アマゾンとグーグルの意外な共通点、現場の心に火をつける本物の経営理念の力とは
経営理念に重きを置いた経営者というと、松下幸之助や稲盛和夫といった日本人経営者を思い浮かべる人が多いかもしれない。しかし、一橋大学名誉教授の伊丹敬之氏は「現代においては、日本企業よりもアマゾンやグーグルの方が経営理念の重要性を理解し、大切にしている」と語る。日本の企業はそうした企業から今何を学ぶべきだろうか。前編に続き、2024年7月、書籍『経営理念が現場の心に火をつける』(日本経済新聞出版)を出版した伊丹氏に、海外のビッグテックも意思決定のよりどころにする経営理念の力、経営理念を作る上での最適なアプローチについて聞いた。(後編/全2回)
「ベゾスの経営理念」が生んだアマゾンの新事業
──前編では、優れた経営を行う上での経営理念の役割や、本田宗一郎氏がマン島TTレースに挑んだエピソードについて聞きました。著書『経営理念が現場の心に火をつける』では日本企業の経営者だけでなく、グーグル創業者のラリー・ペイジ氏、アマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏の経営理念・経営哲学についても紹介していますが、日本の経営者とは考え方の違いがあるのでしょうか。
伊丹敬之氏(以下敬称略) 最近の日本企業の経営者より、ペイジ氏やベゾス氏の方が経営理念・経営哲学の重要性を理解し、大切にしていると考えています。
日本の経営者は口では経営理念の重要性を説きますが、心の中ではその重要性を信じていない人が増えているように感じます。それは、経営者の仕事の筆頭に挙げるべき「戦略」をおろそかにして、横文字の経営用語で言葉遊びをしている点からも分かることです。
日本で経営理念を重視していた経営者というと、本田宗一郎氏(本田技術工業創業者)や小倉昌男氏(ヤマト運輸創業者)、稲盛和夫氏(京セラ創業者)といった名前が挙がります。近年でいうと、ドン・キホーテ創業者の安田隆夫氏も挙げられますが、それに続く経営者が出てきません。
──アマゾンのベゾス氏が経営理念を大切にしていることは、どのようなエピソードから分かるのでしょうか。
伊丹 アマゾンの従業員には、かつてベゾス氏が株主に宛てて書いた手紙の内容を経営理念に落とし込んだ「リーダーシップの14の原則」が深く浸透しています。特に注目すべきは、「14の原則」の筆頭に挙げられた「Customer Obsession(顧客にとことんこだわる)」です。
この原則を活用した事例が「アマゾンマーケットプレイス」と「フルフィルメントバイアマゾン(FBA)」です。ベゾス氏は、アマゾンが自社のために作り上げた市場機能と配送機能を他の小売事業者にも提供しようと考えたのです。社内では当然、大反対が起きました。誰もが「自社商品のみならず、競合商品をアマゾンのECサイト内に掲載すれば、自社商品の売り上げが下がる」と考えたからです。
ところが、ベゾス氏は動じませんでした。「顧客にとことんこだわる」という原則に従って、実行を決断したのです。
アマゾンが世界一のクラウドサービスを生んだ「8番目の原則」
──社内から反対の声が挙がる中、ベゾス氏はどのようなビジョンを描いていたのでしょうか。
伊丹 ベゾス氏の頭の中には「マーケットプレイスに他社の魅力的な商品が並び、仮にお客さま様がそちらを購入した場合、自社商品が売れなくても顧客満足は向上する。顧客が満足すればアマゾンへのアクセスが増えて、自社商品も自然と売れるようになる」という勝ち筋がはっきり見えていたのだと思います。
「14の原則」がアマゾンの事業成長に貢献した事例としては、世界最大のクラウドコンピューティングサービスに成長した「AWS」(アマゾンウェブサービス)も忘れてはなりません。かつて小売業だったアマゾンがIT事業で世界一になるということを、誰が想像したでしょうか。これは「14の原則」の8番目「Think Big(大きく考える)」を適用した好例だと考えています。
アマゾンはかつてグーグルに対抗してウェブ検索サービスを始めて失敗したこともありましたが、試行錯誤の末にAWSをリリースし、大成功しました。ベゾス氏の経営哲学、そしてアマゾンの経営理念がなければ、小売業からIT事業へ飛躍することは難しかったのではないでしょうか。
──著書では、グーグルの創業経営者の1人、ラリー・ペイジ氏についても紹介しています。ペイジ氏はどのような経営哲学を持っていたのでしょうか。
