株式市場にはびこる「配当」の思い込みと"横並び"

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一般投資家にとっての株式の魅力とは?(写真:chachacha / PIXTA)
京都大学名誉教授で、同大学成長戦略本部・証券投資研究教育部門客員教授の川北英隆氏の新著『京都大学人気講義の教授が教える 個別株の教科書』より一部を抜粋・再編集し、株式投資の本質論について3回にわたって掲載しています。3回目の今回は投資の未経験者・初心者に対して、株式(個別株)の配当や値上がり益について解説しながら資産運用の本質をクローズアップする。
1回目:京大教授が説く「株式投資」シンプルかつ深い心得
2回目:「60年間」株式市場と付き合って得た"現実と事実"

一般投資家にとっての株式の魅力

株式には元金がなく金利もない。それでは、経営に直接影響を与えられない一般の株主にとって、何が魅力なのか。

基本は、株主が企業の所有者であることから生じる魅力である。

金銭的な魅力は、配当(企業が得た利益の分配)や値上がり益が得られることに尽きる(値下がり損もありえるが)。前者を「インカムゲイン」、後者を「キャピタルゲイン」と呼ぶことがよくある(下図)。

株式の特徴と魅力

株式の特徴と魅力(出所:『京都大学人気講義の教授が教える 個別株の教科書』)

これに対し、株主優待(代表的には飲食の割引券、無料乗車パス)が魅力だとの主張もある。

その主張を否定はしないが、株主優待を目当てに株主になるのは本末転倒と考える。株式を買う本来の目的は、株主として企業の成長を、企業と一緒に楽しむことにある。

なお、債券の場合、金利がインカムゲインである。また債券の取引価格は株式と同様に変動するから(ただし変動幅は通常は株式よりも小さい)、その値動きによってキャピタルゲインも生じる。

では、株式の配当や値上がり益とは何であり、企業経営的にどのような意味があるのか。

実のところ、これを知ることが株式による資産運用の本質を知ることでもある。

配当とは、企業が「利益の一部を株主に支払う」ことである。ここでの利益とは税引き後の利益、すなわち当期純利益である。

当期純利益とは何なのか。会計的には、企業が1年という事業年度の間に稼いだ金額である。

では、この利益は誰のものなのか。企業のものであるのは当然なのだが、企業のオーナーは株主なのだから、当期純利益はオーナーである株主のものだといえる。

「配当」の思い込み

もう一度、問う。配当とは何か。

それは、企業経営者が「配当として支払うのが経営にとって適切だ」と判断し、株主に支払うものでしかない。債券(借金)に対する金利とは異なる。株主への約束を守る必要があるから支払われる性質のものではない。
そうだとすると、次の疑問が浮かぶ。

配当されなかった当期純利益の残りは何か。どう処理されるのか。配当されなかった残りは企業の内部に残る。これは内部留保と呼ばれる。では、何のために内部留保するのか。

企業の成長のために用いるのが本来の目的である(下図)。要するに、成長のための投資(その中心は設備投資やシステム投資)に使われるべきものである。

内部留保か配当か

内部留保か配当か(出所:『京都大学人気講義の教授が教える 個別株の教科書』)

他社の事業を買い取り、さらには企業を買収するために使われることも多くなってきた。これも成長投資の一種であり、一から事業を立ち上げるよりも早いとの判断がある。

これに対し、銀行預金に積み上げるのは、正しい意味での内部留保とはいえない。

内部留保を用いて企業が成長すれば、将来の利益が大きくなり、配当として株主に支払われる金額も大きくなるだろう。

このように内部留保は本来、企業の所有者である株主に対して夢を与えてくれる。

別の角度から考えてみよう。配当と企業成長との関係である。

同じような当期純利益を稼いでいる2つの企業があったとして、株主にとって現時点での配当の多いA社のほうが望ましいのか、配当の少ないB社のほうがいいのか。

単純化すると、配当の少ないB社は内部留保が大きいから、成長のために使える金額が大きい。そうすると成長率も高くなり、何年か先にはA社よりも企業規模が大きくなっている。結論は、「株主にとってB社のほうが好ましい」となる。

