カンロが「ピュレグミ」「カンデミーナ」「マロッシュ」で使い分ける“情緒的価値”とは?

写真:Japan Innovation Review編集部

 2021年に飲食料品業界を驚かせた、グミ市場とガム市場の大逆転劇。人口減少が深刻化する国内情勢にもかかわらず、新商品が次々と生まれ、コンビニでの売り場面積を拡大し続ける「グミ」は、なぜこれほどのヒット商品となったのか? 本連載では『グミがわかればヒットの法則がわかる』(白鳥和生著/プレジデント社)から、内容の一部を抜粋・再編集。マーケティングの観点から、「奇跡の大ブレイク商品」グミの謎をひもといていく。

 第4回では、近年盛り上がりを見せる「推し活」の視点から、グミ市場の拡大に大きな効果が期待されているファンマーケティングの考え方について紹介する。

<連載ラインアップ>
第1回 急拡大するグミ市場の陰で、明治はなぜガム市場からの撤退を決めたのか?
第2回 明治「果汁グミ」「コーラアップ」はなぜ多くのロイヤルユーザーを獲得できるのか?
第3回 SNS発の大ヒット商品「地球グミ」は、なぜZ世代の心に刺さったのか
■第4回 カンロが「ピュレグミ」「カンデミーナ」「マロッシュ」で使い分ける“情緒的価値”とは?(本稿)
第5回 ガムの主力ブランドがグミに“転生”、明治「キシリッシュグミ」が狙うユーザー層とは?
第6回 ファンが市場拡大をけん引、SNS時代のグミ市場を取り巻く「マーケティング4.0」

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情緒的価値が大切なベネフィット

グミがわかればヒットの法則がわかる』(プレジデント社)

 ハーバード・ビジネススクール名誉教授だったセオドア・レビットが指摘した有名な話として「ドリルの例」がある。

 本質的に顧客が求めているのはドリルというモノではなく「穴」という価値だ。ドリルは「穴を開けるための手段」でしかなく、売り手は、買い手がどんな穴が開けられれば満足できるのかを考える必要がある。ところが、メーカーはドリルの特徴を説明することばかりに必死になりがちだ。

 マーケティングやブランディングにおいては「ブランドが顧客へ提供する価値は何か」「顧客が得るベネフィットは何か」の明確化が不可欠になる。

■ 提供価値を明確化して競合と差異化する

 この提供価値を明確にすることで、競合との差異化が可能になる。ブランドが提供する価値には「機能的価値」「情緒的価値」という大きく2つがある。

 機能的価値とは耐久性など、製品が持つ、具体的な機能的特徴やスペックを指す。数値化が可能で製品の優劣がわかりやすいため、多くの企業が機能性の高さを追求し、ブランディングでも強調しようとする。しかし顧客は、決してこの機能的価値だけで商品を選んでいるわけではない。数値の優劣ではなく、情緒的な理由で選ぶことがいくらでもある。

 スターバックスが提供する「第三の場所(サードプレイス)」は、情緒的価値の代表例だ。おいしいコーヒーを提供するチェーン店という機能的価値に加え、家庭でもなく、職場でもない、くつろげる居心地のいい第三の場所という情緒的価値を提供する。これこそが提供価値で、他社との強い差異化要因となっている。

■ コモディティ化の罠

 マーケティングの世界では「コモディティ化の罠(わな)」という言葉がある。そもそもコモディティ化とは、消費者にとって当面は価格以外に選択要因がなくなる状況を指す。その結果、競争激化により価格が急低下し、企業の収益性も悪くなる。

 コモディティ化が進むと、メーカーはさらに機能性を追求し、微細な差異を売りにするようになる。しかし、消費者にとっては過剰な機能だったり、差異がわかりにくくなったりすることがある。これがコモディティ化の罠で、製品やサービスの完成度は高くなるのに、消費者の満足度は低下してしまう。

■ 機械式時計から学ぶ情緒的価値を提供する重要性

 機能的な価値だけでなく、情緒的価値を商品に植え付けないとヒットを飛ばすのは難しい。

 例えば、機械式時計がわかりやすい。1970年代に正確なクオーツ時計が量産されるようになると、機械式時計は絶滅の危機に瀕した。だが、コロナ禍で、高額な機械式時計が売れているというニュースを見たり聞いたりした人も多いのではないか。

 高級機械式時計というと「ロレックス」が有名だが、それ以外にも「フランク ミュラー」や「パテック フィリップ」などが富裕層や若いビジネスマンに人気だ。不遇の時代にあっても伝承技術を絶やさなかった老舗メーカーも偉いが、復権の一番の立役者は何と言っても、クオーツから機械式時計に再び心変わりを始めた消費者だ。

