経営者は「DXへの過大期待」を今すぐ捨てるべきだ

ミーティングをするビジネスグループ

多くの企業がDX化に着手しているが、満足のいく効果を享受できている企業は少ない(写真:metamorworks/PIXTA)
ローランド・ベルガー、KPMG FASなどでパートナーを務め、経営コンサルタントとして「40年の実績」を有し、「企業のDX支援」を多くてがけている大野隆司氏。
大野氏のところに届く「経営層からの相談内容」が、このところ大きく変化してきているという。「DXの効果が出ない」という悩みが目に見えて増えてきているというのだ。
なぜ、こうした悩みが生じているのか。大野氏が自身の経験や大手・中小企業の現状を交えながら解説していく。

DXに取り組む企業に蔓延する「悩み」

大手コンサルティング・ファーム複数社の調査によれば、2023年度には大手企業のうち少なくとも6割から7割の企業が、全社的にDXに取り組んでいます。

企業によって狙う効果、取り組みの中身はまちまちではありますが、これだけの企業がDX化に着手しているのです。

一方で、ボストン コンサルティング グループ、PwC Japan、あずさ監査法人、独立行政法人情報処理推進機構の調査より作成したデータによれば、満足のいく効果を享受できている企業は1割強にとどまっている、という現状があります。

この数字を鑑みても、「DXの効果が出ない」という悩みは、私が相談を受けている企業に限らず、DX化に取り組む企業全般に共通したものと言えるでしょう。

DX先進企業なのに効果が出ない!?

企業はどんな効果を求めて、DXに取り組んでいるのでしょうか。

DXで狙う効果は、主に以下の2つに集約されます。

①「攻めのDX」…新しい顧客・市場の獲得や新規事業の創出などで「トップラインの伸長」を狙うもの
②「守りのDX」…業務効率化による「コストの削減」を狙うもの

「①攻めのDX」は顧客心理をはじめとして、競合の動き、買収先企業の意思決定、マクロ的な経済情勢、天候やパンデミックといった、自社ではコントロールしづらい外部の影響が大きいため、効果の実現には不確実性を伴います。

片や、「②守りのDX」は、自社内での改革・改善が中心となるため、外部の影響が少なく、効果の発現が見込みやすいという特徴があります。

「効果が出ない」という悩みは、この「②守りのDX」についてが多いのです。

DXが経営アジェンダに登場したのは、経済産業省が2018年に発表した「DXレポート」からです。

私のところにご相談に来られる企業はこの頃からDXに取り組んできた、いわば「DX先進企業」であり、その多くが大企業です。

これらの企業はDXの戦略・企画や効果算定を精緻に定義・算定しています。基幹系システムの刷新やデータ活用の仕組みを構築し、さまざまな業務効率化のツールも導入してきています。

さらに、アプリ開発チームの内製化や、従業員のデジタル知見向上のためのリスキリングなどに取り組んでいる企業も珍しくありません。

しかし、いち早くDXを推進してきたにもかかわらず、いまだに「目に見える効果」が出ていない企業が多いという現状があります。すでに数百億円を超える投資をしている企業も多く、その悩みは深刻です。

なぜ「守りのDX」の効果を享受できていないのでしょうか。

それを読み解くには「業務効率化によるコスト削減の効果算定」を理解しておく必要があります。

「DX効果算定」のまやかし、その実態は?

業務効率化によるコスト削減の効果算定といっても、実はそれほど難しいものではありません。

みなさんも、「年間100万時間(500人分)の業務効率化を実現」「50億円相当のコスト削減を達成」などといった記事をよく目にすることがあるでしょう。これらの数字は、次のような数式で導き出すことができます。

守りのDXによる削減時間=ある業務1件あたりの削減時間 × その業務の処理件数

たとえば、伝票ひとつの処理時間を10分削減し、対象となる伝票が月に1万件だった場合は、

10分/伝票 × 1万(伝票数) × 12(カ月) ÷ 60(分)=2万時間分(の削減)

