企業はなぜ、「バリューチェーン全体」の温室効果ガス排出量に目を配る必要があるのか

2010年12月の北京市内の道路。自動車の急増が、温室効果ガスの排出増や大気汚染の原因と指摘されている。
写真提供:共同通信社

 現代のビジネスにおいて、気候変動を含む環境リスクに対応した「環境経営」が業界問わず注目されている。世界的トレンドであるこうした企業行動は、企業規模、上場・非上場を問わず、今や逃れられない課題と言えよう。本連載では『環境とビジネス──世界で進む「環境経営」を知ろう』(白井さゆり著/岩波新書)から、内容の一部を抜粋・再編集し、気候変動リスクをチャンスに変えるサステナブル経営のあり方について考える。

 第4回では、温室効果ガス排出量の算定・開示に関する国際基準「GHGプロトコル」について、その仕組みや狙いを解説する。

<連載ラインアップ>
第1回 気候変動対策として、各国はなぜ温室効果ガス排出量「正味ゼロ」を目指すのか?
第2回 世界三大格付け会社が警告、気候変動への対応力が「企業の信用」に直結する理由とは?
第3回 欠かせないのは短期・長期の視点、現代の企業経営に重大な影響を及ぼす3つの気候変動リスクとは?
■第4回 企業はなぜ、「バリューチェーン全体」の温室効果ガス排出量に目を配る必要があるのか(本稿)
第5回 温室効果ガス排出削減の新たな指標「削減貢献量」に企業が注目する理由とは?
■第6回 企業の環境経営を促す「カーボンプライシング」、今から検討すべきビジネスモデルの変革とは?(10月11日公開)

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最も重視される情報は「温室効果ガス排出量」

 ビジネスにおけるサステナビリティや気候変動に関する戦略的アクションのひとつが、データと目標を含む情報開示である。有価証券報告書等で示す財務情報に加えて、気候変動に関する情報開示の標準化は少しずつ進みつつあり、国・地域によっては情報開示の義務化・法制化が始まっている。

 気候変動に関する情報開示で最も重視されているのが、温室効果ガス排出量の測定である。排出削減目標を設定する前に、企業は生産工程のどの段階でどれだけ排出しているのか、時系列データを作成することから始めるべきである。温室効果ガスは英語でGreenhouse GasのことなのでGHGと簡略して使うことが多い。

 温室効果ガスの算定・開示に関する国際的な基準は、「GHGプロトコル」である。世界資源研究所と持続可能な開発のための世界経済人会議(WBCSD)が設立したGHGプロトコルイニシアティブと呼ばれる組織が策定しており、世界の多くの企業が活用している。

 GHGプロトコルは、企業の炭素会計と報告について一貫したアプローチが必要との認識から開発された。他の基準もあるが、世界はこれに沿って開示することで合意しているため、本書もこれに沿って説明する。

 GHGプロトコルでは、「Scope」(スコープ)という用語が出てくるが、これは温室効果ガスの排出量を3分類するのに使われている。企業は、次のように、スコープ1、スコープ2、スコープ3の3つに分類して開示することが期待されている。

スコープ1:企業が事業活動から自ら直接排出した量を指す。燃料(重油、都市ガス、灯油、LPガス、ガソリン等)の燃焼からの排出量が含まれる。例えば、自社のボイラーや燃焼設備、暖房機器・コジェネレーション設備からの排出、並びに、工場内のフォークリフトや運搬用自動車、あるいは商用車からの排出も含む。その他、化学反応によるガスの発生や、工場での温室効果ガスの使用・放出等も含まれる。

スコープ2:他社から購入した電力消費や熱・蒸気使用による間接的な排出量を指す。

スコープ3:スコープ1と2を除く、上流から下流までの過程における排出量を指す。スコープ3の排出量は、バリューチェーンの排出量とも呼ばれており、15種類に分類されている。

 具体的には、下の図に示しているように、自社の生産・営業活動に関わるものだけではなく、サプライヤーや顧客の排出量の算出にも及んでいる。

 これにより、企業は自社の排出量を減らしているかのように、あるいは少なく見せかけることができなくなる。例えば、企業は自社の生産・営業活動からの排出量を減らすために、そうした活動を外注に変えれば、スコープ1やスコープ2の排出量が減ったかのように見せられる。

