「企業は社会の“器官”である」ドラッカーが指摘する、企業が果たすべき3つの役割とは?
企業を取り巻く環境が激しく変わる現代において、経営者は「社会課題への対応」や「新規事業の創造」など、前例がないようなさまざまな課題に向き合っていくことが求められる。そのような「変化の時代」にあって、意思決定のよりどころとすべき本質とは何だろうか。本連載では『成果をあげる経営陣は「ここ」がぶれない 今こそ必要なドラッカーの教え』(國貞克則著/朝日新聞出版)から、内容の一部を抜粋・再編集。「マネジメントの父」と呼ばれる経営学の大家・ドラッカーの教えを元に、刻々と変わり続ける時代において、会社役員がなすべき役割や、考え方の軸について論じる。
第1回では、ドラッカーが指摘する、いかなる時代においても企業が果たすべき「3つの役割」の考え方とともに、ドラッカー経営学の全体像を俯瞰する。
<連載ラインアップ>
■第1回 「企業は社会の“器官”である」ドラッカーが指摘する、企業が果たすべき3つの役割とは?(本稿)
■第2回 ドラッカーが説く、企業の「第一の責任」とは?経営者が財務会計を理解しなければならない本質的な理由
■第3回 なぜ「配当」の仕組みを知らなければ、資本主義社会における財務会計の意味を理解できないのか?(11月25日公開)
■第4回 なぜROICはWACCと比較しなければ無意味なのか?ドラッカーが指摘する「資本のコストに見合うだけの利益」とは?(12月2日公開)
■第5回 スバルとマツダ、アサヒとキリン…業界のライバル同士は、いかに異なる戦略をとって成長してきたか?(12月9日公開)
■第6回 「自社の事業は何か」ドラッカーのシンプルな問いに答えることが、なぜ経営トップにとって極めて重要なのか?(12月16日公開)
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ドラッカー経営学の全体像と企業の「3つの役割」
ドラッカーは自分自身のことを「社会生態学者」と名乗っていました。つまり、ドラッカー経営学の特徴は、社会を生き物として見ていたということです。
社会が生き物であるというのは考えてみれば当たり前です。廃墟を社会とは言いません。ビルが集まっているところを社会とは言いません。人が集まっているところが社会なのです。そういう意味で、社会は生き物だと言えます。
「経営をするならドラッカーだけは勉強しておけ」という優秀な経営者の方はたくさんおられます。ただ、ドラッカーの本を直接読むのはなかなか骨が折れます。特に、原書で800ページにも及ぶ『マネジメント 課題、責任、実践』(ダイヤモンド社)という本を読むのは大変です。
ドラッカー経営学を学ぼうとする日本人の多くが最初に手に取るのは、『マネジメント 課題、責任、実践』という本の抄訳版である『マネジメント【エッセンシャル版】―基本と原則―』(ダイヤモンド社)でしょう。
その『マネジメント【エッセンシャル版】―基本と原則―』の本文の1行目は、「企業をはじめとするあらゆる組織が社会の機関である」という文章から始まります。冒頭からとっつきにくい感じがします。
ただ、この文章は原書では“Business enterprises‒and public-service institutions as well‒are organs of society.” です。「社会の機関である」の「機関」は “organ” でした。日本語では「器官」という漢字をあてる、肺とか心臓とかを意味する “organ” です。
私は、ドラッカーが組織のことをわざわざ “organ” という単語を使って説明していることを知り、ドラッカーの考え方が少しわかったような気がしました。何がわかったかと言うと、「企業は、みずからのために存在するのではない」ということです。
生き物を構成する一つひとつの器官の目的はその器官の中にはありません。人体という生き物を例にとればすぐにわかります。肺の目的は肺の中にはありません。肺の目的は人体に酸素を供給することです。心臓の目的は心臓の中にはありません。心臓の目的は人体に血液を循環させることです。
社会は生き物です。人間組織である、企業や公的機関が集まって社会ができあがっています。その生き物である社会を構成する一つひとつの機関の目的も、その機関の中にはありません。病院の目的は病院の中にはありません。病院の目的は病院の外の患者さんの病気を治すことです。消防署の目的は消防署の中にはありません。消防署の目的は消防署の外の火事を消すことです。
では、同じ社会を構成する民間企業の目的だけが、組織の中の「利益をあげる」ということでしょうか。そんなことがあるはずがありません。企業も、病院や消防署と同じように、その目的は組織の外にある。つまり、企業も社会のために存在しているのです。「企業は社会に存在する人間組織である」という企業の本質から考えれば、企業には次の「3つの役割18」があるとドラッカーは言います。
- 組織の目的と使命を果たす
- 生産性をあげる
- 社会的責任を果たす
企業が社会的存在である以上、まず果たさなければならない1番目の役割は、それぞれの組織の目的と使命です。自動車を作って売るということが目的と使命の企業は自動車を作って売る。ラーメンを作って売るということが目的と使命の企業はラーメンを作って売る。それぞれの企業にはそれぞれの目的と使命があります。
ただ、この「組織の目的と使命」は、ただ単に自動車やラーメンを作って売るといった単純なものではありません。ドラッカーは組織の目的と使命を定義することは極めて重要だとして次のように言います。