現実はこのように単純ではないものの、真実の一端である。

これに対して次の疑問が浮かぶ。

今の日本の株式市場において配当が好まれているが(高配当株に投資する投資信託が多く設定されているなど)、この現実からすれば、先ほどの質問に対して、「A社のほうが好ましい」と答えるのが正しいのではないのか。

この疑問に対しては簡単に回答できる。「アメリカの株式市場を見るのがいい」と。

アマゾン、グーグル(上場企業名はアルファベット)、メタ(旧フェイスブック)は無配もしくは2023年まで無配だった。このうちアルファベットとメタは2024年になり、配当を開始した。

赤字決算だから無配なのではなく、成長投資に資金が必要だからという理由で配当をしていなかった。

AI(人工知能)向けの半導体で急成長しているエヌビディアは無配ではないものの、ほとんど無配と同じ程度の配当しかしていない。しかし投資家に人気がある。成長への期待が高いからである。

アメリカと異なり、日本の株式市場において投資家が配当を好む理由には、次の3つがありえよう。

1 「多くの日本企業には成長領域が少ないため、内部留保する必要性に乏しく、そうであるのなら積極的に配当すべきだ」と投資家が考えているから。
2 「社長などの企業経営者の多くは頼りないから、内部留保したところで無駄になるだけだ」と投資家が考えているから。
3 配当への信仰。企業も投資家も、「普通の企業に無配はありえない」「無配はダメ企業」と考えている。少しでもいいから配当することが当然との風潮から。

少し飛躍すると、日本企業は横並びで配当している。企業経営者には、当期純利益の30%を配当するのが正しいとの思い込みが強いようだ。

日本における配当性向「30%」の信仰

日本企業が「無配はダメ、当期純利益の30%を配当するのが正しい」と思い込んでいるとすれば、それは重大な間違いだ。内部留保と企業成長との関係を完全に見逃している。

そこで配当について、日本とアメリカの状況を具体的に示しておきたい。
「当期純利益に対する配当の割合」を「配当性向」と呼ぶ。アマゾンやグーグルの配当性向は0%を続けてきた。

他方、利益が大きく落ち込んだが、これは一時的だと企業が考えれば、従来と同じ金額の配当を続け、その結果、配当性向が100%を超えることも当然にある。

この配当性向の分布を日本市場とアメリカ市場とで調べてみた(下図)。形状が異なることは一目瞭然だろう。

日本の配当性向(2022年度)

日本の配当性向(2022年度)(出所:『京都大学人気講義の教授が教える 個別株の教科書』)

アメリカの配当性向(2023年11月)

アメリカの配当性向(2023年11月)(出所:『京都大学人気講義の教授が教える 個別株の教科書』)

違いの1つは、アメリカの場合、無配もしくはそれに近い企業が多いことである。アマゾンやグーグルの例で示したように、「配当をするよりも成長を」との意識が強い。

もう1つの違いとして、日本の場合、配当性向30%付近に多くの企業が集まっている。無配でない企業だけを取り出しても、日本は配当性向30%に集中している。

「隣の企業が30%の配当性向を目標としているから、わが社も30%にすればいい」との横並びの発想である。

これに対してアメリカの場合、より高い配当性向の企業が多い。「成長のための投資対象に乏しいのなら配当を」との意識の強い企業が多いからだろう。企業経営のことをより真剣に考えているともいえる。

トータルリターンが大きければ満足

株式を保有することは、企業のオーナーになることに等しい。企業が成長してくれさえすれば、とりあえずのところ配当を支払ってもらう必要がない。

京都大学人気講義の教授が教える 個別株の教科書

株主として、たとえば家を買うための資金が欲しくなれば、株式を売却して現金化すればいい。

株式を購入して以降、配当として支払ってもらった金額(インカムゲイン)の累計と、株式売却代金と当初の購入代金との差額(キャピタルゲイン)とを足した金額、すなわちインカムゲインとキャピタルゲインの合計額であるトータルリターンが十分に大きければ満足できる。

(川北 英隆 : 京都大学名誉教授、京都大学成長戦略本部・証券投資研究教育部門 客員教授)

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