701年の大宝律令で国の医療として定められた「鍼」、茶々が我慢してすえたのを秀吉が褒めた「灸」。日本における<東洋医学>の歴史

(写真提供:Photo AC)
近年そのメカニズムが次々と科学的に解明され、注目を集めている「東洋医学」。2024年5月19日(日)放送のNHKスペシャルでも「東洋医学を〈科学〉する 〜鍼灸・漢方薬の新たな世界〜」と題し、研究の最前線が紹介されました。その番組制作に携わっていたのがNHKメディア総局でチーフ・ディレクターを務める山本高穂さんです。山本さんが、島根大学医学部附属病院にて臨床研究センター長を務める大野智さんと執筆、東洋医学の謎に迫った著書『東洋医学はなぜ効くのか ツボ・鍼灸・漢方薬、西洋医学で見る驚きのメカニズム』から一部を紹介します。

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【書影】『東洋医学はなぜ効くのか ツボ・鍼灸・漢方薬、西洋医学で見る驚きのメカニズム』

鍼のルーツは石や骨?

ツボ、つまり経穴を刺激して痛みや不調を和らげようというのが鍼灸です。

このうち鍼の起源は、新石器時代に石でつくられた石鍼や動物の骨でつくられた骨鍼と考えられています。

当初は、現在のように「刺す」というよりは、「傷つける」ことで膿(うみ)を出したり出血させたりするような治療だったと推測されています。

想像すると今よりはちょっと痛そうですよね。

その後、銅や鉄などの金属が使われるようになり、中国最古の医学書『黄帝内経』が編纂(へんさん)された紀元前200年頃の時代には、現在の鍼の原型とも呼べる形の鍼が登場しました。

現在使われている鍼の種類

そして、鍼灸が朝鮮半島を経由して日本に入ってきたのは6世紀頃とされており、飛鳥時代の701年に制定された大宝律令では、鍼が国の医療として定められました。

以後、1300年以上にわたり日本で独自の治療法や器具などが発展し、現在に至っています。

ちなみに現在、日本で主に使われている鍼は、太さ0・2ミリメートルほど、長さ4〜5センチメートルほどの極細で、管を使って皮膚や筋肉に刺し入れるタイプです。

症状や目的にもよりますが、深い場合は筋肉まで鍼を刺し入れます。

ほかにも、画鋲(がびょう)のような細く短い鍼をシールで貼り付ける円皮鍼(えんぴしん)や、金属の突起で皮膚を刺さずに刺激する接触鍼などのタイプもあります。

ナマズやエイの電気刺激を利用した痛み改善も

また、刺激の方法としては、刺した鍼に電気を流して刺激する鍼通電(はりつうでん。電気鍼)という方法もよく用いられています。

この鍼通電の起源には諸説ありますが、紀元前のヨーロッパで始まったとされる電気刺激療法が源流にあると考えられています。

実は、古代エジプトや古代ギリシャでは、電気ナマズやシビレエイの電気刺激を利用して痛みの改善などの治療が行われており、その後もヨーロッパでは電気を用いたさまざまな治療が続けられていました。

そして、19世紀前半、フランスの医師ベルリオーズが鍼に電気を流して腰痛の治療を行ったことをきっかけにして、東洋の鍼灸と西洋の電気治療を組み合わせた鍼通電(Electrical Acupuncture)が始まりました。

現在では世界中に広がり、治療だけでなく動物を用いた鍼灸の研究にも使われています。

庶民の医療としての灸

一方、灸は、植物のヨモギの葉の裏にある毛を集めて乾燥させた艾(もぐさ)を燃やし、その熱でツボを刺激するというものです。

中国の文献には、元々はチベットやモンゴルで行われていた治療法であるとも記されており、その歴史は鍼の登場よりも前だった可能性もあると言います。

皮膚の上に、じかに艾を置いて火をつける有痕灸と、皮膚との間に台座を介して痕が残らないようにした台座灸などの無痕灸があり、鍼と合わせて鍼灸治療に欠かせない治療法です。明治時代に西洋医学が主流となるまで、庶民の医療として広く行われてきました。

実は、最初に行われることを示す「皮切り」ということばの語源は、元々は灸の用語で、「最初にすえる灸」を意味することばでした。最初の灸は痛みがひどく感じられ、皮膚が切られるほど痛いので、「皮切り」と呼ばれていたのが、一般化したのです。

また、歴史的には名だたる人物たちも用いており、戦国時代、豊臣秀吉が側室の茶々に送った手紙では、茶々が嫌いだと言っていたお灸を我慢してすえたことを「まんそく申ハかりなく候(訳:大いに満足です)」と褒めていたことも知られています。

※本稿は、『東洋医学はなぜ効くのか ツボ・鍼灸・漢方薬、西洋医学で見る驚きのメカニズム』(講談社)の一部を再編集したものです。

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