オムロンが実践する「ROIC経営」、導入しても効果を出せない企業が「見落としがちな大前提」とは?

一橋大学大学院経営管理研究科 教授 青木康晴氏(撮影:小宮和美)

一橋大学大学院経営管理研究科 教授 青木康晴氏(撮影:小宮和美)

 管理会計の特性を十分に理解しないまま現場のマネジメントを行い、部下や組織全体に意図せざる悪影響を引き起こしているケースが多い――。そう指摘するのは、企業財務やマネジメントコントロールを専門とする、一橋大学大学院経営管理研究科教授の青木康晴氏だ。ROIC経営をはじめとして、さまざまな業績指標を駆使した経営手法が話題を呼ぶ今、それらを本質的に活用して組織を強化するために、どのような視点が必要なのだろうか。前編に続き、2024年6月に著書『組織行動の会計学 マネジメントコントロールの理論と実践』(日経BP 日本経済新聞出版)を出版した同氏に、JALやオムロンが導入する、管理会計を主軸とした「マネジメントコントロール」を実践するポイントについて聞いた。(後編/全2回)

【前編】稲盛和夫のJAL再建、アメーバ経営の実現支えた知られざる「管理会計の大転換」
■【後編】オムロンが実践する「ROIC経営」、導入しても効果を出せない企業が「見落としがちな大前提」とは?(今回)


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JALが利益責任を負う「プロフィットセンター」を設置した理由

――前編では、JAL再建を支えたマネジメントコントロールシステム(MCS)について聞きました。MCS導入後、利益責任を負う「プロフィットセンター」として設置された路線統括本部は「各部門からの支援に対価を支払う」ようになったとのことですが、これは何を意味するのでしょうか。

青木 康晴/一橋大学大学院経営管理研究科 教授

2004年一橋大学商学部卒業、2009年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。名古屋商科大学専任講師、成城大学准教授、一橋大学准教授等を経て、2024年より現職。

青木康晴氏(以下敬称略) まず、路線統括本部は「フライト一便ごとの採算に責任を負う組織単位」として新設されました。フライトには航空機が必要ですから、経営企画本部から航空機を借りてきます。また、運航本部からパイロットを、客室本部から客室乗務員を派遣してもらいます。さらに、整備本部に航空機の整備業務を依頼したり、空港本部にグランドハンドリング業務を依頼したりすることも必要です。

 JALでは、路線統括本部が必要なリソースを社内取引によって各部門から調達し、代金を支払うという仕組みを採用しています。そして、航空券の売上から、自部門で発生したコストや各部門に支払った調達コストを差し引いて、利益を計算するのです。路線統括本部は、こうして創出される利益を最大化する役割を担っています。

 従来、コストセンターに位置付けられていた部門は、自分たちがどのくらいのコストを使っているかは知っていても、提供しているサービスの対価までは分かりませんでした。たとえば、「飛行機の客室サービスにどのくらいの価値があるか」までは把握できていなかったのです。

 そこで、JALは路線統括本部を新設し、各部門の提供するサービスの対価をルール化したことで、多くの部門がプロフィットセンターとして位置付けられるようになりました。その結果、従業員の利益意識が高まり、利益をあげるための創意工夫を行うようになったのです。

「利益貢献度の見える化」が従業員の行動を変えた

――日々の業務の中で従業員に利益を意識した行動を取ってもらうためのポイントは何でしょうか。

青木 MCSの観点から考えると、JALが重視していたのは「適時性」と「理解可能性」です。

 適時性は、従業員の行動の結果を「いかに短期間でフィードバックするか」に関する概念です。短い期間でフィードバックを行い、従業員のモチベーションを高めることができれば、より高いパフォーマンスが期待できます。そのためにも、短期間で計測できる業績指標の選定が鍵となります。

 理解可能性は、自分たちがどのような業績指標で測られているかを「いかに理解しやすくするか」に関する概念です。業績指標を改善するためにどのような行動が必要かを従業員が理解していなければ、適切な動機付けは期待できません。

