明治HDと花王の挑戦、持続可能な原材料調達と付加価値・企業価値の向上は両立できるか?
温室効果ガスの実質ゼロを目指す「カーボンニュートラル」に加え、ここにきて「ネイチャーポジティブ」への対応が本格化している。生物多様性の損失を止め、自然再興を目指す取り組みだが、その難易度は高い。そこで本連載では、『カーボンニュートラルからネイチャーポジティブへ サステナビリティ経営の新機軸』(野村総合研究所編/中央経済社)から内容の一部を抜粋・再編集し、国内企業の取り組みを紹介。サステナビリティ経営の新たな在り方を考察する。
第3回は、明治HDと花王によるネイチャーポジティブの対応事例を紹介する。
<連載ラインアップ>
■第1回 人間の活動により価値は40%減少、自然資本の損失が企業活動に与える「3つのリスク」とは?
■第2回 キリンHD、日本製鉄、神戸製鋼所…国内企業は生物多様性の保全にどうコミットしているのか?
■第3回 明治HDの「アグロフォレストリー農法」、花王の「ハイリスクサプライチェーンからの調達」とは?(本稿)
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明治HD
各製品の依存・影響を精査したうえで、カカオ生産における生物多様性への対応を推進
■自然への依存や影響が大きい原料に焦点を当てる
明治HDはTNFDのLEAPアプローチに沿った事業活動による自然への依存・影響の分析を進めており、その中でも特に依存・影響関係が強い原材料について対応を推進しています。
本項では、カカオ豆の生産における明治HDの取り組みについて紹介します。
■明治HDのカカオ調達に対するLEAPアプローチ
明治HDはTNFDフレームワークのLEAPアプローチを活用して、明治グループの主要なカカオ生産地(13拠点)における自然への依存・影響の評価、ロケーションごとの分析、その結果を踏まえたリスク評価をしました。
その結果、カカオ豆の生産における依存や影響関係が一因となり、自然状態および生態系サービスの変化を引き起こす可能性があると特定しました。その変化によって物理的リスクや移行リスクが発生し、明治グループに財務的影響を及ぼす恐れがあるとし、カカオの持続可能な調達に向けた対応施策の検討と推進を行っています(明治HD HPより)。
■評価内容の事業・付加価値への落とし込み
明治HDでは、LEAPアプローチの結果をもとに、以下のような事業における持続可能な調達活動を推進することで、評価内容を事業活動に反映しています。
⑴ 細胞培養スタートアップへの出資
米国のカカオ細胞培養農業スタートアップであるCalifornia Cultures Inc.に出資を開始しました。California Cultures Inc.はカカオの細胞から直接、カカオ粉末、チョコレート、カカオバターを開発しており、カカオ生産による温室効果ガスの排出や森林伐採に関わる課題の他、世界のカカオの約70%を供給している西アフリカ諸国のカカオ農家で横行している児童労働などの問題を一掃する一助として今後活用が広がることが期待されています。明治HDは同社の細胞農業技術に自社の知見をかけ合わせることで、持続可能な原材料調達と機能性商品の共創を目指しています(明治HD HPより)。
⑵ 持続可能なカカオ農法への転換とブランド化
カカオの生産における森林伐採・環境破壊や生物多様性の損失という重大な社会課題に対処するため、森をつくる農業である「アグロフォレストリー農法」に取り組んでいます。「アグロフォレストリー農法」とは、アグリカルチャー(農業)とフォレストリー(林業)を掛け合わせた造語です。森林伐採後の土地に自然の生態系にならった農林産物を共生させながら栽培する農法のため、自然へのダメージが少なく、持続的に長期間の土壌利用が可能になります(明治HD HPより)。
明治HDはこの農法で作られたカカオ豆をカカオマス中に使用したチョコレートを「アグロフォレストリーチョコレート」としてパッケージなどにこだわり、ひとつのブランドとして販売しています。
このチョコレートは「森をつくるカカオ」と称して商品紹介の特設サイトも設けられています。このような取り組みを通じて、持続可能な原料調達を、消費者に付加価値として訴求していると筆者は捉えています。
花王
自然資本への対応において、消費者の観点を考慮した分析、取り組みを実施
■生態を理解・考慮することで最適なソリューション・製品につなげる
花王は、生活者向けの日用品を扱う事業と、産業界のニーズにきめ細かく対応した製品を扱う事業を展開する大手消費財メーカーです。
「サステナビリティ以外の退路を断ち、「未来のいのちを守る会社」として、人、社会、地球に貢献することをめざしていきます」と宣言していることから、経営においてサステナビリティの重要性が高いことが伺えます。自然資本の考え方も既に経営方針に含まれています。
例えば自社の貢献領域を「生命」「生活」「生態」と定め、この3領域を深く知ることが未解決課題への最適なソリューション・製品につながるとしています。また、花王の株主になるメリットの1つとして、自社への投資が環境・社会貢献に結び付くと説明しています。このことから、環境貢献がステークホルダーの共感を呼び、企業価値向上につながる考え方が伺えます。
■消費者の動向を強く意識した、自然資本の分析
花王は2023年4月にいち早く、生物多様性と事業の関わりを分析しました。
花王の分析の特徴は、自然・経済・社会等のマクロ環境の将来シナリオを複数パターン作成し、シナリオごとに花王が属する業界・事業で想定される重要な変化を具体化した点です。
自然資本の分析のなかで、日用品における市場変化も考慮した点からは、消費者を重視する花王らしさが伺えます。さらに、事業戦略に反映しやすい形で整理されており、事業活動に自然資本を考慮していることが伺えます。
■環境に配慮した植物原料を利用
実際に花王は、最も関わりの大きい自然資本であるパーム油に関し、森林破壊ゼロの調達をめざした「ハイリスクサプライチェーンからの調達」を策定しています。
この取り組みでは、花王グループで使用するパーム油について、2025年までにRSPO認証油(第三者保証)に100%切り替えを目指しています(花王HPより )。
さらに花王は、サプライチェーンの透明性を高めるため、サプライヤーから定期的に最新のトレーサビリティ情報を入手し、自社サプライチェーンにつながるミルリストを公開しています。2023年12月時点では、パーム搾油工場(パームミル)99%、パーム農園87%においてトレーサビリティを確保しています。
■生活者参画型の資源循環の取り組みを推進
花王では、生活者を巻き込んだ資源循環の活動にNPO、ライオン、自治体等と協働して2016年から取り組んでいます。
この活動は、生活者と協力し、洗剤などの使用済のつめかえパックを回収、再生樹脂に加工、ベンチなどを作成、リサイクル材を使用したつめかえパックを限定発売するなど、市民生活に役立つものへと還元するものです。生活者と共に資源循環に取り組むことは、花王の魅力向上にもつながると捉えられます。
<連載ラインアップ>
■第1回 人間の活動により価値は40%減少、自然資本の損失が企業活動に与える「3つのリスク」とは?
■第2回 キリンHD、日本製鉄、神戸製鋼所…国内企業は生物多様性の保全にどうコミットしているのか?
■第3回 明治HDの「アグロフォレストリー農法」、花王の「ハイリスクサプライチェーンからの調達」とは?(本稿)
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10/24 06:00
JBpress