最高の視聴率 リブゴルフの不人気に学び生まれ変わったデシャンボーがゴルフ界の救世主に?

リブゴルフ選手であるブライソン・デシャンボーの優勝。ローリー・マキロイの終盤での失速などドラマチックな展開となった今年の全米オープン。視聴率はここ10年で最高だったという。ファンとの絆を大切にする選手に生まれ変わったデシャンボーがゴルフ界の救世主になるのだろうか。

「この優勝トロフィーをみんなに触ってもらいたい」

 今年の全米オープンは難コースのパインハーストに「デシャンボー旋風」が吹き荒れ、近年まれに見るほどの盛り上がりだった。

無邪気な表情で大事なトロフィーに砂を注ぐブライソン・デシャンボー 写真:Getty Images

無邪気な表情で大事なトロフィーに砂を注ぐブライソン・デシャンボー 写真:Getty Images

 米国における最終日のTV中継の視聴率は、この10年で最高の数字を記録。その数字を引き上げたのは、もちろんブライソン・デシャンボーだけではなく、1打及ばず敗北したローリー・マキロイも、多くのゴルフファンの視線を中継画面に釘付けにしたのだと思う。

 しかし、あの日、あの大会で大観衆を一番喜ばせたのは、間違いなくデシャンボーだった。パワフルなショットは彼の何よりの特徴だが、それよりも魅力となっていたのは、彼のフレンドリーな姿勢だった。

 デシャンボーは大事なラウンドのスタート前でもサインや握手に応じ、グリーンから次ホールのティーイングエリアに向かうときもグータッチを交わしながら歩いた。ロープ際からの声援に直接応えることも多く、そうやってリアクションをもらったギャラリーは驚きながら大喜びしていた。

 バーディーパットを沈めたとき、大事なパーセーブに成功したとき、デシャンボーはギャラリースタンドの方向へ向き直り、「みんなと一緒に沈めた!」と言わんばかりにガッツポーズ。大観衆もそんなデシャンボーに呼応するかのように、割れるような拍手と大歓声を上げていた。

「今夜、どうにかしてこの優勝トロフィーをみんなに触ってもらいたい」

 表彰式でそう言ったデシャンボーは、その言葉通り、大勢の人々の群れの中にトロフィーを抱えたまま入っていき、大喜びするギャラリーにもみくちゃにされながら、みんなにトロフィーの感触を楽しんでもらっていた。

 72ホール目、見事、ピン1メートルに寄せたバンカーショットは「生涯忘れない1打だ」と感じていたデシャンボーは、トロフィーを抱えたまま、18番グリーン脇のバンカーの中に入り、驚いたことに、その砂をトロフィーの中に入れてしまった。

 トロフィーといえば、優勝者が大好きなお酒を注ぎ入れて「勝利の美酒」を味わう儀式のためにもクリーンでなければならないが、そのトロフィーに砂を入れるなんて、とんでもないという意味で、周囲にいたカメラマンらは「ダメだ、ダメだ」と叫んでいたが、デシャンボーは構わず砂をトロフィーへ。

 その様子は、日本の高校生球児が甲子園の土を持ち帰るのとよく似ており、デシャンボーはすでにメジャー2勝を挙げながらも、彼の心は高校生のようにピュアであることが手に取るように伝わってきた。

 そして、大事なトロフィーに砂を入れたデシャンボーは、入れっぱなしにはしなかったことも、きっちり人々に伝えていた。トロフィーの中の砂をドリンク用のペーパーカップ数個に分け入れ、それらを「お持ち帰り用の砂」とする一部始終を動画に収めて披露。もちろん、砂を取り出したトロフィーの中は、きれいに洗っていた。

 こんな行動を取ったチャンピオンは史上初。そして、こうしたプロセスを惜しみなく一般公開するデシャンボーは、史上初の「オープンなチャンピオン」となった。

マキロイは「リブゴルフがスローダウンするとは思えない」

 デシャンボーの「オープン」な行動は、全米オープン翌週も続いていた。

 彼の「翌週」はリブゴルフのナッシュビル大会(テネシー州)。会場入りし、車から降りるやいなや、大会関係者やファンから紙吹雪で迎えられたデシャンボーは、優勝トロフィーを抱えたまま、その場に居合わせた人々の合間を練り歩き、ここでもみんなにトロフィーを触らせて一緒に喜びを噛み締めていた。

 いつの間にリブゴルフにはこんなアットホームな空気が醸成されたのだろうかと、少々驚かされた。いや、アットホームな空気を醸し出しているのはデシャンボーただ一人なのかもしれないが、「ただ一人」の存在が大きな力を発揮し、ツアー全体を変えた実例は、ゴルフ界にはすでにある。

