群雄割拠のショート動画市場、中国版TikTok「ドウイン」を生んだ差別化戦略とは?
ショート動画の作成・投稿・シェアが手軽にできるSNS「TikTok」。その人気はユーチューブやインスタグラムといった先行世代のSNSを圧倒し、マーケティングツールとして注目する企業も多い。運営母体のバイトダンスが中国のテック企業であることも耳目を集める理由の1つだ。本連載では、同社の戦略やTikTokの開発、急成長の背景を探った『最強AI TikTokが世界を呑み込む』(クリス・ストークル・ウォーカー著/村山寿美子訳/小学館集英社プロダクション)から、内容の一部を抜粋・再編集。
第3回は、中国版TikTok「ドウイン」の開発秘話に迫る。
<連載ラインアップ>
■第1回 前身アプリ「ミュージカリー」から継承したTikTokの「成長モデル」とは?
■第2回 無名だった中国企業バイトダンスは、なぜ動画アプリ「フリッパグラム」を買収したのか?
■第3回 群雄割拠のショート動画市場、中国版TikTok「ドウイン」を生んだ差別化戦略とは?(本稿)
■第4回 人の注意力持続時間は8秒…それでも見続けてしまうTikTokの巧妙な仕掛けとは?
■第5回 TikTokの「おすすめ動画」はなぜクオリティが高く、ユーザーの関心にマッチするのか?
■第6回 競合SNSのインフルエンサーに100万ドルを提供、TikTokの強気のスカウト戦略とは?(11月20日公開)
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ライバル製品を徹底的に分析
バイトダンスは好調だった。中国人は定期的にトウティアオを開いてくれていた。そこで、バイトダンスは2016年に中国人がニュースからショート動画アプリをどう見るかをモニターし、これまで蓄積してきた莫大なアルゴリズムを適用できるかどうかを判断することにした。
日本での経営者向けの研修会で、イーミンは今がそのときだと判断した。それは難しい決断ではなかった。2016年にはショート動画があらゆるところに――中国国内だけでなく世界中に――広まっていた。ヴァインは全盛期を迎えており、中国でかなりの数のショート動画アプリが人気を博していた。そのトップにいたのがクワイショウ(快手)というアプリで、クワイショウ・テクノロジーという会社が運営していた。
イーミンは新しいアプリの公開にあたってケリー・ジャン(親戚ではない)を抜擢した。彼女はそれがほかのアプリと明確な違いがあるものでないといけないことがわかっていた。
また、バイトダンスは数か月かけてどうすればライバルに差を付けられるものになるかを慎重に検討していた。カギとなったのは『孫子』から引用した「敵を知り己れを知れば百戦危うからず」という言葉だ。
チームはその言葉をそのまま信じ、世界中から100本のショート動画アプリをスマホにダウンロードし、それぞれを試してみた。その100本のなかにはジューのミュージカリーも入っていた。このアプリはアメリカでは公開されていたが、2017年5月の時点で中国にはまだ入ってきていなかった。
開発者たちの目には特に印象的なものとは映らず、もっといいものにできる可能性があると思われた。
ショート動画市場を調査していた少人数によるチームが、市場に出ているアプリ――なかには何百万人ものユーザーを抱えるアプリもある――についてうんざりする点をリストアップし始めた。それを改善が可能と思える4つの部分に絞り込んだ。
まず気に入らなかった点の1つ目は、ほとんどのアプリの動画の扱い方だ。画面の小さな隅に追いやられているか、画面上がごった返しているせいで目立たなくなっている。一部は横長で、スマホを傾けない限り、画面上では非常に小さくなってしまう。正方形のものもあり、横長に比べればまだましだが、それでも貴重な画面の面積を有効に使っているとはいえない。
もう1つ気づいた点は、一部のアプリではサーバーコストを節約し、画質の悪い動画を作っていることだ(高画質の動画だと大量のデータが必要で、最終的にそのデータはどこかに記憶させなければならない)。開発者たちは配置の変更を試み、動画アプリを作るなら、フルスクリーンで高画質でなければいけない――それはジューとミュージカリーがほぼ2年前に考えていたことと同じだった。
ケリー・ジャンも音楽にフォーカスすることで、ほかのオンライン動画とは違うものにしたいと考えていた――そのせいで、アプリが公開される頃には「若者のための音楽ショート動画コミュニティ」という厄介なスローガンを採用することになる。
人々のスマホとの付き合い方から考えて、音楽はカギになるというのがバイトダンスの信条だった。白いイヤホンを耳に挿したまま歩いている人たちを最初に見たときには異様な光景だと思ったが、2010年の中頃には当たり前のことになっていた。バイトダンスのほかのアプリのユーザーを調査してみても、音楽は生活のなかにコンスタントに存在し、人々がショート動画アプリに求めているものだった。
