お客様第一の経営では、業績は向上しない?期待に応えても、水準が引き上げられて…そのしわ寄せが行き着く先とは

(写真はイメージ。写真:stock.adobe.com)
日本経済は1960年代以降、安定成長期やバブル、「失われた10年」とも呼ばれる長期停滞など、消費者の生活に大きな影響を与えながら変化していきました。一方で、応援消費やカスハラなど消費を巡るニュースが増える中、北海道大学大学院経済学研究院准教授の満薗勇氏は、消費者が社会や経済に与える影響について指摘します。今回は、著書『消費者と日本経済の歴史』(中公新書)より、売上と利益より“お客様第一”を優先することで、経済にどのような変化がおきたのか、一部抜粋してご紹介します。オリエンタルランド、ヤマト運輸、セブンイレブン、ユニクロなどは顧客満足度を追求することで、新市場の想像と企業成長を達成したとのことですが――

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【書影】変貌していく消費者と社会とは『消費者と日本経済の歴史』

顧客満足度と業績向上のつながり

これらの企業は、たしかにイノベーションを達成して新たな時代を切り拓いたが、経営学の議論では、一般に、顧客満足の追求が業績向上に結びつくとは限らないことが確認されている。

そもそも顧客満足の追求は、生産性の上昇とトレードオフの関係になりやすい(嶋口1994)。顧客に喜ばれるには経営資源を多く投入することが必要となる一方で、効率を追求するとサービス水準の低下につながる。

多様な欲求をもつすべての顧客を満足させるには、非効率に陥ることが不可避である。高度で豊富な機能を求めるコアなユーザーの期待に応えすぎると、かえってボリュームゾーンの顧客には混乱や不満をもたらしかねない(小野2008)。

加えて、満足という状態は、事前の期待に対する成果を主観的に評価したものなので、時間軸をともなって決まる。つまり、(1)顧客が事前にどのような期待を持っているのか、そして、(2)製品・サービスの購買が実際にその期待に応えたかどうか、という時間軸のもとで決まる。

そうなると、たとえば繰り返し取引が行われるうちに、顧客の期待がどんどん上昇しても、その水準をクリアし続けないと、たちまち否定的評価を受けてしまう。

必ずしも企業成長に結びつかない

これは顧客満足のジレンマと呼ばれ(佐藤2005)、ある時点の満足達成が、次の時点の期待水準を高めてしまうところに本質的な問題がある。

現実には企業間競争も行われるから、顧客満足の追求をめぐる活発な競争の展開が、市場全体の顧客の期待水準を引き上げることになる。

したがって、顧客満足の追求は、必ずしも企業成長に結びつくものではなく、時間軸で見ると個別企業の持続的成長を難しくしていく。

この限界を乗りこえるには、相応の画期的なイノベーションが必要となり、先に挙げた企業はまさにその成功例と言えるが、競争のなかでその優位性が長期に発揮される保証はない。

さらに、顧客満足の追求には、当事者以外に負担が及ぶ外部不経済の問題があることも知られている(宮崎2011)。

個々の企業が、それぞれ顧客満足の追求に焦点を当てるがゆえに、その周辺や第三者に生じる不利益や不満足に関心が及びにくくなってしまう。

顧客満足が第三者に与える影響

たとえば、多くの顧客が乗用車を購入し、企業利益と顧客満足が達成されたとしても、多くの購入者の存在によって道路の混雑や渋滞が深刻化すれば、都市全体の機能低下につながり、購入者以外も不利益を蒙こうむる。あるいは、自動車がもたらす大気汚染、騒音、交通事故なども、第三者にまで深刻な負の影響を与える(宇沢1974)。

要するに、顧客満足の追求は、社会全体から見て望ましい結果をもたらすとは限らないのである。しかも、企業も顧客も満足してしまうために、そのことが不可視化されやすい。

『消費者と日本経済の歴史』では、以上に見た顧客満足の追求をめぐる問題点、すなわち(1)生産性上昇とのトレードオフの関係、(2)時間軸で見た期待水準の上昇、(3)外部不経済の発生とその不可視化という三点をまとめて、広義の顧客満足のジレンマと呼ぶ。

これらの問題点があるにもかかわらず、企業は競争のなかにあって、顧客満足の飽くなき追求から降りられないのである。

しわ寄せは労働者に行き着く

サービス産業は製造業に比べて生産性が低く、持続的な経済成長を牽引する力が弱い。顧客満足のジレンマもまた、サービス経済化のもとでの持続的な経済成長を難しくする方向に作用する。そして現実に、ポストバブルの時代にあって、サービス経済化の進む日本経済は、長期経済停滞に陥ってきた。

顧客満足の追求それ自体は、財やサービスの購入における利便性を大きく向上させ、快適な暮らしをもたらしたと言えよう。

しかし、顧客満足の追求と生産性の上昇というトレードオフの関係からの脱却を、労働コストの切り下げに求めたり、より安価な製品をグローバルな商品調達を通じて求めたりすれば、その消費者と同じ人間である労働者の雇用や賃金に悪影響を及ぼす。

顧客満足のしわ寄せが労働者に行き着くとすれば、労働組合の役割が重要になる。しかし、雇用の多様化が進むなかで、パート・アルバイトなど非正規の労働者は組合から排除されやすい。

その点、ニトリの労働組合は1993年に結成され、当初から「パートアルバイト社員」も同一組合に加入し(『月刊ゼンセン』1993年12月)、その賃上げに成果をあげてきた(労働政策研究・研修機構『賃金引き上げに関する最新の動向や調査事例等』2023年)。特筆されるべき例外と言えよう。

あるいは正規雇用労働者に関しても、企業別組合のもとに編成されている限り、顧客満足のジレンマを相対化することは難しい。

たとえばヤマト運輸の労働組合は1990年代後半に、「お客様」が正月営業を希望しているとして、率先して会社側に年末年始営業の開始を提案したことが知られている(小倉1999)。

参考文献:
嶋口充輝(1994)『顧客満足型マーケティングの構図――新しい企業成長の論理を求めて』有斐閣
小野譲司(2008)「顧客満足に関する5つの質問――ソリューション、価値共創、顧客リレーションシップはなにを示唆するか」『マーケティングジャーナル』27巻3号
佐藤正弘(2005)「ずらしゆくイノベーション――顧客満足のジレンマからの脱却を目指して」『商学研究論集』22号
宮崎昭(2011)「顧客満足の外部不経済」『立命館経済学』59巻6号
小倉昌男(1999)『小倉昌男 経営学』日経BP社

※本稿は、『消費者と日本経済の歴史 高度成長から社会運動、推し活ブームまで』(中公新書)の一部を再編集したものです。

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