子どもの部活やスポーツはどこまで頑張らせる?

スポーツメンタルヘルス

試合後や練習後の子どもに、「こうしたらよかったんじゃないの」と親が質問攻めにするのは好ましくないという(画像:taka / PIXTA)
「子どもにスポーツをどこまで頑張らせてよいのか」「試合でつい喝を入れてしまう」──。部活動やクラブチームでスポーツに取り組む子どもの親には、こうした葛藤を抱えている人も多いかもしれない。メンタルヘルスの観点から、スポーツをする子どもにどう接すればよいか、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所研究員の小塩靖崇氏に聞いた。

そもそも思春期はメンタルヘルスの不調を抱えやすい

──子どもがスポーツをする環境において発生しがちなメンタルヘルスの課題の根幹には、何があるのでしょうか。

前提として知ってほしいのが、思春期はメンタルヘルスの不調を抱えやすいタイミングだということです。学問的には、思春期は12歳から25歳までを指しますが、大人で精神疾患を持つ人のうち70%は25歳未満に発症しているというデータもあります。

そもそもメンタルヘルスの不調が発生しがちな時期に、部活動やクラブチームの環境が閉塞的でストレスフルだと、さらに発生リスクが高まってしまうのです。

現代の子どもたちは、部活動や学校の宿題だけでなく、塾や習い事などハードスケジュールをこなしています。頑張るほどに忙しくなり、生活習慣を乱してしまう傾向はあるでしょう。しっかり睡眠を取れていないと、思考や判断のコントロールを司る前頭葉が育たず、スポーツも勉強も悪循環に陥ってしまいます。

──子どものメンタルヘルスに悪影響を及ぼす、保護者の声かけや態度の例を教えてください。

小塩 靖崇

小塩 靖崇(おじお・やすたか)/国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所研究員。三重大学医学部看護学科を卒業し、病院での臨床を経た後、東京大学大学院教育学研究科にて博士号(教育学)を取得。専門は健康教育学。2017年から国立精神・神経医療研究センターにて、若者のメンタルヘルス教育と研究に従事。学校やスポーツでのメンタルヘルス教育プログラムの開発や学校教員向けの教科書執筆に携わる。アスリートと協働のメンタルヘルス啓発プロジェクト「よわいはつよいプロジェクト」に研究の観点から関与。著書『10代を支えるスポーツメンタルケアのはじめ方』(大和書房)は、スポーツに関わるすべての大人がメンタルヘルスを学ぶのに非常に役立つ内容となっている(写真は本人提供)

試合後や練習後の子どもに、「こうしたらよかったんじゃないの」「なんでこうしなかったの」などと質問攻めにするのはよくありません。スポーツに限らず、塾や習い事にも当てはまりますが、これは子どもに非常にプレッシャーがかかります。

ある子どもから聞いた話ですが、試合中は、他の誰より親の声が耳に入ってくるそうです。例えば、本当は左に行こうと思っていたのに、親の「右行け〜!」という声が聞こえると、つい右に動いてしまう。自分がプレーしているはずなのに、親の指示に従ってしまうのだというのです。

これが習慣化すると、子どもは自分で考えられなくなり、親の指示を待ったり、常に正解を探ってしまったりします。「子ども自身に考えさせたいので、親の声出しはさせない」というチームもあるほど。子どもへの期待値が高いほど口を出してしまうものですが、ぐっとこらえて、子どもが自ら話し出すのを待ちましょう。

と言いつつ、私自身も、バスケをする息子につい助言してしまうことがあります。自分の心身が健康であれば、ブレーキをかけて落ち着いて見られます。余裕がないときほど干渉してしまうのだと気付きました。保護者も指導者も、自分がキャパシティーオーバーになると、ストレスのはけ口として子どもに過剰な期待をかけてしまうことがあるようです。非常に大事なことなので、これは自戒を込めてお伝えします。

人と比べず、自分の目標に対する「負けず嫌い」に

──スポーツを通して子どもに「やり抜く力」や「負けず嫌いさ」「打たれ強さ」を身につけさせたい親もいると思います。

「やり抜く力」は、ぜひ複数の大人がサポートして、子どもと一緒に目標やプロセスを決めてあげてください。「負けず嫌いさ」は少し注意が必要で、子ども自身が決めたことに対して負けず嫌いであれば問題ないですが、他人と比較してどうかと考えるのが主になってしまうのは危ういと思います。

最後に「打たれ強さ」は、求めてしまうと弊害が出ます。「レジリエンス」という言葉がありますが、変形されたものが元の形に戻る復元力や弾力性という意味で、「回復」「抵抗」「再構成」の3つに分類されます。

レジリエンスにおいて、打たれ強さは「抵抗」です。どんなつらいことにも耐え続けなければいけならず、折れてしまったら捨てられるような世界を想像してしまいます。現在のスポーツ界では「抵抗」が求められがちですが、私は「再構成」が大切だと感じます。木に例えると、たとえ折れたとしても、それを糧にして新たな形でさらに大きくなり、花を咲かせることができたとしたら、それこそが強さではないでしょうか。

レジリエンス

レジリエンスを3つに分類して、それぞれを木に例えた場合(出典:小塩氏の資料より)