といった具合に1カ月分の削減時間が弾き出せます。

こうして、対象となる全業務分を積み上げた数字が、「守りのDX」による効果、つまり「総削減時間」ということになります。

この時間を年間の稼働時間の2000時間(250日×8時間)で割れば「何人分」の数値となります。その数値に1人当たりの雇用コストを掛ければ「コスト削減額」となります。

しかしこの算定は、しばしば意思決定をミスリードすることがあります。

例えば「年間100万時間(500人分)の業務効率化を実現」は、大手金融機関の実際のケースです。

100万時間はたしかに大きな数字でしょう。ただし、ここでひとつ注意が必要なのは、この大手金融機関は「4万人の従業員を擁している」という点です。

つまり、年間の100万時間を4万人で割り、さらに年間稼働日250日で割ると、「1人当たり1日わずか6分の削減」……ということになります。

現実問題として、「6分の効率化」は誤差の範囲内で、日々の業務が著しく効率化できるわけではありません

ところが「効果算定」としては、このようなインパクトのある数字ができあがるわけです。

ということは、数字上はDXの効果が出ているように見えるものの、実際には業務効率化によるコスト削減の効果はほとんどない、ということになります。

こうした数字だけに踊らされてしまい、DXの効果や意思決定を見誤ってしまう経営者も少なくありません。

中小企業が「DXに乗り遅れている」理由

DX先進企業である大企業において効果が出ていないのに対し、中小企業ではDXへの取り組み自体が進んでいないという現状があります。

さきに、大手企業では6割から7割が全社的にDXに取組んでいると述べましたが、これに対し、独立行政法人情報処理推進機構の調査によれば、従業員が300人未満の中小企業においては、全社的にDXに取り組んでいる企業は2割程度。かなり状況は異なってきます。

DXによる効果は企業規模にかかわらず享受することができるものですが、なぜ中小企業におけるDXの取り組みが遅れているのでしょうか。

中小企業がDXに取り組まない理由として、6割から7割の企業が挙げているのが「DXに関する知識・情報の不足」「DXを統括・推進する人材の不足」です(中小企業庁の「中小企業白書」による)。

「知識・情報」も実際には「人」から得ることが多いことを考えると、結局は「人材不足」が一番の理由になるのかもしれません。

大手企業ですら苦労している「専門性のある人の採用」の難しさは改めて言うまでもありません。

外部の専門家に支援を依頼するといっても、DXを多く手掛ける(それらの中味が常に適切かは疑問もありますが)外資系コンサルティング・ファーム群、それに続く国内の大手ファームや総研なども、なかなか中小企業まで手が回りません。

中小企業を主たる顧客層にしているコンサルティング会社やシステム会社は数多く存在しますが、DXのアドバイザーとなると心もとないのが実態です。

改善すべきは「労働生産性」だ

ここで着目すべきは、中小企業がDXに取り組まない理由として「DXに取り組むメリットがわからない」という理由が3割ほどあるという点です。

DXへの理解不足や属人化された業務の多さなど、さまざまな理由が考えられますが、実のところDXに着手しない中小企業の本音は「DX(というよりかは変革)の必要性を認識していない」ということが大きいのかもしれません。

ただ、「労働生産性」を大企業と中小企業で比較すると、おおよそ2倍強の差があるという事実もあります。

DXと構える必要はありませんが、労働生産性を改善するための変革を正しく認識しておく必要性は高いでしょう。

中小企業との接点が多い取引金融機関や商工会あるいは自治体などに、(非常に難易度が高いことは理解しつつも)啓蒙的な活動を期待したいところです。

ここまで、「DXの効果が出ない」と悩んでいる大企業の経営者や、効果算定のトリック、中小企業の現状などについてお話ししてきました。

いずれにせよ、大切なのは「効果算定の数字を過大評価しない」ことです。効果が出ないのであればやめるのも賢い選択肢のひとつです。

難易度は高いものの、経営者が「業務効率化の目標は、取引などのサービスのコストゼロ」と大胆な目標を設定することで、事業成長の契機をつかむという選択肢もあります。

DXの効果を「絵に描いた餅」では終わらせないためには、経営者の意思決定がカギを握っているのです。

(大野 隆司 : 経営コンサルタント、ジャパン・マネジメント・コンサルタンシー・グループ合同会社代表)

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