 JALでは、短期間でフライト一便ごとの収支を把握し、部門ごとの採算を計算するためのシステム「JEDAI」を開発することで適時性を高めました。同時に、自分たちの行動が採算に与える影響を従業員が理解しやすくするために、経費の内容を細かく表示した「部門別採算表」を社内で開示しました。

――MCSを導入することで、従業員の意識や行動はどのように変化したのでしょうか。

青木 部門別の採算を細かく計算し、従業員が見られるようにした結果、従業員の利益意識が高まり、社内でさまざまな行動変容が起こりました。たとえば、運航本部では、パイロットがお茶を飲むために使っていた紙コップをマイボトルに替えました。

 また、整備本部では、他の航空会社の航空機の整備を引き受けることで収入を得られるようになりました。一つ一つの取り組みは小さなことかもしれません。しかし、これらの小さなアクションを多くの従業員が積み重ねた結果、業績に大きなインパクトを与えたという事実は、JALの事例から学ぶべき一番のポイントだと考えています。

ROIC経営の前提は「現場が投下資本をコントロールできること」

――著書では、ROIC(投下資本利益率)経営で知られるオムロンについても解説しています。同社がROICを重視した経営をするまでには、どのような経緯があったのでしょうか。

青木 大きく分けると、二つの要因がありました。一つは、山田義仁前社長(現・取締役会長)が、オムロンの企業理念の実現に向けてROIC経営が必要だと考えたことです。

 オムロンの企業理念に「ソーシャルニーズの創造」があります。社会のニーズを創造するためには投資が必要です。しかし、利益が出ていなければ投資を続けることは困難ですから、各事業の収益性を高めることが必要です。そこで、「どの事業が儲かっているか」「どの事業が今後伸びるか」を把握するためにROIC経営を導入したといわれています。

 もう一つは、海外投資家の影響です。オムロンは当初100近くの事業を抱えていました。そうした中で海外機関投資向けのロードショー(説明会)を行った際、米投資ファンドのタイヨウ・パシフィック・パートナーズ(以下、タイヨウ)から、規模が異なる事業の収益性を横並び比較するための手法としてROICの導入を勧められました。その後、オムロンはタイヨウに従業員を派遣してROIC経営についてのアドバイスを受けています。

――自社にROIC経営を導入できかるかどうか、見極めるポイントはあるのでしょうか。

青木 MCSの観点から考えると、現場の事業部サイドが投下資本をコントロールできないのであれば、ROICを業績指標にすべきではありません。

 たとえば、「投資権限は経営サイドが全て握っていて、事業部サイドは投資権限を持っていない」という企業では、MCSとしてROICを導入する意義は小さいでしょう。マネジメントコントロールでは、「管理可能性」すなわち「従業員がある指標に対して重要な影響を与えることができるか」が重視されます。

 したがって、ROICを業績指標にする場合は、事業部サイドが利益だけでなく投下資本もある程度コントロールできることが大前提です。

「管理会計システムの設計」が競争優位を左右する

――高い競争力・高い業績を実現するためには、組織の全体戦略の中でMCSをどのように位置付ければよいでしょうか。

青木 MCSは理念や戦略ではなく、組織が戦略を適切に実行するために必要な「経営行動」です。競争力を高めたいと考えるならば、経営陣が適切な管理会計システムを設計することは必要不可欠です。業績測定の方法が変われば、従業員の行動が変わり、それが業績に大きな影響を与えるからです。

 そして、マネジメントコントロールは単独で行えるものではありません。他の要素(組織構造・人材マネジメント・組織文化)と矛盾しないことが必要です。たとえば、「チームワーク重視」という組織文化を浸透させようとする一方で、「個人単位での目標達成」を迫るようなマネジメントコントロールを実施していては、大きな矛盾が生じますよね。組織で働く従業員は、そうした矛盾を敏感に感じ取るものです。

 マネジメントコントロールは「管理会計の一部」と思われがちですが、優れたMCSを構築するためには、経営全般に関する幅広い知見や経験が求められます。管理会計の枠に留まらない、さまざまな経営能力が試される領域だからこそ、多くの経営リーダーに関心を持っていただきたいと思います。

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