 1960年代からPGAツアーが急成長したのは、ひとえにアーノルド・パーマーの存在と活躍、そして彼の人柄のおかげだった。

 90年代半ば以降、PGAツアーが飛躍的な成長を遂げ、賞金がうなぎ上りに高額化していったのは、ひとえにタイガー・ウッズのおかげだった。

 2021年に創設され、22年から始動したリブゴルフは、いまなお世界ランキングの対象ツアーとは認められず、選手たちの世界における位置づけを示す数字は下降の一途を辿っているが、その一方で、デシャンボーはリブゴルフの未来を明るく照らす存在となりつつある。

 PGAツアー選手でありながらリブゴルフの内情に妙に詳しいマキロイは、こんなふうに語っている。

「リブゴルフの勢いがスローダウンするとは思えない。リブゴルフのニューヨークのオフィスでは200人以上の従業員が働いているし、選手たちは2028年か29年までの契約を交わしているほどだ」

 昨年6月にPGAツアーのジェイ・モナハン会長とリブゴルフを支援するPIF(パブリック・インベストメント・ファンド)のヤセル・ルマイヤン会長が電撃的かつ一方的に「統合合意」を発表した際は、「リブゴルフの今後はモナハン会長に一任される」「リブゴルフのグレッグ・ノーマンCEOは解雇され、リブゴルフは解散される」と言われていたが、今では、あの「統合合意」の出来事は幻と化してしまっている。

PIFとの統合に向けた交渉は「進んでいる」と言うのみ

ギャラリーの間に分け入り、優勝トロフィーに触れさせるサービス精神を見せたブライソン・デシャンボー 写真:Getty Images

ギャラリーの間に分け入り、優勝トロフィーに触れさせるサービス精神を見せたブライソン・デシャンボー 写真:Getty Images

 開幕に先駆け、モナハン会長は米メディアと向き合ったが、懸案のPIFとの統合に向けた交渉は「進んでいる」と言うに留め、具体的な内容などは一切明かされなかった。

 ビジネス交渉の中身を公開しながら進めることはできないというモナハン会長の言い分は頷ける。だが、昨年6月の発表がそうだったように、水面下の隠密行動ばかりが続けば、そこに参加できない人々は「蚊帳の外」「部外者」と感じ、心が離れていく。

 昨年6月の際は、PGAツアー選手たちが疎外感を抱いて激怒し、その後は選手たちが主体となって交渉を進める体制になった。

 だが、今度はウッズやスピースといった選手理事たちが「自分たちのツアー」を自分たちで維持しようとするあまり、肝心のスポンサーやファンを疎外する形に陥っている。昨今、PGAツアーのTV中継の視聴率が軒並みダウンしている一因は、そこにある。

 せっかく破格の賞金を用意し、シグネチャーイベントなる特別大会をシリーズ化しても、ファンや周囲との間に線を引いてしまう姿勢が伝わってくれば、親しみを覚えなくなるのは自然の流れなのではないだろうか。

「どうしたらファンを増やせるだろうかと考えた」

 もちろんPGAツアーも必死の努力を続け、試行錯誤もしている。20年にはPGAツアー・ユニバーシティーなる制度を創設。大学ゴルフの上位選手25名が大学卒業後にPGAツアーやコーン・フェリーツアー、PGAツアー・アメリカスへダイレクトに移行できる道筋を作った。

 昨年からはDPワールドツアーのポイントランキングのトップ10がPGAツアーへ昇格できる道筋も作られた。

 つい最近では、世界アマチュアランキングのトップ20に翌年のDPワールドツアー出場資格を授けるグローバル・アマチュア・パスウェイ(GAP)も創設された。

 将来有望な若い選手を早い時期から「確保」して育てようという意気込みが伝わってくる。それはそれで、きわめて大切で必要な行動だが、ツアーを盛り上げる上で一番大事なのは、選手一人ひとりの意識と姿勢だ。

 ファンもスポンサーも大会関係者もメディアも「みんな仲間」と考え、トロフィーの感触さえ共有する行動に出たデシャンボーの姿勢は、リブゴルフの他の選手にも、低迷が表面化し始めているPGAツアーの選手にも、最も求められるべき姿だ。

 特筆すべきは、デシャンボー自身が、以前はそういう姿勢ではなく、むしろ我が道だけを歩いていたという点である。

「リブゴルフに行って、ギャラリーがなかなか増えず、TV視聴率も上がらない様子をこの目で見て、どうしたらファンを増やせるだろうかと考えた」

 SNSを多用し、自身が登場するユーチューブ動画を流し、打てば響くようなリアクションを得て「人々との触れ合いの大切さと力を初めて知った」とデシャンボーは言った。「だから僕は変わったんだ」。

 その変化こそは、今、世界のゴルフ界が必要としている変化なのではないだろうか。

文・舩越園子
ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学客員教授。東京都出身。百貨店、広告代理店に勤務後、1989年にフリーライターとして独立。1993年に渡米。在米ゴルフジャーナリストとして25年間、現地で取材を続け、日本の数多くのメディアから記事やコラムを発信し続けてきた。2019年から拠点を日本へ移し、執筆活動のほか、講演やTV・ラジオにも活躍の場を広げている。

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