企業の環境経営を促す「カーボンプライシング」、今から検討すべきビジネスモデルの変革とは?

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写真提供:日刊工業新聞/共同通信イメージズ

 現代のビジネスにおいて、気候変動を含む環境リスクに対応した「環境経営」が業界問わず注目されている。世界的トレンドであるこうした企業行動は、企業規模、上場・非上場を問わず、今や逃れられない課題と言えよう。本連載では『環境とビジネス──世界で進む「環境経営」を知ろう』(白井さゆり著/岩波新書)から、内容の一部を抜粋・再編集し、気候変動リスクをチャンスに変えるサステナブル経営のあり方について考える。

 第6回は、企業の環境経営を促すと期待されている「カーボンプライシング」を取り上げる。制度が拡充されることで企業が受ける影響や、日本国内における今後の見通しについて紹介する。

<連載ラインアップ>
第1回 気候変動対策として、各国はなぜ温室効果ガス排出量「正味ゼロ」を目指すのか?
第2回 世界三大格付け会社が警告、気候変動への対応力が「企業の信用」に直結する理由とは?
第3回 欠かせないのは短期・長期の視点、現代の企業経営に重大な影響を及ぼす3つの気候変動リスクとは?
第4回 企業はなぜ、「バリューチェーン全体」の温室効果ガス排出量に目を配る必要があるのか
第5回 温室効果ガス排出削減の新たな指標「削減貢献量」に企業が注目する理由とは?
■第6回 企業の環境経営を促す「カーボンプライシング」、今から検討すべきビジネスモデルの変革とは?(本稿)


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カーボンプライシングの拡充は世界的トレンドへ

 温室効果ガスの排出削減には、企業による低炭素・脱炭素技術開発への投資が欠かせない。そのためには、それを後押しする政府の政策が一段と実行に移されることが重要である。

 世界では、「カーボンプライシング」と呼ばれる気候政策が、こうした企業の投資や研究開発の資金、人材をより多く、再生可能エネルギーや必要な技術開発に振り向けるのに最も効果的とのコンセンサスがある。

 その理由は明快である。温室効果ガス排出量の多い化石燃料を使用することで企業が負担する費用を、再生可能エネルギーや低炭素エネルギーの発電費用よりも大きく引き上げていけば、「価格のシグナル」が自然と働くことで効率的な資源配分が実現できるからである。

 化石燃料を大量に使う企業は費用がかさむことで利益が減る一方で、相対的に費用が低い再生可能エネルギー等へと需要が大きく転換し、資金の移転が促されることになる。

 カーボンプライシングはエネルギーの節約を促す効果もある。再生可能エネルギーの発電費用は大量生産や技術革新によりしだいに低下しているが、それだけでは化石燃料の消費を減らしたり、エネルギー全体の節約につながらない。

 そこでカーボンプライシングによって化石燃料利用に対する費用が高まるとの予想が形成されれば、企業は将来の利益低下を防ぐために今から削減努力を強めていくことにつながりやすい。

 多くの国では、これまでカーボンプライシングの拡充よりも、排出削減につながる技術革新を奨励するための補助金の支給や税額控除、電気自動車(EV)の購入に対する補助金、EV充電網への投資、政府施設に太陽光発電設備の設置といった様々な政策を行ってきた。そのほか、省エネ規制や排ガス規制等により燃費・電費や低炭素車の製造を促す国が多い。

 また、欧州、日本、中国をはじめ多くの国では再生可能エネルギーの導入当初は供給拡大につながる固定価格買取制度も積極的に行ってきた。発電業者が設備費用の回収見通しを立てやすくなることで供給拡大が促され、効果は見られている。

 固定価格買取制度の費用は電力料金に上乗せされて徴収されるので電力利用者が負担することが多いが、補助金支給や公共投資は政府の歳出増加、税額控除は歳入の減少をもたらし、公的債務を増やすことになる。

 温室効果ガスの排出をこうした財政政策を中心に正味ゼロまで削減するにはもっと多額の財政支援が必要になる。

 しかし、2020年の新型コロナ危機以降の景気後退局面で、日本、米国、欧州等多くの国が大幅に歳出を増やしたことで公的債務が急速に増えている。高齢化による社会保障費も増えるなかでこうした政策に頼るだけでは、脱炭素社会を実現するのは難しいと考えられている。

 そうした財政事情と排出削減につながる効果的な政策を考えると、カーボンプライシングをもっと拡充していくことが避けられないことが分かる。国際通貨基金(IMF)は2023年の「財政モニター」報告書において、カーボンプライシングの拡充を遅らせると、公的債務が大きくなることを試算して警告を発している(IMF 2023)。

 カーボンプライシングを導入している国が世界的に増えているが、温室効果ガスの排出費用を大きく高めるほど炭素価格が引き上げられた国は少ない。排出量取引制度の排出権取引価格(炭素価格)を見ると、スイスが最も高く80ドル台(1万2500円台)である。

 EUや英国も同様の水準で推移していたが、足元では景気減速による需要の低迷と世界のガス供給が安定したことで、炭素価格は各々60ドル台と40ドル台へ低下している。一方、中国や韓国は10ドル前後で推移している。

