川村元気「映画や小説を作る時、楽しいのは一瞬、苦しいのが99%。それでもやめない理由」

川村元気さん。9月に3年ぶりの長篇小説『私の馬』を上梓する
映画製作者で小説家川村元気さん。『告白』『悪人』『君の名は。』『怪物』といった映画を製作し、『世界から猫が消えたなら』『四月になれば彼女は』などの小説も執筆と、多彩な活躍で知られています。さらに2022年には自身の小説を原作として、脚本・監督を務めた映画『百花』が第70回サン・セバスティアン国際映画祭「最優秀監督賞」を受賞された川村さん。2024年9月19日に上梓する、最新小説『私の馬』について、お話をうかがいました。(構成◎かわむらあみり 撮影◎本社 奥西義和)

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【写真】川村元気さん「神様が頑張ったことに対して、蜘蛛の糸を垂らしてくれたような瞬間」

前編より続く

ユニークなキャラクターは僕らの感情の代表

映画や小説は、自分の中にある、まだ気づいていない感情を掘り出してくれる。僕はそこが一番好きです。いい小説を読んでいると、余白のページにメモ書きをすることがあります。その物語とは関係なくても、その小説を読んだことによって想起されたビジョンなどをメモする。テキストであるからこそ、自分の中の記憶や隠していた感情が、物語を読むにつれて一気にあぶり出されていくところが、僕にとっての小説の楽しさ。だから、自分でもそういうものをなるべく書きたいと思っています。

この思いは、僕が25歳の時に初めて企画書を書いた映画『電車男』の頃から変わっていません。“珍しい感情に出会いたい”という思いがすごくある。あの時代は、みんなで誰かを応援することが成立したSNS黎明期。今はコメント欄が荒れまくるバッシングの時代になってしまいましたが、昔は誰かをピュアに応援しやすい環境だったと思います。『電車男』の主人公は、あの時代のネットが生んだユニークなキャラクターでした。

今作の主人公も、ユニークなキャラクターである一方、変人というわけではありません。「馬のために10億盗んだ」と聞くと、特異な人に感じてしまうけれど、掘り下げていくと誰もが持っている感情や意識の代表をしてくれているのではないかなと。その考えは、ずっと一貫しています。

『私の馬』(著:川村 元気/新潮社)

99%苦しい中の一瞬の喜びのために

手がけた小説や映画がヒットしていると、活動が順調に見られがちなのですが、実は作っていて楽しいのは一瞬。苦しいのが99%。理由は、自分の出しているものに対して、絶えず不満だから。映画でも、たとえば『百花』で主役の菅田将暉くんや原田美枝子さんを撮っていて、なんでもっといい芝居を引き出せないんだろう、と悩み続ける。

でも、たまにいい画が撮れたり、とんでもないお芝居が出たりすると、とてつもなく嬉しいんです。オリンピック選手のごとく、競技時間はほんの数分でも、それまでの努力は4年ある、という感覚に近いかもしれない。取材している時も書いている時もほぼ苦しいんですが、たまに「こういうことが書けた」と、自分でもびっくりするほどのいい一行が書ける時があるんです。それは神様が頑張ったことに対して、蜘蛛の糸を垂らしてくれたような瞬間でもあって。

その瞬間が気持ちよすぎて、手前の苦行がすべてOKになるような仕事。だから、さほど楽しい感じではない(苦笑)。それでも続けていられるのは、自分の問題だからだと思います。作品を作るモチベーションが、誰かのためにとか、みんなを喜ばせるためにということなら続かなかった。自分の切実さから発生しているものだから、続けた。だから、受け手としても、作っている人の切実さが感じられる映画や小説が好きです。

これは絶対に書かなきゃいけない、撮らなきゃいけないものだった。その作り手の切実さが、ごく稀に読者や観客と爆発的に共鳴するときがある。全クリエイティブの1%にしか満たない、そんな奇跡のような作品がアカデミー賞を獲ったり、大ベストセラーになったりするのだろうと思っています。

 

今のテーマは“センス・オブ・ユーモア”

順調そうに見られるのと同時に、軽やかに見られることもありますが、僕はとても重やかです(苦笑)。だからこそ “センス・オブ・ユーモア”が最近のテーマです。しんどいことが多い時代だから、なおさらのことユーモアを大切に。僕はそれをチャップリンの作品から教わりました。今作もユーモアはちりばめていて、例えば、主人公が管理する会社の金庫の番号が「5963(ご苦労さん)」とか。シリアスさの横に、くだらなさみたいなものが混じっていることがリアリティだと思っています。

チャップリンの言葉で、「人生は近くで見ると悲劇だけれども、遠くから見たら喜劇である」という名言があって、それに尽きる。目の前には嫌なことや絶望が溢れているけれど、これを2年後、3年後に振り返ると、「私はどうしてあんなことで悩んでいたのだろう」と思うことがほとんどではないでしょうか。なので、今の悩みに寄りすぎず、引いてみる。

今作も、主人公たちが乗馬クラブで馬を取り合う場面で、本人たちはすごく切実でも、引いてみるとどこか喜劇的に感じる。チャップリンの映画を観ていると、自分の人生を喜劇としてとらえようと思える。いつもチャップリンは悲惨な目に遭う物語を描くわけですが、みんなはコメディとして捉えている。もしかするとセンス・オブ・ユーモアは、人間に与えられた生きるための知恵なのかもしれません。

『私の馬』の発売を控えながらも、すでに次作のテーマも自分の中にあります。それは“不老不死”。昨今は男女問わず、美容や健康の話だらけ。年を重ねてもどうやって奇麗なままでいられるか、長生きできるかという話も多い。さりとて「死なない」「老いない」ことが、人間にとって幸せなのか? 今取材をしているんですが、これから3年かかると思いますが興味が尽きないテーマです(笑)

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