教育本には「ほめて伸ばしましょう」と書かれますが、やや違和感があります。「ほめる」より「認める」がしっくりくると思うのです。「ほめる」は、親が設定した暗黙の目標に到達すれば合格というイメージ。一方で「認める」には、子ども自身が考えてやり切るイメージがあり、子どもの主体性を感じます。お子さんのことを認めながら、背中を押してほしいです。

実は子どもは、見えないところでちゃんと動いている

──親からの相談には、どのようなものがありますか。

こんな相談を受けたことがあります。

“言われたことは嫌がらずにやりますが、それ以上のことをやろうとしません。間違いを恐れずに自ら考えて(先を読んで)自ら動くようになってほしいのですが、家庭でどのように見守ればよいですか”

恐らくこの親は“できる人”で、次にすべき行動にすぐ気づいてしまうのだと思います。そして子どもへの期待が高いからこそ、親自身が思う「こうあってほしい」を望むのでしょう。

質問に対して私は、「実は、見えないところでやっているのではないでしょうか」と回答しました。子ども自身が必要だと思う場面ではちゃんと動いているはずで、その主体的に動いた部分に価値があると思います。なかなか時間が取れないですが、本来であれば、子どもが自ら取った行動の意図を、落ちついて聞いて理解してあげたいところです。

実はこれはスポーツでも同じです。試合で指導者のサインプレーに背いたら、ほとんどの場合は叱られるでしょう。しかしここで、自分で判断して動いた理由をしっかり聞けば、その子の個性がよくわかります。子ども自身を認めてそのプロセスをも認めることで、子どもの主体性が育まれるのではないかと常々思うのです。

企業では、学生時代に運動部で活躍した人を好んで採用する傾向があります。上位下達や絶対服従の世界でやってきた人が出世していくとなれば、いつまでも価値観は変わらないでしょう。これがいろいろな企業で、しかも大企業で起きると、社会や日本の価値観にもなっていきます。

こうした中では自分の意見を考える時間がなくなり、上司の正解や顔色を探って正解を探してしまうと危惧しています。体育会系の社会を作りあげてきたのもスポーツですが、私はそれを変えるのもスポーツだと思っています。

──その他にはどのような悩みがありますか。

ベンチ入りできない部員の親から、「子どもの練習のモチベーションが下がり、『試合にも出られないのに練習をする意味がわからない』と部活を休んでしまう」という相談もありました。これは、部活動の環境に問題があると思いました。指導者がレギュラーとそれ以外をはっきり区別しているのでしょう。部活動には参加の強制力が高いものもあるので、生徒が楽しめているかどうかが重要だと思います。親としては、部活動以外に子どもが楽しめることを聞く時間の余裕があるとさらによいでしょう。

スポーツはまだまだ勝利至上主義や成果至上主義で、試合に出られるかどうか、活躍できるかどうかなど、目に見えるパフォーマンスに力を注いでしまうものです。子どもも親の期待に応えたいと考えてしまうものでしょう。しかし、もっと長い目で、そのスポーツを生涯楽しめるか、友達づくりや健康づくりになっているかと考えられるとよりよいはずです。

子どもに「あえて何もしない」勇気を持つ

──小塩さんは著書『10代を支えるスポーツメンタルケアのはじめ方』(大和書房)にて、「子どもを応援する大人自身がスポーツ界のプレッシャーから解放される必要がある」としています。

本では、私の研究や実践から得た知見をもとに、スポーツに励む子どもを支える親や、部活動の顧問やコーチなどの指導者が知るべきメンタルヘルスケアの知識、競争の激しいスポーツ界で活躍するアスリートが直面するメンタルヘルスの課題やケアを優しく解説しています。ストレス社会に生きる子どもから大人まで、メンタルヘルスケアの重要性は誰にとっても欠かせないものなのです。

そこで大人の方々に伝えたいのは、「皆さんはすでに頑張っている」ということです。声を大にして、「自分に優しくしてあげて」と言いたい。大人自身に心と時間の余裕があると、子どものメンタルヘルス改善にもつながります。

大人向けの講演ではよく、「『何をするか?』ではなく『何をしないか?』のサポートをしましょう」と話します。心のキャパシティーをコップの水に例えると、メンタルヘルス不調の子どものコップはすでに満杯です。良かれと思って「これをしたら?」と助言や指導すると、その水は溢れてしまうでしょう。そんな時、逆に大人のコップに余裕があれば、子どもの水を引き取ることができます。

スポーツメンタルヘルス

まずは大人が余裕を持っておく必要がある(画像:K-Paul)

そこで、ただ子どもの話を聴くことに注力してほしいのです。聴いてもらうということは「自分に価値がある」と感じられる体験ですし、自分を客観的に見て心の状態を棚卸しする機会にもなります。

あえて「何もしない」のは想像以上に難しく、きちんと話を聴くには体力も必要です。子どもは、大人が話を聴いていないことに一瞬で気付いてしまいます。しかし逆に、真剣に真っ直ぐ話を聴いてくれる大人がいると、それだけで救われるのです。大人が話を聴くスキルを磨き、うまく言語化できない子どもの感情に輪郭をつけてあげられる時間が増えれば、これ以上に嬉しいことはありません。

(せきねみき : ライター・コラムニスト・編集者)

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