調達業務が高度化する中、日本企業はなぜ専門人材の供給・育成に注力しないのか?
国際情勢の緊迫化、サプライチェーンの混乱、原材料費や人件費の高騰、サステナビリティへの関心の高まり――。調達を巡る環境が複雑化する中、日本企業の多くが調達機能の重要度を十分に認識せず、理解のギャップが拡大している。その溝を埋め、環境変化に適合した調達機能へとアップグレードすることは喫緊の課題と言っていい。本連載では、『BCG流 調達戦略 経営アジェンダとしての改革手法』(ボストン コンサルティング グループ 調達チーム編/日経BP)から内容の一部を抜粋・再編集し、調達機能のあるべき姿と機能向上に向けた取り組みを解説する。
第4回は、調達人材を適切に育成・供給できない日本企業の問題点を明らかにする。
<連載ラインアップ>
■第1回 インテル、IBM、ファイザーほか製薬大手は、なぜサプライチェーンに大規模投資を行うのか?
■第2回 最安値が正義ではない、調達部門が直面しやすい「トレードオフ」の3つのパターンとは?
■第3回 アマゾンは、いかにして調達における「競争優位性」を築き上げたのか?
■第4回 調達業務が高度化する中、日本企業はなぜ専門人材の供給・育成に注力しないのか?(本稿)
■第5回 CPO(最高調達責任者)設置を基点とした、調達の「経営アジェンダ化」と「ガバナンス構築」のポイントとは?
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■ 人・スキルの課題――必要な人材が配置されず、 スキルを伸ばせる環境にない
環境変化を受けて調達業務の高度化が進む中、調達部門を支える人材にはこれまで以上に多様なスキルが求められている。しかし、それを支える人材の供給・育成がないがしろにされている企業も多い。
● エリートのキャリアパスから外れている
重要部門とみなされない結果として、人材の配置や育成にも影響が及ぶ。例えば、ある大手エネルギー企業の調達部門は、短期間での異動が人事慣習となっているため、カテゴリー戦略やソーシングに長けた人材が育っていないという。また、ある大手製薬会社では、ジョブローテーション制度により最長でも5年程度で他部署へ異動することが通例となっていた。
ジョブローテーションでは、主にバックオフィス(間接部門)を中心に配置され、調達依頼を出すフロントオフィスを経験することはほとんどない。
所轄部門の事情がわかっていれば調達上のアドバイスをしやすくなるが、お互いの仕事について理解を深める機会はほとんどない。また、不利な状況で交渉に臨むため、十分な成果を上げられない。すると、インパクトを出せないのに、手続きの手間だけかかる機能として他部門から認識され、社内でますます軽視される。
他部門から業務の下請け先のように扱われ、単純作業ばかりでは、担当者のモチベーションは上がるはずがない。調達部門はスキルアップやキャリアアップに役立たないとみなされ、エリート人材がぜひ経験したいと手を挙げることもない。それどころか、他部門で好成績を出せなかった人を集めた傍流と見られている企業すらある。こうして、ますます士気の低い組織となり、担当者は不満を溜め込んでいく。
● 専門性を磨く機会が少ない
調達部門が上流工程に絡めない要因はいろいろあるが、専門性に対する期待の低さは根深い問題といえる。最終局面での価格交渉や、検収などの事務作業ばかり担当していては付加価値は出せないし、専門性も身に付かないだろう。
一方、調達を重要部門と位置づけている企業では趣がかなり異なる。例えば、自社で内製するか、外部から調達するかは、採算性、自社のケイパビリティ、競争優位性を左右する重要な意思決定事項だ。
その検討段階から調達部門が積極的に関与し、調達先候補や調達コスト分析などの情報を提供し、外製か内製かの判断に貢献している。しかも、単純なコスト比較にとどまらず、採用する部材や仕様、他社と比べて設計、生産、技術に差別性があるか、限界利益を睨みながらどの品質レベルまで妥協するのかなど、より複雑な観点を理解したうえで、議論に参加している。
開発購買においても、製品を構成する機能を分析評価してコストを最小化するバリューエンジニアリングや、必要部品や技術を持つ国内外の新規サプライヤーの開拓などで調達担当者が活躍している。製品開発の段階から調達部門が関与すれば、下流工程での価格交渉を中心としたサプライヤーマネジメントだけでは達成できないレベルの成果が実現可能になる。
