世界三大格付け会社が警告、気候変動への対応力が「企業の信用」に直結する理由とは?

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 現代のビジネスにおいて、気候変動を含む環境リスクに対応した「環境経営」が業界問わず注目されている。世界的トレンドであるこうした企業行動は、企業規模、上場・非上場を問わず、今や逃れられない課題と言えよう。本連載では『環境とビジネス──世界で進む「環境経営」を知ろう』(白井さゆり著/岩波新書)から、内容の一部を抜粋・再編集し、気候変動リスクをチャンスに変えるサステナブル経営のあり方について考える。

 第2回は、すでに世界三大格付け会社が指摘し始めている、気候変動リスクと企業の信用リスクとの関連性について考察する。

<連載ラインアップ>
第1回 気候変動対策として、各国はなぜ温室効果ガス排出量「正味ゼロ」を目指すのか?
■第2回 世界三大格付け会社が警告、気候変動への対応力が「企業の信用」に直結する理由とは?(本稿)
第3回 欠かせないのは短期・長期の視点、現代の企業経営に重大な影響を及ぼす3つの気候変動リスクとは?
■第4回 企業はなぜ、「バリューチェーン全体」の温室効果ガス排出量に目を配る必要があるのか(9月27日公開)
■第5回 温室効果ガス排出削減の新たな指標「削減貢献量」に企業が注目する理由とは?(10月4日公開)
■第6回 企業の環境経営を促す「カーボンプライシング」、今から検討すべきビジネスモデルの変革とは?(10月11日公開)

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企業の格付けや資金調達にも影響を及ぼす時代へ:三大格付け会社の警告

 いずれ世界の金融・証券市場にも、気候変動の影響が広がっていき、銀行をはじめとする金融機関は、気候変動・環境リスクが投融資先の信用にも影響を与え始めることに備える必要がある。世界の大手銀行の中には、環境対応をする企業に融資する場合に金利を下げるサービスを始めて、少しずつ対応しているところも多い。

 日本のように低金利の国であれば多少の金利に差をつけても大した違いはないが、2021年以降にインフレ対策のために金利が大きく引き上げられた大半の国ではそうした影響は大きくなる。

 気候変動をはじめとする環境リスクは、企業の利益の変動を激化させることで債務返済を難しくして信用リスクを高め、しだいに信用格付けにも影響を及ぼすようになるであろう。

 既に世界三大格付け会社(S&Pグローバル・レーティング、ムーディーズ・レーティングス、フィッチ・レーティングス)は、将来的に気候変動リスクが企業の格付けに反映されるようになり、排出の多い企業の債券は格下げに直面することで資金調達費用がその分高くなってしまう可能性を警告し始めている。

 格付け会社は、一般的には、企業の過去の債務返済に関する膨大なデータ等をもとに比較的短期の信用リスクや債務不履行リスクを評価して、企業に格付けを付与している。しかし、将来的にはそうした短期的視点で格付けを付与するだけでは、信用リスクを十分把握できなくなりそうだ。

 2030年や2050年といった従来とは違う長期の時間軸で、気候変動リスクが企業の債務返済能力に与える影響を分析し、それを格付けに織り込んでいく時代がすぐ近くまで来ていることを知っておいたほうがよい。

 S&Pグローバルは、2050年までに「世界が円滑に正味ゼロに向けて温室効果ガスの削減が進んでいくシナリオ」が実現すると想定して、米国の主要セクターを代表する500社(S&P500種指数の構成銘柄)について、40以上のセクター別に企業分析を行っている(S&P Global 2023)。

 このシナリオの下で、どの程度の企業が今から2050年までに格下げに直面する可能性があるかを試算した結果、40以上のセクターほぼ全てにおいて、格下げに直面する企業が出現することを示している。

 中でも、生活必需品はほぼ100%、電力、輸送、保険では70%程度が格下げされる可能性が高いことを明らかにしている。排出削減で遅れをとる企業を中心に格下げがなされ、資金調達により多くの費用を払わなければならなくなると見込まれている。

 さらに、もうひとつの望ましくないシナリオ、つまり世界で円滑な排出削減が進まず、必要な政策や企業の対応が先送りされることで、その遅れを取り戻すために後で大胆な削減を余儀なくされる「無秩序に脱炭素に向けて移行するシナリオ」についても格付けへの影響を試算している。

 ここでは、とくに電力と石油・ガスのセクターが最も深刻な格下げに直面するとし、格下げされる可能性がある割合を2%から20%さらに引き上げている。

 フィッチは、石油・ガスの生産とパイプラインや自動車等のセクターを含めて、世界の企業の2割ほどが気候変動リスクに直面していること、そして2035年までにこれらのセクターの企業の格付けが引き下げられる可能性があると指摘している(Fitch Ratings 2023)。

 同様に、ムーディーズは、環境に関する企業の信用リスク、つまり借りた資金を延滞したり、返済できなくなるリスクが高くなってきていること、中でも石油・ガス、自動車、公益事業・電力等の排出の多いセクターが、格下げの対象となりやすいことを明らかにしている(Moody’s2022)。

