稲盛和夫のJAL再建、アメーバ経営の実現支えた知られざる「管理会計の大転換」

一橋大学大学院経営管理研究科 教授 青木康晴氏(撮影:小宮和美)

一橋大学大学院経営管理研究科 教授 青木康晴氏(撮影:小宮和美)

 2010年1月、戦後最大の負債を抱え、事実上倒産となった日本航空(JAL)。それまで赤字続きだった同社は京セラ創業者の稲盛和夫氏を会長に迎え、わずか2年8カ月という短期間で再上場を果たした。その背景にあったのが、「アメーバ経営」をベースにした部門別採算制度の導入だ。2024年6月に著書『組織行動の会計学 マネジメントコントロールの理論と実践』(日経BP 日本経済新聞出版)を出版した一橋大学大学院経営管理研究科教授の青木康晴氏は、稲盛氏の再建手法を「マネジメントコントロール」という管理会計の視点からひもといた。同氏にJAL再建を支えた管理会計の大転換について聞いた。(前編/全2回)

■【前編】稲盛和夫のJAL再建、アメーバ経営の実現支えた知られざる「管理会計の大転換」(今回)
■【後編】オムロンが実践する「ROIC経営」、導入しても効果を出せない企業が「見落としがちな大前提」とは?

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「組織の戦略実行力」を高めるために欠かせない仕組み

――著書『組織行動の会計学』では、組織全体の目標達成のために欠かせない仕組みとして「マネジメントコントロールシステム(以下、MCS)」を解説しています。MCSは企業経営にどのようなメリットをもたらすのでしょうか。

青木 康晴/一橋大学大学院経営管理研究科 教授

2004年一橋大学商学部卒業、2009年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。名古屋商科大学専任講師、成城大学准教授、一橋大学准教授等を経て、2024年より現職。

青木康晴氏(以下敬称略) MCSを構築することのメリットは「戦略の実行力が高まる」点です。どれほど優れた戦略も、適切に実行できなければ競争力や業績を高めることはできません。

 経営陣としては、策定した戦略を社内に周知した後、従業員が一丸となって戦略を実行してくれる状態が理想でしょう。しかし、戦略策定に直接関わっていない従業員が「自分たちには、どのような行動を求められているのか」を理解し、経営陣の意図したとおりに行動してくれるケースはまれです。

 仮に、求められている行動を理解していても、個人の利害や感情によって経営陣が望む行動をとってくれないことも少なくありません。MCSは、こうした状況下で、従業員一人一人の「望ましい行動」を引き出すための仕組みです。

――MCSは、どのように構築するのでしょうか。

青木 MCSでは、従業員の行動や成果をコントロールするために、管理会計で用いられる「業績指標」を活用します。戦略を実行する観点から適切な業績指標を選定し、その目標値を設定し、目標値と実績値の比較に基づいて業績を評価する、という流れです。

――管理会計というと、経営者が業績を把握するための手段、という印象があります。

青木 そう感じる人は少なくないでしょう。管理会計には、上司の意思決定に有用な情報を提供する「情報システム」と、業績測定の方法を工夫することで部下の行動に望ましい影響を与える「影響システム」という側面があります。

「情報システム」は、コストに基づいて製品サービスの価格を決定したり、利益に基づいて複数ある事業のうち「どこに資源を配分するか」を検討したりするために構築します。一方、「影響システム」には、会計数値を業績指標に用いることによって、部下を適切に動機付けるという役割があります。

 多くの企業では、影響システムとしての側面に十分に配慮しないまま、管理会計が行われているように思えます。そのため、結果として従業員の思わぬ行動を促してしまい、最悪の場合、経営に悪影響を及ぼす事態を誘発するのです。だからこそ、影響システムを中核に位置付けてMCSを構築する必要があります。

管理会計の理論上「全ての部門で利益を計算できる」

――MCSには管理会計が密接に関わるとのことですが、その構築を担うのはどの部門が適切なのでしょうか。

青木 「会計」という名称が付くので、経理部や財務部が思い浮かぶかもしれません。しかし、経理部・財務部の仕事は「財務会計」が中心ですから、ふさわしいとは言えません。日本企業であれば、組織の戦略を推進する「経営企画部」のような部門が適切でしょう。