見た目を気にする中国の若者たちにとって、もう1つ生活のなかにコンスタントに存在するのが、フィルターを使って見た目の欠点を隠してしまう技量だ。フィルターはとりわけ中国で人気で、自分の顔や体を不自然に細いスタイルに修正してしまおうという考えが受け入れられている。
バイトダンスの調査員の判断はこうだった。中国の若者たちは、他のアプリで魔法のように作りだした理想的な自分ではなく、冷たく厳しい現実にさらされた自分を見せるようなショート動画アプリには、ほとんど関心を示さないだろう。チームとしても、トウティアオのもつアルゴリズムの威力があれば、新たなアプリはライバルアプリから一線を画すものになるだろうと考えた。
ほかのアプリはどれも、動画を作成する際にユーザーにいくつものステップを踏ませようとするものばかりで、動画作成に頭から飛び込ませようとしていないように思えた。バイトダンスは動画の撮影をできるだけ簡単にしたかった。
ほかの作業をいろいろと求めると、ユーザーは逃げていってしまう。動画をバズらせる方法を考えたり、以前から人気のあったハッシュタグチャレンジのコンセプトを発展させたりするにしても、何事も運任せにしてはいけないのだ。
新しいアプリには名前が必要だった。そこで、バイトダンスは社員全員に何か提案がないか求めた。チームは何百もの候補を検討した。第一の選択肢は“A.me.”。英語ではこれを“awesome”の意味で捉えられるのでいい案だったが、中国語ではそうならない。数か月にわたって検討した結果、選ばれたのは“Douyin(ドウイン/抖音)”。これは“Shake(dou)”という動詞と“sound(yin)”という単語を組み合わせたもので、“vibrato(ビブラート)”を意味する。
ロゴは24歳のデザイナーが作った。彼はロックミュージックが大好きで、コンサートのあと耳のなかで音が鳴り続ける感覚と、ショーの最後に素晴らしい照明の演出を見たせいで目に光が残る感覚から発想を得たそうだ。彼は音符にヒントを得たロゴを下書きしたあと、GIF(ジフ)アニメーションジェネレーターにかけ、電磁波を加えた。
GIFにより40のフレームを作りだし、デザイナーが最もスッキリと見える1枚を選び、ロゴに薄いエレクトリック・ブルー(ティックトック内部のグラフィックスタイルブックでは“スプラッシュ”と呼ばれている)の色と濃いピンク(ラズマタズという愛称)の影を加えている。
こうしてドウインは生まれた。
2016年9月、数か月にわたる開発期間を経て公開の準備が整った。当初、ドウインは小刻みな動きを見せ、大きな波は起きなかった。だが、バイトダンスの社員たちは手を加え続けていた。バイトダンスは社内に、拡張現実(AR)のスタンプやフィルターの開発に貢献するAIラボを設置した。
これによって、ユーザーが何度も戻ってきてくれることが期待できた。ドウインは、とりわけずばずばと物を言うミスター・シュエというユーザーと交流をもった。彼はカナダの大学に通う学生で、VPN(仮想プライベートネットワーク)を使って中国専用のアプリにアクセスしていたが、ドウインの音声と動画に若干のずれがあることに不満をもっていた。
2017年の中頃には、状況が上向き始めていた。ドウインが新し物好きな人たちと共同で進めたハッシュタグチャレンジのいくつかは、このプラットフォームの熱心な2人のユーザーによって進められた“シャワーダンス”と呼ばれるものをはじめ、メインストリームになりかけていた。
「ユーザーにアプローチするこうした機会をつくるのはとても重要なことなんです」とケリー・ジャンは話す。まだ初期の頃、バイトダンスは非常に熱心なユーザーをオフィスに招き、おしゃべりをしたり、一緒に動画を作ったりしていた。こうしたクリエイター中心のアプローチが推進力となり、間もなく西側諸国にティックトックが登場することになる。
<連載ラインアップ>
■第1回 前身アプリ「ミュージカリー」から継承したTikTokの「成長モデル」とは?
■第2回 無名だった中国企業バイトダンスは、なぜ動画アプリ「フリッパグラム」を買収したのか?
■第3回 群雄割拠のショート動画市場、中国版TikTok「ドウイン」を生んだ差別化戦略とは?(本稿)
■第4回 人の注意力持続時間は8秒…それでも見続けてしまうTikTokの巧妙な仕掛けとは?
■第5回 TikTokの「おすすめ動画」はなぜクオリティが高く、ユーザーの関心にマッチするのか?
■第6回 競合SNSのインフルエンサーに100万ドルを提供、TikTokの強気のスカウト戦略とは?(11月20日公開)
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10/30 06:00
JBpress