気候変動対策として、各国はなぜ温室効果ガス排出量「正味ゼロ」を目指すのか?

写真提供:ZUMA Press/共同通信イメージズ

 現代のビジネスにおいて、気候変動を含む環境リスクに対応した「環境経営」が業界問わず注目されている。世界的トレンドであるこうした企業行動は、企業規模、上場・非上場を問わず、今や逃れられない課題と言えよう。

 本連載では『環境とビジネス──世界で進む「環境経営」を知ろう』(白井さゆり著/岩波新書)から、内容の一部を抜粋・再編集し、気候変動リスクをチャンスに変えるサステナブル経営のあり方について考える。

 第1回は、進行を続ける地球温暖化の現状と、温室効果ガスの排出削減に向けた国際的な取り組みについて見ていく。

<連載ラインアップ>
■第1回 気候変動対策として、各国はなぜ温室効果ガス排出量「正味ゼロ」を目指すのか?(本稿)
第2回 世界三大格付け会社が警告、気候変動への対応力が「企業の信用」に直結する理由とは?
■第3回 欠かせないのは短期・長期の視点、現代の企業経営に重大な影響を及ぼす3つの気候変動リスクとは?(9月20日公開)
■第4回 企業はなぜ、「バリューチェーン全体」の温室効果ガス排出量に目を配る必要があるのか(9月27日公開)
■第5回 温室効果ガス排出削減の新たな指標「削減貢献量」に企業が注目する理由とは?(10月4日公開)
■第6回 企業の環境経営を促す「カーボンプライシング」、今から検討すべきビジネスモデルの変革とは?(10月11日公開)

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観測史上最高気温が意味すること

 世界では、極端な気象とそれによる自然災害が頻発し、大きな損失を地球上にもたらしている。

 2023年に世界は観測史上最高の平均気温に達し、日本でも夏季に30℃を超える異常な暑さを何か月も経験した。2023年は世界的に猛暑、森林火災、干ばつが続いた。温暖化は2024年に入っても続いている。温暖化が予想以上のペースで進んでおり、地球が憂慮すべき深刻な事態になりつつあることは明確な事実である。

 下の図は、1850年以降の世界平均気温を示しているが、2024年6月現在、15℃を少し上回っていることを示している。

 世界では、海面上昇により住めなくなっている地域もあり、ここ数年の間に至る所で熱波や干ばつ、大洪水や集中豪雨、山火事、大規模なハリケーン・台風、南極の海氷面積の減少が起きている。ロシアのシベリア地方では、永久凍土が溶けて地中のメタンや二酸化炭素(CO2)の放出が起きており、凍土に閉じ込められていた細菌やウイルスが人に感染するリスクも高まっている。

 こうした異常気象により、多くの尊い人命の喪失とともに、空気の質が悪化することで肺疾患や心臓疾患の健康被害を訴える人が増えており、高温や洪水によりさまざまな細菌やウイルス等の感染症や伝染病の拡大につながっている。生態系も大きな打撃を受け生物多様性が急速に減少し、食料生産にも打撃をもたらしている。電力・港湾・道路等のインフラ、住居、工場・商業施設等の物理的資本が破壊される事例が後を絶たず、経済や価格にも影響を及ぼし始めている。

 こうした地球上の気候が変動する現象は過去170年ほどの長い時間をかけて起きており、「気候変動」と呼ばれている。気候変動が極端な気象の頻度を高め、その規模を大きくしている。

地球温暖化は経済活動が原因

 間違いなく、気候変動は現代の地球上の最大の課題のひとつである。気候変動の原因には火山活動や地球の公転軌道の変化等の自然現象として起きているものもあるが、最大の原因は「人間の活動」によって引き起こされていることが科学的に明らかにされている。

 人間の活動とは、製造業でのエネルギーの燃焼、生産に利用されたガスの排出、森林の伐採や農業・林業等の土地利用の変化、牛肉の大量消費生活等を指している。とくに工業化により石炭、石油、天然ガス等の化石燃料をたくさん燃焼させてCO2等の温室効果ガスを排出し、そのガスが大気に長く滞留して累積排出量が増加することで温暖化が進行している。

 森林伐採・森林劣化、牛肉生産のための牧畜、あるいはパーム油生産のためのプランテーションにより森林によるCO2の吸収量が減って、温暖化つまり地球の平均気温を上昇させている。CO2に限ると9割程度が化石燃料の消費、1割程度が土地利用やその利用の変化や農業による排出が原因となっている。

 世界の人口が増えており、今のまま経済成長が続くと、温室効果ガスの排出量が増え続ける状態を食い止めることは難しいと考えられている。毎年の排出量は2000年以降に大きく増えている。気候科学者たちは、現状のCO2等の温室効果ガス排出量が毎年続き、大気中での濃度が高まり続けると、温暖化の記録は更新されていく可能性が高いと指摘している。