ただし、そのためには、開発・設計部門と効果的に協働するための技術的知見や、さまざまなソースからサプライヤー情報を収集・蓄積していることが求められる。こうした知見の習得は調達業務を経験するだけでは難しい。
つまり、間接部門中心のジョブローテーションでは問題があるということだ。調達機能を重視している企業では、例えばR&D部門と調達部門を行き来させる人事異動を通じて、調達担当者がR&Dの最先端情報に触れられるようにしている。
● 新たに加わったサステナビリティ対応業務に翻弄される
サステナビリティ対応に関する社会的要請が高まる中で、調達活動においてもサステナビリティ要件を満たしていることが、取引の開始や継続の条件になりつつある。
特に外資系企業はサステナビリティ対応を重視しているため、重要サプライヤーに対してはサステナビリティ観点で評価や監査を行い、問題があるサプライヤーには是正措置を求めている。昨今はそのような評価・是正の対象を、主要サプライヤーに限らず拡大する傾向が見られる。
従来のサプライヤー評価手法にも、ESGに関連する項目は含まれていた。例えば、新しいサプライヤーとの取引では信用調査を行い、サプライヤーが不正取引や法令違反など不適切な行動をしていないことを確認していた。
ただし、その際に使っていた質問票は財務や法務観点の評価項目が中心だった。最近では、それらに加えて児童労働の禁止を徹底しているか、温室効果ガス排出量の削減に取り組んでいるかなど新たな項目が追加されるようになった。
こうした動きは企業としてのマテリアリティ(重要課題)の実現に役立つ一方で、サプライヤー評価の実施をアピールすることが目的化している企業も見かける。
重要度の低いサプライヤーも含めて全取引相手にアンケートを出し、集計し、評価スコアが何点だったとレポートをまとめることが調達部門の定型業務に加わっているのだ。時には、本社と事業部門が重複してサプライヤー情報を分析しているケースもある。
サプライヤー情報を入手した後に、取るべきアクションが規定されていないこともある。スコアの低いサプライヤーにどのように働きかけて改善を求めていくのか、それをどのように監査するかという検討につなげていかなければならない。
ところで、サステナビリティ関連項目のサプライヤー調査や分析を請け負うサービスや第三者機関も登場している。海外では利用することが一般化しつつあり、日本企業でも先進的企業が先導する形でここ数年間で少しずつ導入が始まっている。
しかし、これまでは国内サプライヤーへの浸透度が必ずしも高くなかったこともあり、国内取引の比重が大きい企業では導入する真価を見出しきれず、わざわざ費用をかけて、プラットフォームを使う必要があるのか、と二の足を踏んでいた。
実は、こうした状況はサステナビリティ対応全般に当てはまる。調達部門は対応を迫られているにもかかわらず、トリレンマを解く必要性を社内でうまく説明できなかったり、コストをかけてどこまで踏み込むべきか判断がつかなかったりして、結論が先延ばしとなってしまうのだ。
サプライチェーン上で自社の企業ブランドに多大な影響を及ぼしかねない深刻な問題が生じた場合に、調達部門としてタイムリーに適切な情報を把握できず、対応が後手に回ってしまう。結果的に調達起因で自社のレピュテーションが毀損する状況は何としても避けなくてはならない。
<連載ラインアップ>
■第1回 インテル、IBM、ファイザーほか製薬大手は、なぜサプライチェーンに大規模投資を行うのか?
■第2回 最安値が正義ではない、調達部門が直面しやすい「トレードオフ」の3つのパターンとは?
■第3回 アマゾンは、いかにして調達における「競争優位性」を築き上げたのか?
■第4回 調達業務が高度化する中、日本企業はなぜ専門人材の供給・育成に注力しないのか?(本稿)
■第5回 CPO(最高調達責任者)設置を基点とした、調達の「経営アジェンダ化」と「ガバナンス構築」のポイントとは?
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11/15 06:00
JBpress