『書店員が選ぶ絵本新人賞2024』大賞受賞・さかとくみ雪「美大の通信課程をドイツで卒業。自分や娘の実体験から生まれた物語」
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【写真】大賞受賞の絵本に登場するライオンくんの顔のモデルになった猫
思い浮かんだのは子どものころからの夢
受賞の知らせはメールで受け取りました。ここ数年、ほかのコンペティションで最終選考まで残ることは何度かありましたが、なかなかその先に進めなくて。受賞したと聞いて、やっとトンネルを抜けた感じがしましたし、友人と「そろそろ結果がわかるころだよね」と話していたときだったので嬉しかったです。イタリア人の夫も「よかったね。飲もう!」と喜んでくれて、さっそくワインで乾杯しました。
私はいま44歳ですが、絵本制作を学んだのは33歳を過ぎてからです。結婚を機にドイツに渡ったものの、ドイツ語がまったくできないのでなかなか仕事に就けず、しばらくの間は専業主婦をしていました。そろそろ新しいことにチャレンジしたいと思ったとき、頭に浮かんだのは、子どものころに抱いていた「イラストレーターや挿絵画家になりたい」という夢でした。
絵を描くのはもちろん、児童文学が好きだった私は、物語を読むたび、「私だったらこんな挿絵を入れたいなあ」と絵を描いてみたり、好きな本の挿絵を模写したりしていました。『十五少年漂流記』や『海底二万里』、江戸川乱歩の「少年探偵団」シリーズ、「ズッコケ三人組」シリーズ、それに『魔女の宅急便』がお気に入りでしたね。
まずは学ぶところから、と武蔵野美術大学の通信課程に入学。ウェブを利用した授業が主体ですが、スクーリング(対面授業)もあるので、そのたびにドイツから日本に通いました。私が専攻していた油絵科には、カナダやタイから来ている人もいましたよ。年齢もさまざまで、80代の方もいたし、ある分野ですでに成功なさっている方もいました。
絵本のクラスでは、「貼り絵の技法を使い、3日間のスクーリングで1冊仕上げる」という厳しい課題も。そのとき仕掛け絵本作りにチャレンジしてみたら、大変だったけれど想像以上に面白くて。絵本作家になるという目標が定まったのは、そのころだったと思います。
妊娠を機に休学はしましたが、子育てをしながら卒業し、いまは自宅でウェブデザインやイラストを描く仕事をしています。インターネット経由で日本やドイツ以外の国からの依頼も受けられますし、仕事の傍ら、賞への応募も地道に重ねていきました。
自分や娘の実体験から生まれた物語
受賞作『ライオンのくにのネズミ』は、父親の仕事の都合でライオンのくにに引っ越すことになったネズミの子どもが主人公です。ネズミ語が通じない転校先で困惑しながらも、成長していく主人公の姿には、私の経験が反映されています。転勤族の家で育ち、日本だけで5回引っ越したうえ、結婚後は突然海外で暮らすことになったものですから。
国内であっても地域が違えば文化は異なりますし、排他的な地域では受け入れてもらうのに時間がかかることも。私自身、疎外感からつらい思いをした時期もありました。小学2年生で転校した奄美大島では、クラスの子に「雪、見たことある?」と聞かれて。地域による違いはこういうところにもあるのか、とハッとしました。
国が変わると、その差はさらに広がります。私は名古屋で勤めているときに夫と知り合い、結婚後、ドイツで暮らすことになったのですが、通ったドイツ語学校にはさまざまな国出身の生徒がいました。
たとえばアフガニスタンから来たという20代の、溌剌としてスポーティーな雰囲気の女性。あるとき、自転車に乗ったことがないと聞き、みんなでびっくりしたんです。思わず「なんで?」と聞いてしまったのですが、宗教上や政治的な理由で女性が自転車に乗って外を走り回るのが難しい国や環境があることを、私はそのとき初めて実感しました。自分が当たり前だと思っていることが当たり前ではない国もあるんですね。
また、この作品には「せんそうのあるくにからきたリス」も登場します。ある書店員さんからは、「〈戦争〉という設定が、この物語に必要だったのか」という感想もいただきました。ただ、ドイツにいると、戦争は日本で感じるほど“遠いところのできごと”ではありません。語学学校のクラスメイトにもシリアから逃れて来た人がいたし、娘の保育園のクラスメイトには、戦禍を逃れてウクライナから来た園児が2人いました。
特に、私が暮らすフランクフルトは、いろいろな国の人が集まっている国際都市だけに、さまざまな戦争や紛争の体験者が身近にいます。リスのキャラクターに込めた思いを感じていただけたら、嬉しいです。
文化の違いをポジティブに捉えたい
私の娘は今、8歳。ドイツ語とイタリア語とのバイリンガル教育を受けられる小学校に通っています。国際都市にある学校ということもあるのでしょうが、オールインクルーシブ、つまり差別をしないことを教育理念に掲げていて、それも物語を作るときの参考になりました。
たとえば民族が違えば、食習慣も異なります。海外の学校に子どもを通わせている日本人の間でよく話題になるのが、「おにぎりを持たせるか問題」。お弁当におにぎりを入れると、興味を抱いてくれるクラスメイトもいる半面、「なに、それ!」とからかわれたり、バカにされたりすることもあるからです。このエピソードも物語に入れてみたので、ぜひ読んでみてください。
私は日本でも“流浪の民”のように生きてきたので、いろいろな価値観と出会えるのは楽しいことだと思っています。異国で暮らす私のアウトサイダーとしての視点を、できるだけ作品に込めてみたのですが、ドイツで生まれ育った娘にとってはわかりづらい感覚なのかもしれません。彼女は私が前に作った絵本の主人公のモデルが自分だと思っていて、断然そちらのほうがお気に入りみたい。「『ライオンのくにのネズミ』で受賞したよ」と言っても「ふ~ん」といったつれない反応でした。(笑)
とはいえ、これからも自分なりの視点を大事にしながら、絵本作りに取り組んでいきたいですね。今回はヨーロッパの運送事情により、絵の具の入手が難しいこともあって、デジタルで描きました。ただ、絵本にはアナログの表現も欠かせないと思うので、次は手描きで作った作品も皆さんに読んでいただけるよう、頑張ります。
最近は絵を描くことに凝った娘が、なんだかときどき私よりもうまくて……(笑)。ちょっぴり嫉妬していますが、重ねた人生経験を活かして絵本を描いていきたい。年齢を重ねてから学んだからこそ、やりたいことにはどんどん挑戦していきたいと思っています。
11/13 12:30
婦人公論.jp