伊丹 ペイジ氏は「Google が掲げる10の事実」と呼ばれる行動指針を用いて、経営の意志決定をしていました。その行動指針を活用した最たる例は、グーグルの「中国市場撤退」でしょう。
2009年、グーグルのサーバーがハッカーからのサイバー攻撃を受けたことがきっかけで、さまざまなことが明らかになりました。ハッカーの拠点は中国国内にあり、ハッカーたちはグーグルの知的財産を盗むだけでなく、中国の反政府活動家のメールを読もうとしていたのです。グーグルが中国国内でサービス提供を続けることは、中国政府の言論弾圧に加担することを意味します。
当時、グーグルCEOだったエリック・シュミット氏は、経済論理という視点から考えて中国市場からの撤退には異を唱えていました。当初はペイジ氏も当初は同じ考えだったようです。
しかし、ペイジ氏は最終的にもう1人の創業者であるセルゲイ・ブリン氏が出した撤退案に賛成します。10の事実の6番目である「悪事を働かなくてもお金は稼げる」に照らして、「悪事に加担はしない」と決心したからでした。こうして巨大市場である中国からの撤退が決まったのです。
ペイジ氏の「ある一言」がきっかけでGoogle広告が生まれた
──目先の数字だけ見ていては、中国撤退という結論は導き出せなかったかもしれませんね。
伊丹 そうですね。実は、グーグルの収入の大部分を占めている「Googleアドワーズ(現Google広告)」という広告エンジンの基本型が誕生したのも、経営哲学・経営理念のたまものです。
グーグルの創業から4年が経過した2002年のある金曜日の午後、ペイジ氏は本社のカフェテリアの掲示板にウェブページを印刷した紙を貼り出しました。そこに写っていたのは、グーグルの検索結果ページに、広告エンジンが配信したいくつかの広告が表示された画面でした。表示されていたのは、ユーザーが検索した語句とほとんど関連のない広告ばかりで、ユーザーにとっての価値がないと憤ったペイジ氏は「この広告表示はムカつく」と殴り書きをして貼り出していたのです。
それを見かけた1人のITエンジニアは「ペイジ氏の不満はもっともだ」と感じ、社内の4人のエンジニアに声を掛けて、週末に新しい広告配信プログラムを自主的に作り始めます。そして、ここで作られた広告配信プログラムがGoogleアドワーズの原型となりました。
経営理念の存在は、現場の人間に「そこまでやるか」という衝撃的な行動を取らせることがあります。このグーグル社員のエピソードも、グーグルのミッションである「世界の情報を瞬時に誰にでも届ける」を信じて、現場レベルで判断して行動した好例といえるでしょう。
「強烈なできごとの積み重なり」が理念を育む
──経営理念というと創業期に作られるイメージがあります。事業の成長に寄与する経営理念を作るために「最適なタイミング」はあるのでしょうか。
伊丹 企業の置かれた状況によって変わりますが、狙うべきは「短期間にいろいろなことが起こった後」だと思います。事業の成功を味わったり、失敗の苦渋をなめたりした後で、「最終的には良い状況に向かっていったタイミング」が理想的です。
経営理念を作る上で重要な経験を、本書では「強烈なできごとの積み重なり」と表現しました。そうした出来事を経営陣と組織のメンバーが「共通体験」として共有できれば、その共通体験を抽象化することで「成功の論理を言語化したい」「自分たちの財産にしたい」と経営者が考えるようになります。これが、経営理念が育まれるときの代表的なプロセスです。
それゆえに、共通体験を持たない状態で経営理念の言語化を試みると、どうしても言葉遊びになりがちです。共通体験を抱いていなければ、従業員が「この経営理念で表現しようとしていることが、何を指すのか」が分からないからです。つまり、共通体験の有無こそが、経営理念が言葉遊びに終わるか、あるいは腹落ちする理念にまで昇華するか分かれ目になります。その意味では、これから成長期を迎える企業については「共通体験の創出」を狙い、事業展開を加速させることも必要かもしれません。
■【前編】世界最高峰・マン島TTレースを完全制覇したホンダ、倒産危機の中でも本田宗一郎がブレずに追い求めたもの
■【後編】アマゾンとグーグルの意外な共通点、現場の心に火をつける本物の経営理念の力とは(今回)
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11/18 06:00
JBpress