――著書ではMCSを実践する際に「4つの責任センター(収益センター、コストセンター、プロフィットセンター、投資センター)」を設置する必要性を述べています。そもそも責任センターとは、どのようなものなのでしょうか。

青木 「会計数値(売上・コスト・利益・利益率など)が業績指標に“含まれている”組織単位」を、管理会計では「責任センター」と呼びます。たとえば、生産部門であれば「コスト」が業績指標になることが多いため「コストセンター」と位置付けることができます。

 しかし、生産部門は同時に「品質」や「生産量」についても責任を負っているでしょうし、「部下の能力開発」にも責任を負っているでしょうから、現場のマネージャーに課せられた責任変数(=業績指標)は一つとは限らず、また会計数値であるとも限らない点に注意が必要です。先ほど“含まれている”と述べたのは、こうした点を考慮した表現になります。

 企業内には、コールセンターなど、「顧客満足度」を業績指標とする部門もあると思います。顧客満足度は会計数値ではないので、教科書的な意味では責任センターに該当しない、ということになります。ただし、管理会計には厳密なルールがないので、MCSを構築する上で「顧客満足度センター」を設けてもよいのです。

――責任センターを設置する上でのポイントはありますか。

青木 全てのサブユニット(=組織を構成する各部門)には、必ずインプットとアウトプットがあります。たとえば、生産部門であれば、材料費や労務費といったインプットを使って、製品というアウトプットを生み出します。人事部門であれば、人件費や経費といったインプットを使って、サービスというアウトプットを生み出します。

 こうした点を踏まえると、インプットとアウトプットの両方を金額で計算できれば、理論上は全てのサブユニットで利益を計算できるわけです。とはいえ、インプットは計算できても、アウトプットは計算しづらいのが一般的でしょう。人事部門で発生した人件費や経費は計算できても、「人事部門が実施した社員研修の価値」は簡単には計算できないものです。しかし、工夫次第では、インプットとアウトプット、両方の価値を金額換算・測定し、利益を計算することは十分可能です。

 その実践例として、本書ではJALの部門別採算制度について解説しています。

JAL再建に向けて「管理会計の大転換」を行った理由

――JALではどのようなマネジメントコントロールを行っていたのでしょうか。

青木 JALは機能別(職能制)組織と呼ばれる組織形態を採用していますが、部門別採算制度の導入前は、営業機能を担う2つの本部(販売本部、貨物郵便本部)は「収益センター」として売上に対する責任を、旅客輸送サービスを提供する4つの本部(運航本部、客室本部、整備本部、空港本部)と本社間接部門は「コストセンター」としてコストに対する責任を負っていました。

 一方で、利益が業績指標に含まれるサブユニット、すなわちプロフィットセンターは設置されていなかったため、利益責任を負っているのは経営陣のみでした。社内にプロフィットセンターが存在しなければ、従業員の利益に対する意識は低くなってしまいます。それが、JALが経営破綻(はたん)をした要因の一つと言えるでしょう。

 再建に向けて、従業員の利益に対する意識を高める必要があると感じた稲盛和夫氏は、部門別採算制度を導入し、社内にできるだけ多くのプロフィットセンターを設置しました。そのなかで中心的な役割を果たすのが、「路線統括本部」(現・路線事業本部)と呼ばれるサブユニットです。

――プロフィットセンターに該当する部署や部門が設けられた、ということでしょうか。

青木 はい、路線統括本部は、運航計画を策定し、他部門の支援を受けながら実行することを役割として新設されました。JALでは、路線統括本部が各部門からの支援に対価を支払う、というルールを設けることで、従来はコストセンターだったサブユニットを、利益責任を負うプロフィットセンターへと転換させました。

 前述の通り、管理会計には厳密なルールがありません。一般的に収益センターやコストセンターとみなされている部門も、工夫次第でプロフィットセンターにできます。典型例に縛られず、自社の戦略や目的に応じたMCSを構築することが重要です。

【後編に続く】オムロンが実践する「ROIC経営」、導入しても効果を出せない企業が「見落としがちな大前提」とは?

■【前編】稲盛和夫のJAL再建、アメーバ経営の実現支えた知られざる「管理会計の大転換」(今回)
■【後編】オムロンが実践する「ROIC経営」、導入しても効果を出せない企業が「見落としがちな大前提」とは?

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