 この状態を、下の図で確認してみよう。図は、化石燃料の消費に由来するCO2の年間排出量を示している。2008~2009年の世界金融危機や2020年の新型コロナ感染症危機の際には経済活動が停滞または縮小したので、排出量も低下した。しかし経済活動が回復してくると排出量がそれに合わせて増えてしまい、ならしてみると世界のCO2排出量は増え続けていることが分かる。

 世界の気候科学者の集まりである、国連の「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)はこうした温室効果ガスの「排出量の累積」が、温暖化と比例した関係にあることを明らかにしている。つまり、排出量の累積量と世界平均気温は明確にプラスの関係にある。このことから、新たに排出量が増える現状を転換させないと地球温暖化は今後も急ピッチで進んでいくと予想される。温暖化の進行を少しでも抑えるために毎年の温室効果ガスの排出量をできるだけ早く減らしていかなければならないと、世界の気候科学者たちは強い警告を発し続けている。

排出削減に向けて世界が合意した国際的な共通目標:パリ協定

 世界の温室効果ガス排出削減により温暖化の進行を抑えるための国際的な取り組みとしては、日本を含む世界の大半の国が毎年参加する「国連気候変動枠組条約締約国会議」(COP、コップ)がある。COPにおいて、温室効果ガス排出の削減等により気候変動の悪化を抑える「緩和」について長く議論が進められてきた。最近では、温暖化が予想以上に進行しているため、温暖化に対する経済の強靭性や対応力を高める「適応」に向けた取り組みについても議論が強化されている。

 2015年にはパリで開催されたCOPで、歴史的に重要な世界共通目標に先進国も途上国も合意した。それは、世界の平均気温上昇を(工業化前と比べて)「2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をする」という目標で、全ての国が達成のために努力すべき共通目標として掲げられている。これがいわゆる「パリ協定の目標」である。

 ここで言う工業化前の時期については、1850~1990年が用いられることが多い。

 パリ協定では、各国が国連に「国が決定する貢献」(NDC)として排出削減目標を2020年までに提出し、その後は5年ごとに提出すると定めている。日本を含む世界の大半の国が2030年の削減目標を掲げ、2050年頃までに温室効果ガスの排出量を正味ゼロにすることを宣言している。中国やインドネシアは2060年頃まで、インドは2070年頃までに正味ゼロを実現すると約束している。2025年までに新たに2035年までの削減目標を示す必要がある。しだいに削減率を大きくして野心的な目標を設定することが期待されている。

 温度目標に関連して、IPCCが2018年に世界に大きな影響を与えた「1.5℃特別報告書」を発表している(IPCC 2018)。報告書では、世界平均気温上昇を工業化前に比べて1.5℃に抑制するためには、2050年頃までに正味ゼロを実現する必要があると主張した。正味ゼロについては本章で後述するが、この報告書の影響もあって、大半の国が正味ゼロの実現を宣言するに至っている。

 温暖化についての世界の議論は、パリ協定の目標でも明らかなように、世界平均気温自体ではなく、「工業化前と比べた世界平均気温上昇の程度」をもとに議論が進められている。工業化以降に地球の温暖化が顕著に進んでいるからである。下の図では、現在と工業化前の世界平均気温の差を1850年から示している。

 近年、急速に温暖化が進んでおり、2024年6月現在の世界の平均気温は既にパリ協定目標の1.5℃程度に達していることを示している。ただし、パリ協定の温度目標は、1年程度世界の平均気温が目標を超えただけではそれから逸脱し、目標の実現が不可能になったとはみなされない。この数字だけで慌てる必要はないが、この状態が長期化すれば世界にとって憂慮すべき深刻な事態になっていくことが予測されている。

<連載ラインアップ>
■第1回 気候変動対策として、各国はなぜ温室効果ガス排出量「正味ゼロ」を目指すのか?(本稿)
第2回 世界三大格付け会社が警告、気候変動への対応力が「企業の信用」に直結する理由とは?
■第3回 欠かせないのは短期・長期の視点、現代の企業経営に重大な影響を及ぼす3つの気候変動リスクとは?(9月20日公開)
■第4回 企業はなぜ、「バリューチェーン全体」の温室効果ガス排出量に目を配る必要があるのか(9月27日公開)
■第5回 温室効果ガス排出削減の新たな指標「削減貢献量」に企業が注目する理由とは?(10月4日公開)
■第6回 企業の環境経営を促す「カーボンプライシング」、今から検討すべきビジネスモデルの変革とは?(10月11日公開)

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