インテル、IBM、ファイザーほか製薬大手は、なぜサプライチェーンに大規模投資を行うのか?

写真提供:©Thiago Prudencio/SOPA Images via ZUMA Press Wire/日刊工業新聞/DPA/共同通信イメージズ

 国際情勢の緊迫化、サプライチェーンの混乱、原材料費や人件費の高騰、サステナビリティへの関心の高まり――。調達を巡る環境が複雑化する中、日本企業の多くが調達機能の重要度を十分に認識せず、理解のギャップが拡大している。その溝を埋め、環境変化に適合した調達機能へとアップグレードすることは喫緊の課題と言っていい。本連載では、『BCG流 調達戦略 経営アジェンダとしての改革手法』(ボストン コンサルティング グループ 調達チーム編/日経BP)から内容の一部を抜粋・再編集し、調達機能のあるべき姿と機能向上に向けた取り組みを解説する。

 第1回は、調達におけるサステナビリティ対応の先進事例を紹介する。

<連載ラインアップ>
■第1回 インテル、IBM、ファイザーほか製薬大手は、なぜサプライチェーンに大規模投資を行うのか?(本稿)
第2回 最安値が正義ではない、調達部門が直面しやすい「トレードオフ」の3つのパターンとは?
第3回 アマゾンは、いかにして調達における「競争優位性」を築き上げたのか?
第4回 調達業務が高度化する中、日本企業はなぜ専門人材の供給・育成に注力しないのか?
■第5回 CPO(最高調達責任者)設置を基点とした、調達の「経営アジェンダ化」と「ガバナンス構築」のポイントとは?(11月22日公開)
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サステナビリティ対応 ――サプライヤー・エコシステムの進化

 ESGをめぐっては複数の側面から企業運営に対するプレッシャーが高まっている。社会の新しい要求にうまく対応できない場合には、売上減少、レピュテーション(評判)の毀損、株価など企業価値への悪影響が生じる。したがって、企業としてはまずは「守り」を固めなくてはならない。

 実際に、欧米の大手企業や政府機関を中心にサプライチェーン全体のサステナビリティ対応を取引条件に含めるケースが増えている。例えば、アップルはサプライヤーに環境や労働条件などの厳格な基準を満たすよう求めている。これらの基準に達しない企業とは取引を行わないという方針を掲げているのだ。ここで対応が後手に回れば、失注リスクは確実に高まる。

 さらに、国や自治体の間でも、環境に配慮した製品やサービスの導入を優先するグリーン調達が広まっている。入札時にサステナビリティ対応を行う企業が優遇される事例も増えている。

 銀行などの金融機関も企業のESGリスクを評価し、その結果に基づいて融資を推進する傾向が強くなっている。環境保護に配慮したプロジェクトへの投資や、環境負荷の低い企業への融資を優先する取り組みも加速しており、今後はサステナビリティ対応が遅れている企業は資金調達が困難になっていくだろう。

 このような環境変化を受けて、先進企業は取引先の選定について、コストや品質、納期などこれまで重要視されていた評価項目に加えて、サステナビリティの観点も取り込んで意思決定している(下図)。

 コストや安定調達などの観点と、サステナビリティの観点の間にはトレードオフが生じるが、図表の例では、QCD(Q:品質、C:コスト、D:納期)観点でまず加点減点式で評価したうえで、サステナビリティ観点を加点する、と判断基準を明確にしている。多くの企業で同様の例が見られ(下図)、サステナビリティ対応をきっかけに、調達における大きなゲームチェンジが起きつつあるといえる。

 新たな要請に対して積極的に取り組み、対応できた企業は製品・サービスや企業価値の面で優位性を築ける。言い換えれば、サステナビリティ対応には「守り」だけでなく、「攻め」の側面もあるということだ。

 実際に、ESGパフォーマンスに注目して投資対象を選定する機関投資家が増えている。企業のESG評価が高いほど、投資家からの評価が高まり、資本市場からの資金調達が容易になることが想定される。

 人権をはじめとするサプライヤーリスクマネジメントを出発点に、自社の取り組みを全面的に見直すことで、サプライヤー・エコシステムを進化させることもできる。

 社会課題に関して法規制を含めた外圧が高まる中で、守りと捉えて対応するだけでなく、それを攻めに転じて成功しているのが、一部のテクノロジー企業だ。

 例えば、児童労働や性差別などに対する指摘を受けてきたインテルは、攻めの対応として、サプライヤーダイバーシティ・プログラムに大規模投資を行い、多様性を備えた企業から製品やサービスを購入する取り組みを進めてきた。IBMも全世界でダイバーシティ認定された1次サプライヤーに12億ドルを支出した。

 このようにサステナビリティ対応はサプライヤーとの関係性を変えつつある。その中で、業界が一丸となって取り組んでいる先進的な例として、製薬業界をご紹介したい。

■ 事例 サプライヤーのCO2削減を目指す製薬大手の連携

 医薬品業界では、製品の特性上サプライチェーンの途絶は重大な問題だ。自動車や家電製品であれば、主要部品が入手できずに納期が数カ月遅れても、顧客は待ってくれる可能性がある。しかし医薬品の場合、サプライチェーンのどこかで問題が起こって供給が止まり、代替可能な医薬品がなければ、患者の命に関わることさえある。

 医師は当然ながら、供給不安のある医薬品の採用をためらうだろう。健康を扱うエッセンシャル産業である医薬品業界は、社会的責任を果たすためにも、サプライヤーとの協力関係を築き、ビジネスの持続可能性を追求していかなくてはならない。

 環境問題もまた、医薬品企業にとって無視できないテーマとなっている。というのも、気候変動は私たちの健康に大きな影響を及ぼすからだ。例えば毎年、大気汚染だけで約700万人、極度の暑さで500万人が亡くなっている。猛暑による死亡者数は2050年までに3倍になるとする予測もある。

 カーボンニュートラルを目指す取り組みでは、自社が直接接点を持たないサプライチェーン構成企業の活動実態(スコープ3)はつかみにくく、医薬品業界でも課題視されてきた。

 個社で取り組むのは難易度が高いことから、ファイザー、ジョンソン&ジョンソン、武田薬品工業など世界の製薬大手10社が共同で、サプライヤーのCO2削減を支援する取り組みを始めている。原材料から包装材も含めたサプライヤー1000社以上に共通システムを導入してもらい、電力や水の使用量、廃棄量の情報を集約する。これら数値を分析すれば、CO2排出量に換算できるようになる。これにより、サプライヤーから購入した製品・サービスの排出量が算定可能となる。

 サプライヤーには当然中小零細企業も含まれるため、対応リソースが大企業ほど十分ではない。数多くの製薬企業からの可視化要請に個別に応えるのは負荷が高く、問題視されていたが、その解決の一助になるだろう。

 製薬企業側も、可視化のためのインフラ投資を個社ごとに行う場合の負担は大きく、業界共通システムとして共同利用する効果は大きい。これは世界初の多国籍企業間の具体的な連携の動きとして注目されている。 

<連載ラインアップ>
■第1回 インテル、IBM、ファイザーほか製薬大手は、なぜサプライチェーンに大規模投資を行うのか?(本稿)
第2回 最安値が正義ではない、調達部門が直面しやすい「トレードオフ」の3つのパターンとは?
第3回 アマゾンは、いかにして調達における「競争優位性」を築き上げたのか?
第4回 調達業務が高度化する中、日本企業はなぜ専門人材の供給・育成に注力しないのか?
■第5回 CPO(最高調達責任者)設置を基点とした、調達の「経営アジェンダ化」と「ガバナンス構築」のポイントとは?(11月22日公開)
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