 しかしスコープ3も含めて開示するとなると、外注した先での排出量を含めなければならないため、見かけ上削減できたかのように示すことはできなくなる。企業の活動をできる限り全て網羅し、透明性や一貫性を高めて開示する枠組みがGHGプロトコルである。

 また、大企業だけが開示の対象となったとしても、スコープ3のデータの算定において取引相手の中小企業のデータも必要になる。また、銀行の開示でもスコープ3の投融資先のデータが必要になってくる。このため、開示義務がない企業も、大企業や銀行の排出量データの算定プロセスにおいて間接的に影響を受けることを念頭に置いておくべきであろう。

 このような説明を聞くと、企業の間で温室効果ガス排出量の二重計上になってしまうと思う人もいるはずである。例えば、ある企業Aにとって自社の生産からの排出量はスコープ1に分類されるが、その財を購入した別の企業Bにとって企業Aから購入した財に関連する排出量はスコープ3(上流)に分類されるかもしれない。

 そうなると、企業Aのスコープ1の排出量と企業Bのスコープ3の排出量として二重や多重に計上されるので、企業Aと企業Bの排出量を合計すると排出量が過大評価になってしまうと思われるかもしれない。

 本質的には排出量の算定では、重複して計上されることは問題ではないことを理解しておこう。スコープ1、2、3の排出量の算定をする目的は、誰がその排出量を生み出したかではなく、各企業がどのように温室効果ガスの排出問題に直面しているかを把握するためだからである。

 それにより企業の気候変動のリスクが生産工程のどの段階にあるのかが明確になるし、それを知ることで削減対策を考える際に、新しい事業機会をつかむきっかけともなりうる。

企業の温室効果ガス排出量は「スコープ3」に集中

 各企業の排出ではスコープ3の排出量が突出して大きいことが多いので、ここを把握して対策を考えなければ十分排出削減ができない可能性がある。スコープ3は、企業の排出量全体の7~9割も占めていると言われている。

 下の図は、企業の環境関連の情報開示を世界的に進める非営利組織CDPが企業から得たデータにもとづいて示したものである。これによれば、多くのセクターにおいてスコープ3の排出量がスコープ1と2の合計排出量の2倍以上にもなっていることを示している。

 例えば、製造業では6.5倍、食品・飲料・タバコ業でも6倍近くにもなる。このことからも企業のスコープ1と2だけに削減の焦点を合わせるだけでは不十分なことは明らかである。

 食品・飲料会社であれば、スコープ3(上流)のカテゴリー①(原材料の調達)の排出量が圧倒的に多くなる。自動車メーカーであれば、スコープ3(下流)のカテゴリー⑪(ユーザーの走行による排出量)が最大となっている。

 石油・ガスの探査・生産をする事業会社も、カテゴリー⑪(ユーザーによる化石燃料製品の燃焼からの排出量)が最も大きくなっている。銀行であればカテゴリー⑮の投融資からの排出量が中心となる。

 カテゴリー別の排出量の所在を把握すると、企業が直面する気候変動の「移行リスク」がどこで生じる可能性があるのかを予測し、より効果的な対応策をとれるようになる。

 同時に、企業へ投融資する投資家や銀行も、投融資先の企業が直面しうる気候リスクを理解することができるようになり、投融資判断に役立てることが可能になる。

<連載ラインアップ>
第1回 気候変動対策として、各国はなぜ温室効果ガス排出量「正味ゼロ」を目指すのか?
第2回 世界三大格付け会社が警告、気候変動への対応力が「企業の信用」に直結する理由とは?
第3回 欠かせないのは短期・長期の視点、現代の企業経営に重大な影響を及ぼす3つの気候変動リスクとは?
■第4回 企業はなぜ、「バリューチェーン全体」の温室効果ガス排出量に目を配る必要があるのか(本稿)
第5回 温室効果ガス排出削減の新たな指標「削減貢献量」に企業が注目する理由とは?
■第6回 企業の環境経営を促す「カーボンプライシング」、今から検討すべきビジネスモデルの変革とは?(10月11日公開)

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