「事業の目的とミッションを明らかにしなければならない。『われわれの事業は何か。何であるべきか』を考えなければならない。(中略)事業の定義が明快に理解されないかぎり、いかなる企業といえども成り行きに左右されることとなる。自らが何であり、自らの価値、主義、信条が何であるかを知らなければ、自らを変えることはできない。(中略)事業の目的とミッションについての明確な定義だけが、現実的な目標を可能とする。優先順位、戦略、計画を可能とする19」
「組織の目的と使命」は、すべての従業員の仕事の基盤でありスタート地点なのです。なお、この「自社の事業は何か」の検討については、後ほど詳しく説明します。
2番目の役割を「生産性をあげる」にしていますが、原書は “Productive Work and Worker Achievement” です。この原文が示すように、私が意訳した「生産性をあげる」にはもっと複層的な意味があるのですが、それは後ほど詳しく説明します。
ただ、「ドラッカー経営学の全体像を理解する」という点では、「生産性をあげる」の方がわかりやすいと思いますので、しばらくは「生産性をあげる」で説明していきます。
特に民間企業は生産性が低いと生き残っていけません。同じ商品やサービスを高い値段でしか提供できない生産性の低い会社は生き残っていけないのです。
18 Peter F. Drucker “Management: Tasks, Responsibilities, Practices” Collins Businessの第4章。原書で「3つの役割」を説明している箇所の小見出しとして使っている“Purpose and Mission”, “Productive Work and Worker Achieve ment”, “Social Impacts and Social Responsibilities”という3つの言葉を著者が意訳。
19『マネジメント 課題、責任、実践』P・F・ドラッカー著、上田惇生訳、(ダイヤモンド社)の第7章
3番目の役割は社会的責任を果たすことです。これも企業が社会的存在である以上自明な役割です。そしてドラッカーは、この社会的責任に対してどう取り組むべきかの基本的な考え方も示してくれています。
ドラッカーが指摘した「3つの役割」の中の3番目の「社会的責任」が近年脚光を浴びてきているわけですが、ドラッカーは50年以上前に次のように述べています。「これら三つの役割はいずれも重要である。(中略)社会の問題について社会的責任を果たすことは、社会が滅びたのちなお存続しうる組織などありえないからである20」
企業の「3つの役割」について説明しました。先程、「同じ社会を構成する民間企業の目的だけが、組織の中の『利益をあげる』ということでしょうか。そんなことがあるはずがありません」と言いました。では、企業の目的とは何なのでしょうか。
ドラッカーは次のように言います。「企業の目的は、それぞれの企業の外にある。企業は社会の機関であり、その目的は社会にある。企業の目的の定義は一つしかない。それは顧客の創造である21」
私は、ドラッカーの「顧客の創造」という言葉を初めて聞いたとき、「ドラッカーはなぜ奇を衒(てら)ったような言葉を使うのだろう。『顧客の満足』ではダメなのだろうか」と思いました。世の中には「顧客第一主義」で仕事をしている企業がたくさんあります。
ドラッカーからすれば「顧客の満足」ではダメなのです。なぜなら、社会は生き物だからです。生き物は変化します。そして、この社会がどのように変化していくかはだれにも予測できません。この変化し、変化の先行きがわからない社会の中で企業が生き残っていくには、顧客満足では遅すぎるのです。自らが顧客を創造していかなければならないのです。
また、顧客は自分自身の本当のニーズや欲求がよくわかっていないという面があります。どんな仕事をしていても、企業側の方がたくさんの情報と知識と経験を持っています。顧客が望みもしない、要求もしない、想像さえしない新しい商品やサービスを企業側から提供していかなければならないのです。
企業は顧客にとっての価値を創造し、買わないという選択肢を持つ顧客が喜んで購入してくれる商品やサービスを提供できなければなりません。もし、顧客の購入につながらなければ、民間企業は存続できないのです。
20『マネジメント 課題、責任、実践』P・F・ドラッカー著、上田惇生訳、(ダイヤモンド社)の第4章
21『マネジメント 課題、責任、実践』P・F・ドラッカー著、上田惇生訳、(ダイヤモンド社)の第6章
<連載ラインアップ>
■第1回 「企業は社会の“器官”である」ドラッカーが指摘する、企業が果たすべき3つの役割とは?(本稿)
■第2回 ドラッカーが説く、企業の「第一の責任」とは?経営者が財務会計を理解しなければならない本質的な理由
■第3回 なぜ「配当」の仕組みを知らなければ、資本主義社会における財務会計の意味を理解できないのか?(11月25日公開)
■第4回 なぜROICはWACCと比較しなければ無意味なのか?ドラッカーが指摘する「資本のコストに見合うだけの利益」とは?(12月2日公開)
■第5回 スバルとマツダ、アサヒとキリン…業界のライバル同士は、いかに異なる戦略をとって成長してきたか?(12月9日公開)
■第6回 「自社の事業は何か」ドラッカーのシンプルな問いに答えることが、なぜ経営トップにとって極めて重要なのか?(12月16日公開)
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11/11 06:00
JBpress