 クオーツ技術によって生み出された正確な時計は、時計の機能的価値を極限まで高めた。クオーツ時計が市場を席巻したのもそれゆえだ。ただ、実はここに落とし穴があった。世の中の時計の大半がクオーツになってしまえば、差異化が難しくなる。つまりクオーツである以上、どの時計も正確。その時点で、時計の持つ最も基本的な機能である正確性で差異化する余地が残されなくなった。

■「心の喜びを重視する」価値観

 機能的価値で差異化が難しくなったとき、改めて見直されるのが情緒的価値だ。換言すれば、「心の喜びを重視する」価値観だ。つまり正確な時刻を刻むことではなく、身に着けたり眺めているときに心が喜ぶことで時計の価値を評価しようという消費者心理の変化がいつの間にか発生し、それが徐々に広がったからこそ、機械式時計の復権が起きたわけだ。

 ポイントとなるのが、歴史や職人芸、希少性など時計にまつわる物語性が豊富かどうか、ということだ。それに元来、男性はあまりアクセサリーを身に着けないが、美意識のジェンダーフリー化が進んでいることも、個性派ぞろいの機械式時計の復権を後押ししている。コモディティ化はどの商品ジャンルにも起きる悲劇だが、脱出の知恵を機械式時計から学べる。

 実際、グミの例で言うと、カンロは主要ブランドで、ターゲットに応じてスペック(機能的価値)、提供価値(情緒的価値)をきちんと分けている。

「ピュレグミ」のターゲットは大人の女性、スペックは、果肉食感・フルーツの味わい、提供価値は、トキメキの瞬間を増やすこと。「カンデミーナ」のターゲットは男性、スペックは、ハード食感・特許製法の形、提供価値は、楽しさを届けること。「マロッシュ」のターゲットはZ世代、スペックは、もちもち弾力食感・スッキリした味、提供価値は、心躍る驚き――といった具合だ。

 また、なぜたくさん買ってくれるのか。なぜ、買わなくなったのか。これらの疑問を解き明かし、手を打つことがビジネスだ。ここでもカギになるのが情緒的価値だ。疑問を解明するには、人間心理への理解が必要になる。

 人は商品特徴や価格優位性などの機能的な価値だけを見て商品を買ったり、ライブに行ったりするわけではない。ときめいたり喜んだりと、「感情」をもとに行動する。例えば、今日ある商品を機能的な価値で買ってくれたとしても、感情的に「好き」でなければ、ほかに機能的に優れた商品が出たら、明日にはそちらに移ってしまう。

■ 企業やブランドを大切にしてくれる「ファン」

 したがって、商品を好きになり、ファンになってもらう工夫が必要になる。企業やブランドが大切にしている価値を支持してくれる人が「ファン」だ。たとえ、たくさん買ってくれなくても、しょっちゅうライブに来てくれなくても、「感情的に好き」でいてくれるのがファンだ。企業のやりたいことや理念をきちんと理解し、共感してくれる。ずっと心から愛してくれる。こういうファンは、企業が困難に陥っても、信じて支えて応援してくれる存在だ。

 最近の「推し活」の盛り上がりは、こうした感情を持った人々が、「好き!」をオープンにして謳歌し始めたためとも言える。その「感情の吐露」「感情の爆発」は、スポーツチームやアイドルだけでなく、グミなどの食品にも広がっている。カンロの村山浩昌さん(研究・技術本部研究開発部長)は、「食感もそうだが、形が自由に表現できたり、調整できたりするのがグミの大きな強み。

 そこで、ターゲットに対してフィットする材料はなにか、といった選択肢がある。ゲル化剤などの組み合わせで、表情も変わる。そこに色だったり、味だったりが乗せられる。無限の組み合わせがグミの世界を広げている。狭い選択肢の中で『推し』を選んでしまったら誰かと絶対被るが、選択肢が多いので、人と被らずに、自分の『好き!』を表現できる利点もある」と分析する。

 Z世代にとっては、推しが「心のよりどころ」になっている面がある。推しがあるから勉強や仕事をがんばることができたり、新しいことにチャレンジできたりと、日々の生活の「糧」に推しがなっているのかもしれない。

<連載ラインアップ>
第1回 急拡大するグミ市場の陰で、明治はなぜガム市場からの撤退を決めたのか?
第2回 明治「果汁グミ」「コーラアップ」はなぜ多くのロイヤルユーザーを獲得できるのか?
第3回 SNS発の大ヒット商品「地球グミ」は、なぜZ世代の心に刺さったのか
■第4回 カンロが「ピュレグミ」「カンデミーナ」「マロッシュ」で使い分ける“情緒的価値”とは?(本稿)
第5回 ガムの主力ブランドがグミに“転生”、明治「キシリッシュグミ」が狙うユーザー層とは?
第6回 ファンが市場拡大をけん引、SNS時代のグミ市場を取り巻く「マーケティング4.0」

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