“統合宣言”から1年もサウジファンドとの交渉はブラックボックス…ウッズ、マキロイら中心メンバーと他の選手に溝!?

PGAツアーとリブゴルフを支援するサウジアラビアの政府系ファンド「PIF(パブリック・インベストメント・ファンド)」が統合合意を発表してから1年が経過したが、交渉の過程、内容は見えず、選手たちからは苛立ちの声も聞かれる。

「理事会ではない別の集団がモノゴトを決めている」

 PGAツアーのジェイ・モナハン会長とリブゴルフを支援するサウジアラビアの政府系ファンド「PIF(パブリック・インベストメント・ファンド)」のヤセル・ルマイヤン会長が、一方的かつ電撃的に「統合合意」を発表した昨年6月6日から、すでに1年が経過した。

実質的にタイガー・ウッズが主導権を握って交渉は行われているのか? 写真:Getty Images

実質的にタイガー・ウッズが主導権を握って交渉は行われているのか? 写真:Getty Images

 あの発表に際しては、PGAツアーとPIFは「和解した」と報じられ、両者が手を取り合って営利法人「PGAツアー・エンタープライズ」を創設することが、すでに決まったかのごとく伝えられた。

 しかし、PGAツアーの選手たちからは「聞いてないよ」と不満が噴出し、モナハン会長の信頼は失墜。ついには、モナハン会長が「病気療養中」となって業務を離れるなど、一時はツアーの運営や存続さえ危ぶまれたほどだった。

 その後、PIFとの交渉はPGAツアーの理事会が主体となって進める運びになり、タイガー・ウッズが長年のキャリアにおいて初めて選手理事に就任。そうかと思えば、選手会のリーダー格だったローリー・マキロイが選手理事を突然辞任し、ジョーダン・スピースが入れ替わりで選手理事に就任した。

 選手理事の顔ぶれはさておき、PIFとの交渉は遅々として進まず、膠着状態。そうこうしているうちに、今年1月末、PGAツアーはPIFではなく米コンソーシアムの「SSG(ストラテジック・スポーツ・グループ)とパートナーシップを締結。

 SSGから最大30億ドルの投資を得て、PGAツアーとSSGが「PGAツアー・エンタープライズ」を創設することが決まり、「PIFとの統合やパートナーシップ締結は、もはや必要ないのでは?」といった見方も浮上した。

 しかし、ウッズを筆頭とする選手理事たちは「PIFとの交渉は依然として続けている。僕たち理事会は毎日のように討議を重ね、前進している」と言い続けている。

 そんな中、昨年6月の統合合意の電撃発表の際に、モナハン会長の右腕となって奔走したPGAツアーのジミー・ダン氏が、今年5月13日に理事からの辞意を突然表明。

「もはやPGAツアーには(理事会ではない)別の集団があり、その集団がモノゴトを決めている。私はその集団には所属しておらず、私は余計な存在のようだ。PIFとの交渉は、いまだに進まず、いまだに決まらずじまいだ」

 すると、すかさず選手理事のウッズやアダム・スコットは「いやいや、交渉は進んでいる」と語り、ダン氏のコメントを否定した。

 これでは誰の何を信じたらいいのか、まるで分からない。PGAツアーとPIFとの関係は一体どうなっているのか。両者の交渉は本当のところはどうなっているのか。今、世界中のゴルフ関係者が首を傾げている。

具体的なことは何も読み取れない“声明”に肩透かし

 ダン氏が言った「別の集団」とは、ウッズらが、いつの間にか立ち上げていた「交渉分科会」を指している。

 この交渉分科会は、PGAツアーの理事会とは別に、PIFとの交渉のために創設されたもので、構成メンバーはウッズ、マキロイ、スコットの3選手とモナハン会長、元選手で現在は経済アナリストのジョー・オギルビー、それにSSGを構成する2社のビジネスパーソン2名を含めた合計7名とされている。

 先週のメモリアル・トーナメント開幕前、米メディアの取材に答えたマキロイは、交渉分科会のメンバーとPIFのルマイヤン会長の初会合が6月7日にニューヨークで開かれること、マキロイ自身は試合出場中のため、リモート参加することを明かし、こう語った。

「リブゴルフの勢いが衰えるとは思えない。彼らはNYにオフィスを構え、200名以上の従業員が働いている。選手たちは2028年、29年まで契約を結んでいるんだ。(今回の交渉で)実りが得られるとすれば、それは(僕ら選手が)両方のツアーで戦える状況を作り出すことだろう。ルマイヤン会長にとっては、巨額投資のリターンを得ることが第一。リブゴルフの選手たちは、年間14試合以外は自由時間。そのあたりの折り合いをどうつけるかだけど、その交渉は、タイガーやアダムや僕ではなく、モナハン会長らビジネスパーソンが行なうべきで、僕らは交渉役というよりは聞き役だ」

