即戦力が続々入社、ドンキはなぜ就職人気ランキング圏外でも人材に困らないのか

出所:日刊工業新聞/共同通信イメージズ

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 35期連続で増収増益を達成し、今や「セブン・イオン・ドンキ」として総合小売り3強の一角とも言われるドン・キホーテ。同社が躍進した背景には、ユニークな人事制度やアルバイトへの権限委譲、徹底した経営理念の浸透など、さまざまな取り組みが挙げられる。前編に続き、2024年8月に著書『進撃のドンキ 知られざる巨大企業の深淵なる経営』(日経BP)を出版した日経BPロンドン支局長 酒井大輔氏に、同社が躍進した背景にある人事制度や人材戦略、経営理念を浸透させるための取り組みについて聞いた。(後編/全2回)

創業者・安田隆夫氏が導入した「ミリオンスター制度」とは

――前編では、アジアで急成長を続ける新業態「DON DON DONKI(ドンドンドンキ)」や、北米・国内事業の動向について聞きました。著書『進撃のドンキ 知られざる巨大企業の深淵なる経営』では、ドンキを運営するパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(PPIH)創業会長兼最高顧問の安田隆夫氏が2020年9月に発案した新たな人事制度「ミリオンスター制度」について解説しています。この制度によって、ドン・キホーテをどのような組織に変えようとしているのでしょうか。

酒井大輔氏(以下敬称略) 「ミリオンスター制度」は、それまで20だった全国の支社を102に分割し、100万人程度の商圏人口ごとに1人の「ミリオン支社長」を任命するものです。ミリオン支社長は約100万人の商圏、100億円の年商を持つエリアの社長として完全に経営を任されます。

 年間の利益貢献度で上位に入ったミリオン支社長は高額の報酬を得られる一方で、下位20%に入った場合は自動降格され新しい支社長に取って代わられる、というシビアな制度です。

 そもそもこの制度は、ドンキが大企業に近づくにつれて、創業当初から養ってきた「挑戦する気風」や「貪欲(どんよく)な成長意欲」が現場から失われつつあるという危機感から導入されました。

 根底にあるのは「変化対応と創造的破壊を是とし、安定志向と予定調和を排する」「果敢な挑戦の手を緩めず、かつ現実を直視した速やかな撤退を恐れない」といった同社の経営理念です。予定調和や安定志向といったマインドを払拭(ふっしょく)するための制度として、ポストと昇進のチャンスを増やす一方、強制降格の仕組みを取り入れることで新陳代謝を促す狙いがあります。

 現場からすると突拍子もない制度かもしれません。しかし、実力と功績が評価されるので、成長意欲のある人にとっては理想的な環境でしょう。現場主義を貫いている「主権在現」のドンキならではの制度といえます。

――支社間がフェアな競争関係にあるということですね。

酒井 厳しい競争環境をつくる以上、フェアでないと組織は崩壊してしまうので、前提として公正な評価が必要です。ドンキでは、ミリオンスター制度の立ち上げと同時に、現場の悩みや不満、要望などを「何でも聞いて、答えてあげる」という「アンサーマン制度」も開始しており、制度のひずみを正すための新組織「アンサーマン本部」がその制度を運用しています。ここにはドンキの取締役が名を連ねており、心理的安全性や透明性の確保にも力を入れていることが分かります。

ドンキの仕事に「やりがい」を見いだす人が多い理由

――ドンキでは「メイト」と呼ばれるアルバイトに、商品の仕入れや値付け、販促の権限を委譲しています。メイトの皆さんは何をモチベーションにしているのでしょうか。

酒井 一番大きいのは「やりがい」だと思います。多くのチェーンストアは、従業員が本社から命じられた仕事をこなすことを重要視していますが、ドンキにはそれがありません。自分で仕入れて、値付けをして、それが売れるという成功体験を積み重ねられるので、そこにやりがいを見いだす人が多いのです。

 人間は誰しもが承認欲求を持っています。自分で考えて行動した結果、商品が売れる、感謝されるといった形で目に見えて返ってくる体験をアルバイトでも体験できるのが、ドンキで働く一番の醍醐味だと思います。

――実際にメイトから正社員に登用される人も多いそうですね。

酒井 この規模の企業では珍しいことに、取締役や部長・室長クラスでも多くがメイト出身です。また、新卒社員の約3割がメイト経験を経て入社しています。就職人気ランキングにドンキの名前が見当たらなくても、高い志を持ったメイトが即戦力として入社するため、人材不足に頭を抱えることもありません。

 モチベーションの高い現場と、「メイトが一番偉い」という考え方は、他社が模倣できないドンキの強みです。例えば、ドンキのプライベートブランド「情熱価格」の新商品が発売されても、メイトが店頭に商品を陳列しないという衝撃的な出来事がありました。

 他の製造小売業であれば、本部が開発した商品を店頭に並べるのは当たり前でしょう。しかし、ドンキでは「いくら本部から売れと指示されても、この品質では売れない」「これならナショナルブランドを並べた方が良い」とメイトが判断するケースもあるから驚きです。

ドンキの35期連続増収増益を支えた「経営理念集の存在」

――安田隆夫氏が発行したPPIHの企業理念集「源流」について、著書の中でもさまざまな形で紹介されています。従業員に読み込まれ、社内に浸透している背景にはどのような要因があるのでしょうか。

酒井 どの企業にも経営理念はありますが、経営理念を現場に浸透させようと日々努力している企業はまれです。その点、PPIHでは「源流推進本部」という組織を立ち上げて、現場の従業員にまで源流を浸透させようと、さまざまな取り組みをしています。

 特に、幹部を目指すのであれば源流の中身を頭に入れて、自分なりに解釈して自分の言葉で語らなければなりません。実際に、サブマネージャー(課長代理)以上は、穴埋め式問題と論述試験の受験が必須となっています。論文では、自分が日々実践していることを源流の条文に重ね合わせ、自分なりの解釈を言葉に込める必要があるようです。

 ドンキは現場に権限委譲しているからこそ、現場が経営理念を意識して行動しなければ事業成長にはつながりません。役員はもちろんのこと、店長やマネジメント職の誰もが経営理念を学び、実践することが求められます。

 源流を現場に浸透させる上では、海外事業の現場が課題になっています。外国語を話せる人を優先的に現地に送り込み、言葉の壁を乗り越えて、どうにか現場に経営理念を根付かせようと試行錯誤しているようです。

――本書を通じてドンキから学ぶべき点があるとしたら、何でしょうか。

酒井 ドンキは消費者にとって身近な存在であり、異端児でもある非常に興味深い企業です。マネジメントだけでなく、生きる上での学びやヒントをたくさん持っている企業でもあると思います。

本書はドンキの面白さを伝えるために、思い切って全面カラーにしています。特にドンキ独特の言葉や言い回し、私が取材していて印象的に感じた言葉は赤字にしているので、その部分を読んでいただくだけでも新たな発見があるはずです。

【前編】ショッピングモール、駅地下にもドンキ出現…“驚安の殿堂”が意外な場所に登場し始めた納得の理由
■【後編】即戦力が続々入社、ドンキはなぜ就職人気ランキング圏外でも人材に困らないのか(今回)


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