 カーボンプライシングが緩慢なペースで実践されている理由は、排出の多いセクターでカーボンプライシングによって生産費用が上昇すると、モノやサービスの販売価格に転嫁されるため、インフレを引き起こすことへの懸念もある。

 多くの国では2021年から物価高騰に直面しており、さらなるインフレにつながる政策に対して市民や企業からの支持は得られにくく、政治的にも実践に向けたハードルは高い。

 しかし、温暖化が急速に進む中で、今後は、世界各国では段階的にカーボンプライシングを拡充し、炭素価格が引き上げられていかざるをえないと予想しておいたほうがよいであろう。

どれだけ炭素価格を引き上げる必要があるのか

 では、一体どれだけ炭素価格を引き上げる必要があるのだろうか。国際エネルギー機関(IEA)は、世界平均気温上昇を1.5℃に抑制するパリ協定目標を実現するために必要なCO2換算1トン当たりの価格を試算している(IEA 2021)。

 単純化すると、将来必要な炭素価格は、2030年に130ドル(2万280円)程度、2050年には250ドル(3万9000円)程度となる。途上国はこれらのドル価格よりも低い価格が想定されている。

 このため、今後、各国は炭素価格を段階的に引き上げ、同時に適用対象とする排出の多いセクターを増やしていくことが期待されている。

 カーボンプライシングが世界各地で導入され拡充していくことで、温室効果ガスの排出が多いビジネスモデルは採算がとりにくくなる。このため、企業は化石燃料にあまり依存しない生産・営業体制を今からどのように整えていくかを検討し始めたほうがよいであろう。

 ただしカーボンプライシングによって炭素価格が引き上げられるといっても、将来ずっと引き上げが続くわけではない。企業による大幅な排出削減を誘導するのに必要な炭素価格水準まで引き上げられれば、それ以上の引き上げは必要なくなるからだ。

 価格が上昇している局面で一時的にインフレが高まると理解しておくとよい。また再生可能エネルギーや低炭素エネルギーをもっと多く使い、そうしたエネルギーの供給費用が技術革新や規模の経済性によってもっと下がっていけば、炭素価格の大幅な引き上げは避けられ、インフレの抑制にもつながっていくと考えられている。

 カーボンプライシングは、主に炭素税と排出量取引制度で構成されている。炭素税は排出量の大きさに比例して課税するのですぐに税収の増加につながり、その歳入を排出削減のための補助金や低所得者支援に使うことができる。

 シンガポールの炭素税については、2019年に導入され2023年まではCO2換算1トン当たり5シンガポールドル(580円程度)の低い水準にあったが、2024~25年に25シンガポールドル(2900円程度)へ、2026~27年に45シンガポールドル(5200円超)へ、そして2030年までに50~80シンガポールドル(最大9300円程度)まで引き上げる計画である。

 このようにあらかじめ引き上げ計画を示しておけば、企業も計画的に対応がしやすい。

 排出量取引制度の場合、最初の段階では企業負担を勘案して排出権を無償で配分するのが一般的なので、政府には歳入が入らない。しかし、排出権を無償から有償に切り替えて企業に配分するようになれば歳入が得られるようになる。

 日本でも、2050年にカーボンニュートラルを達成、2030年までに温室効果ガス排出量を2013年比で46%削減するための政策手段として、2023年5月に「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律」(GX推進法)を成立させている。

 この下で、事業者が排出するCO2の費用を引き上げて、低炭素の製品や事業の相対的な付加価値を高めるためのカーボンプライシングを導入していく計画である。

 具体的には、GX-ETSに加えて、「化石燃料賦課金」と「排出量取引制度」の2つの仕組みを導入する。化石燃料賦課金については、2028年度から化石燃料の輸入事業者(すなわち発電事業者)等に対して、輸入する化石燃料の使用からのCO2排出量に応じてある種の輸入税を適用することになる。これはEUの国境調整税を参考にした制度になると見られる。

 一方、排出量取引制度については、2026年度から電力・鉄鋼・化学等、排出の多いセクターに対して本格的に稼働させる。そして、2033年度から有償オークションを通じた排出権の割当を段階的に導入する。

 当初はCO2の排出権を無料で配分するが、2033年度から一部有償にして排出権を割り当て、その排出権に応じて特定事業者負担金を徴収する計画である。

 日本が想定する炭素価格はかなり低い(賦課金制度では10~20ドル前後)との指摘もあり将来的に見直しが必要になるかもしれないが、世界のトレンドに合わせてカーボンプライシング制度を拡充していくことにはなる。

<連載ラインアップ>
第1回 気候変動対策として、各国はなぜ温室効果ガス排出量「正味ゼロ」を目指すのか?
第2回 世界三大格付け会社が警告、気候変動への対応力が「企業の信用」に直結する理由とは?
第3回 欠かせないのは短期・長期の視点、現代の企業経営に重大な影響を及ぼす3つの気候変動リスクとは?
第4回 企業はなぜ、「バリューチェーン全体」の温室効果ガス排出量に目を配る必要があるのか
第5回 温室効果ガス排出削減の新たな指標「削減貢献量」に企業が注目する理由とは?
■第6回 企業の環境経営を促す「カーボンプライシング」、今から検討すべきビジネスモデルの変革とは?(本稿)


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