 つまり、排出の多いセクターの企業は、世界が低炭素経済へ移行するために各国が必要な気候政策を実践していく過程において「移行リスク」に直面すると同時に、温暖化が進むことによる「物理的なリスク」も顕在化することで、企業の財務が悪化し、信用力が低下していく恐れがあるということを三大格付け会社が指摘しているのである。

気候変動リスクが格付けに十分反映されていない理由

 現時点では、三大格付け会社の分析はあくまでも注意を促す程度にとどまっており、気候変動等の環境リスクはあまり格付けには反映されていない。それもあって企業の警戒感はまだあまり高まっていない。

 気候変動リスクが十分格付けに反映されていない理由は、いくつか考えられる。各国政府がまだ必要な気候政策を本格的に導入していないために、移行リスクがいつどのように高まっていくのかを予測しにくいことが大きい。

 加えて、気候変動の極端な事象や自然災害も顕在化しており、これからもっと顕在化することが分かっていても、過去のデータを使って将来の信用リスクの予測を立てるのが難しいこともある。

 しかも企業の排出量データの開示が不十分であり、測定手法の開発も途上である。このため、気候変動がどのように信用リスクに関連するのかは極端な事象については局所的には明らかになりつつあるが、まだ全体として十分具体的で予測可能な影響を捉えきれていないことが挙げられる。

 しかし警告を無視していると、十分な備えがない間に、各国の政策や皆の意識が変わってある日突然、気候変動リスクが格付けに反映され始めることは十分ありうる。

 格下げされれば、企業にとって債券発行や銀行からの借り入れでより多くの利息を支払わないと資金調達が難しくなる。そうした企業の社債や株式に投資する投資家は損失を被る可能性もありうるので、投融資が手控えられてしまう。

 将来的には、自己資本比率規制など厳しい金融規制下にある銀行は、そうした起こりうる損失に備えてもっと自己資本等のバッファーを積み増す必要が出てくるであろう(Shirai 2023a)。そうした議論は、世界の大手銀行の自己資本規制等を決める「バーゼル銀行監督委員会」(BCBS)や欧州の金融当局の間では既に盛んに行われている。

 2023年末にBCBSは各国の監督当局が銀行の気候変動リスクを把握するためのテンプレートを考案しており、近い将来各国当局が監督下の銀行に対してそれに関連する情報開示を進めていくことになりそうだ。銀行の投融資行動が気候変動リスクの観点から監督・評価される時代になると、銀行から投融資を受ける企業も間接的に評価されることになることは今から想定しておくのがよい。

 つまり、銀行や投資家は、気候変動が企業の経済活動や財務、あるいは個人の住宅等の不動産資産価値にどのような影響を及ぼすのかもっと注意を払って評価する時代が近づいてきている。

 例えば、工場や家屋のある場所が大洪水や水不足といった気候変動の影響を受けやすい地域に立地しているのか、そうしたところに投融資が集中し過ぎていないか、気象の変化による自然災害で投融資先の返済が難しくなった場合に備えてリスク管理をして、十分な引当金や自己資本の備えがあるのかという点に、今後もっと注目が集まるようになるであろう。

 株価や不動産価格や調達費用にそうしたリスクが織り込まれ、リスクを抱える金融機関が各地で増えていけば、国の経済成長にも重石となって影響を及ぼすであろう。

 また、工場や営業所の立地を選択する際には、企業は世界レベルで考えていかなければならない。気候変動リスクは世界全体で高まっているが、その影響の大きさや種類はさまざまである。このため、進出先の各国・地域の情報はしっかり把握しておくべきであろう。

 加えて、途上国・新興国では財政難で格付けが低い国も多いので総じて資金調達が難しく、十分な災害予防措置がとられていない。このため経済が脆弱で温暖化がもたらす極端な事象に対して損失・損害が大きくなりやすい。こうした国では損害保険サービスが少なく、保険に入る余裕がない企業や個人が多いことが、気候変動からの負担を一段と重くしている。

 つい忘れがちだが、日本も台風、集中豪雨、沿岸地域の洪水や津波、猛暑にさらされやすくなっており、毎年大きな損失や損害が発生している。災害が一過性のものではなくなってきている事実に目を向けなければならない。

 つまり、なぜ、企業は気候変動に注意を払うべきなのかと言えば、気候変動が企業の生産・営業拠点、従業員、コミュニティ、そしてサプライヤーにも混乱や打撃を及ぼし、ビジネスに直接・間接的に影響を与えつつあるからだ。ビジネスが今後も長く持続していくためには、気候変動への対応力を高めていくことが欠かせないのである。

<連載ラインアップ>
第1回 気候変動対策として、各国はなぜ温室効果ガス排出量「正味ゼロ」を目指すのか?
■第2回 世界三大格付け会社が警告、気候変動への対応力が「企業の信用」に直結する理由とは?(本稿)
第3回 欠かせないのは短期・長期の視点、現代の企業経営に重大な影響を及ぼす3つの気候変動リスクとは?
■第4回 企業はなぜ、「バリューチェーン全体」の温室効果ガス排出量に目を配る必要があるのか(9月27日公開)
■第5回 温室効果ガス排出削減の新たな指標「削減貢献量」に企業が注目する理由とは?(10月4日公開)
■第6回 企業の環境経営を促す「カーボンプライシング」、今から検討すべきビジネスモデルの変革とは?(10月11日公開)

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