 そして、交渉分科会とPIFのルマイヤン会長との初会合は予定通り、7日の午後にNYで行なわれ、同席した分科会メンバーで経済アナリストのオギルビーによると、「ミーティングは約3時間。でも最初の1時間半はあいさつ。和やかで実りある会合だった」そうだ。

 PGAツアーからも声明が出され、誰もが強い関心を抱きながら見入ったのだが、声明を一読した誰もが肩透かしを食らった感に襲われたことだろう。

「ここ数カ月、PGAツアーとPIFとの交渉は加速されてきた……金曜日の夜、両者はNYで初会合を開き、より一層前進した。これからもプレーヤー、ファン、パートナー企業、ゴルフの未来のために、私たちは交渉を続けていく」

 そして、この初会合にリモート参加したマキロイも「今回のミーティングは、とても生産的で建設的で協力的だった。正しい方向へ進んでいる。前進している」と語った。

 しかし、どんな交渉が行なわれ、どんな意見が交換され、どんな課題が浮上したのか。具体的な内容が一切公表されなかったことは、ビジネス交渉においては、ある意味、当然なのかもしれないが、直接的な利害が絡む選手や関係者にとっては先行きが心配でたまらず、不満や不安は広がるばかりだ。

「ビジネスのプロでない人々がビジネスを推し進めている」

 そんな中、進捗状況を少しだけ明かしたのは、経済アナリストのオギルビーだった。

 NYで初めて直接会ったルマイヤン会長は「しっかり目を見ながら握手を求めてくる人柄だった」と振り返ったオギルビーは、米ゴルフダイジェスト誌の取材に答え、交渉の難しさがどこにあるのかを、こんなふうに語っていた。

そのパーソナリティーが外部にはいまひとつ伝わってこないヤセル・ルマイヤン会長(中央) 写真:Getty Images

そのパーソナリティーが外部にはいまひとつ伝わってこないヤセル・ルマイヤン会長(中央) 写真:Getty Images

「PGAツアーがSSGとパートナーシップを結び、最大30億ドルの投資を得ることが決まったことで、PIFにとっては『それ以上の投資をするべきか、それとも?』という具合にハードルが上がり、判断が難しくなっている。PGAツアーにとっては、PIFとはパートナーシップを結ぶとしても、PGAツアーとリブゴルフは(ツアー同士)相容れないところがあるため、そのあたりの判断が難しい」

 オギルビーのこの言葉からは、PGAツアーとPIFが今、何を最も問題視しているのかをうかがい知ることができる。

 さらにオギルビーは、これまでのPGAツアーのお金の流れは「機能不全」だと言い切り、だからこそPGAツアー・エンタープライズ創設に意味があったと強調した。

 また、選手理事からの辞任を申し出たウェブ・シンプソンが、自分の後任としてマキロイを指名したところ、他の選手理事から不満の声が上がり、マキロイが「歓迎されないのなら理事にはならない」とした出来事に関しては、「理事が自分の後任を指名することは、企業なら、株式を9割以上持ってでもいない限り、ありえない。理事の就任は正式手続きを踏まなければならない」と語った。

 しかし、その語尾に「タイガーは手続きなしに就任したけどね」と付け加えていた。

 その通り、ウッズが選手理事に就任したことは、突然発表された。しかも、他の選手理事の任期は2年と定められているのに対し、ウッズだけは、いつの間にか「無期限」とされている。ウッズを筆頭とする交渉分科会もいつの間にか創設されていた。

 モノやコトが知らぬ間に進められ、決められることは、昨年のモナハン会長がそうだったように、他選手たちからの不満や批判を招きかねない。

 全米オープン覇者のルーカス・グローバーは「ビジネスのプロではない人々がビジネスを推し進めようとしている」と批判の声を上げ始め、だからこそ今回の初会合の際は、マキロイが「僕ら選手理事は聞き役」などと前置きしたのだが、PGAツアー内部の揺れは、とどまるところを知らない様子だ。

 いずれにしても、ファンあってのPGAツアー、スポンサーあってのPGAツアーである。PIFとの交渉が進んでいて、本当に前進しているのであれば、そのことを一刻も早く周囲に実感させ、安心させるPGAツアーになっていただきたい。

文・舩越園子
ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学客員教授。東京都出身。百貨店、広告代理店に勤務後、1989年にフリーライターとして独立。1993年に渡米。在米ゴルフジャーナリストとして25年間、現地で取材を続け、日本の数多くのメディアから記事やコラムを発信し続けてきた。2019年から拠点を日本へ移し、執筆活動のほか、講演やTV・ラジオにも活躍の場を広げている。

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