島田珠代「子どもや学生が、お笑い芸人の真似をするなとは言わない。でも、言葉や振る舞いは誰かを傷つけてしまうことがあるということは忘れずに」

(写真提供:『悲しみは笑い飛ばせ!島田珠代の幸福論』/KADOKAWA)
「パンティーテックス」「男なんてシャボン玉」など唯一無二のギャグと独創的な動きで部人気の、新喜劇を支える看板女優・島田珠代さん。そんな芸歴36年になる島田さんが、幼少期から仕事、恋愛、自分らしさ、女として生きることなどを赤裸々に綴った初エッセイ『悲しみは笑い飛ばせ!島田珠代の幸福論』。今回はその中から、お笑いのプロとしての覚悟、お笑いとの向き合い方について語ったエピソードを紹介します。

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【写真】芸歴が長くても、舞台を降りれば後悔の連続。という珠代さん

芸事で生きていく

笑いは誰にでも生み出すことができる。それは確かにそうなのですが、私たち芸人は人を笑わせる《芸事》で生活をしています。何かを身につけるというのは時間や労力がかかるもので、それは「この仕事で生きていくぞ」と決めてから痛いくらいに実感しています。

しかし、お笑いはそういった苦労や努力を見せないのも仕事のうちです。だから、小さな子どもたちや学生さんには、当然「簡単に真似できる!」とか「これでクラスの人気者になれる!」と思われることも多々あります。

これは、お笑い芸人として嬉しいことでもあるのですが、その反面学校で起きるイジリを超えたイジメへと変化して学校に行けなくなってしまったり、最悪の場合命を奪ってしまうことさえあるのです。

特に、私の芸風が容姿イジリということもあり、そういうニュースを見るたびに心が痛くなります。

私の芸を見て救われたという人がいる一方で、追い詰められている子どもたちがいるのではないか。親である私が容姿イジリをされていたら、娘にもしていいとまわりの子どもたちは思わないだろうか。そんなことも頭をよぎります。

お笑いの舞台では、どんなに若手であっても細かいところまで考えていると思います。

こういうことを言ったら自分のボケに繋がりそう。

あの人と共演するならこのくらいふざけても拾ってもらえそう。

うまく拾ってもらえたらもう一回ボケてみるか。

頭の中でそんなことばっかり考えています。本番前には上手にできるか不安になって気持ち悪くなってしまう人もいるくらい。

だけど、私がまだ吉本に入る前、クラスでモノマネをしていただけの頃はそんな不安はまったくなかった。こうやって返せば笑いになったわ、と本気で落ち込むことは、仕事にするまで想像もしなかった。

私自身、お笑い芸人の真似から始まって今に繋がっているので、真似するなとは言いません。でも、言葉や振る舞いは誰かを傷つけてしまうことがあって、それもすべて自己責任だというのは忘れないでほしいです。

『悲しみは笑い飛ばせ!島田珠代の幸福論』(島田珠代:著/KADOKAWA)

(写真提供:『悲しみは笑い飛ばせ!島田珠代の幸福論』/KADOKAWA)

カワイイって言わないで

2丁目劇場で舞台に立っていた頃から、今でもずっと変わらないことがあります。それは、「かわいいですね」とか「いい匂いですね」っていうポジティブな反応をされたくないということです。

女性として容姿イジリは傷つくでしょ?と思う人がいるかもしれませんが、仕事の場面でかわいいとか言われたら、一番しんどい。強がっているわけでもなく本心でそう思っています。たぶん、こういうマインドが一般の方と大きく異なる点なんでしょうね。

私は見た目をイジられるプロなので、どんなことを言われても構いません。みなさん、忘れてしまっているかもしれませんけど、私は容姿をイジられてお金をもらっているんですよ。そりゃ、並大抵の耐性ではありません。

今では、イジられないと満足できない身体になってしまったんですから。むしろ、今までに言われたことのないテンションでイジられたら、それをどうやって笑いに持っていけるかと燃えてしまうタイプです。

ちなみに、私が好きなツッコミをしてくれる芸人さんを挙げるとしたら『くりぃむしちゅー』の上田さん。ちょっと雑な感じで「お前、バケモノだろ」とか「お前のことなんか誰も見てねえよ!」と言われると、気持ちよくて身体がゾワゾワするんです。もうおかしいでしょ?

そんな雑な扱いをした後に、撮影が終わると「またよろしくお願いしますね」って優しく挨拶してくれて……はぁ、もう思い出すだけで最高。定期的に罵られたくなる。

一昔前なら、先輩にツッコむなんてやってはいけないことだったのかもしれないけど、私はどれだけイジられてもいいと思っているから、先輩も後輩も関係なくガンガン来てほしいと思っています。

容姿イジリを差別的と捉えられて、なかなか塩梅が難しい世の中になってはきていますけど、それでも私たちはプロなので「どうぞ安心して笑ってください」という気持ちで舞台に立っています。

プロの駆け引き

笑いのプロと言っても、やりとりの中でヒートアップしてイジリすぎてしまうこともあります。

会場が盛り上がって「もっとやったれ!」みたいな雰囲気のときには全然問題ないですが、いきすぎてしまうとお客さんは「それは珠代ちゃんがかわいそう」って感じてしまうことがあります。見ている人が「かわいそう」と思ってしまったらもうお笑いにはならないと思います。

舞台に上がっているときに、そういう空気を感じ取ったときには、イジリに負けないボケで上書きしていくしかないんです。「一瞬かわいそうだと思ったけど、やっぱり珠代ちゃんはこれくらい言われないと分からんよな」って見ている人が思ってくれるくらいにボケないと。

そんな気遣いをしているうちにツッコミの人も冷静にまわりを見られるようになって、全体としては丸く収まるということもあります。

ただ、難しいことにツッコミの人が最後までなかなかお客さんの反応に気づいてくれないこともあります。というのも、舞台はリアルタイムで進むから自分のことで一生懸命だったり、まわりを見る余裕がなかったりすることもあるんです。

空気は悪くしちゃいけないし、お客さんにも気を使っているのがバレてしまうとしらけてしまう。だから、あまりにエスカレートしてしまったら、「ちょっと、それは言いすぎちゃう?」みたいなことを舞台上でわざと話して、エンタメとして昇華することもあります。

どれだけ長くお笑いの世界にいても、舞台を降りれば後悔の連続です。よく言われることですが、芸人が笑いを取れなかったときのダメージは、一般の人の1000倍。これは本当にそうだと思います。

想像になってしまいますけど、会社員の人が飲み会で笑いが取れなかったとしても、何日もどんよりとした気分を引きずって過ごす人は少ないと思います。

でも、芸人は笑いがすべて。笑いが取れないというのが一番しんどいことです。人の1000倍傷ついたとしても、舞台に立てばまた目の前の人を笑わせたいと思ってしまう。それが芸人の性なんだと思います。

※本稿は、『悲しみは笑い飛ばせ!島田珠代の幸福論』(著:島田珠代/KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

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