100億かけても「DXの効果が全然出ない」3つの訳
前回記事(経営者は「DXへの過大期待」を今すぐ捨てるべきだ)で大企業・中小企業それぞれにおいてDX導入の効果が出ていない、あるいは導入が進んでいない現状に鑑み、DXを過大評価することに対する注意喚起を促しました。
ではなぜ、多くの企業においてDXの効果が出ないのでしょうか?
DXを推進する企業においては、
経済産業省がいうところの「2025年の崖」に従順に従ったとい
なぜこのようなことが起こるのでしょうか?
今回は「巨額の投資をしても、DXの効果が出ない理由」を3つに分けて分析していきます。
DXの効果が出ない理由の1つ目は、「数字上のトリック」に惑わされてしまっている場合です。
【理由1】「〇人分削減」というトリック
仮に「100人の集団で、1人当たりの業務時間を1割削減できたとした場合、10人分の削減が可能」という効果査定となります。
しかし、「10人分の削減」は、「10人を削減できる」ことになるとは限りません。
これは「いままで100人でやっていた仕事を90人で回すことができるか」という問いにすることもできます。削減する10人が担当していた仕事を、残る90人で処理できるかと言い換えてもいいでしょう。
その答えは、多くの場合「無理」ということになります。
理由はシンプルで、削減する従業員の業務を、別の従業員に移管することが往々にして難しいからです。
同じ業務を多くの人数で担当している企業、たとえばBPOの受託企業などでない限り、1人ひとりの業務量・業務時間は減ったとしても、業務の移管は容易にはできません。
そのため、従事する人数、あるいは従業員数はまったく減らないという「効果計算のトリック」となってしまうことがほとんどです。
もちろん、このトリックをうまく避けている企業もあります。
A社は、200人が従事するコーポレート業務での「守りのDX」に取り組みました(前回記事参照)。
目標とした60人分の業務量削減が見えてくるのに合わせて、1人ひとりの担当業務の再配置を行い、150人でコーポレート業務を回すことに成功しました。
60人分すべては無理だったものの、50人分の削減を実現したわけです。
A社の場合は、伝統的に業務の標準化を徹底していました。
要資格の業務以外は、属人化を排除し、社員の多能工化が定着していたのです。業務移管がスムースに進んだことが「効果計算のトリック」に惑わされずにすんだ成功要因でした。
ちなみに余剰となった50人については、事業部門や子会社の「現場のスタッフ機能の高度化」要員として、異動先のコスト負担はなしで異動させることができました。
ただし、事業部門の現場のスタッフ機能の高度化が、A社のボトムラインにどのように効いたかの因果関係は、いまだに明らかになっていません。
A社がこの「守りのDX」で、本来の狙いである「コスト削減」に成功したのかどうかは、立場によって判断が分かれるところですし、今後も結論は出ないでしょう。
【理由2】「解雇なしのコスト減」は不可能
DXの効果が出ない理由の2つ目は、従業員の解雇ができない以上、コストは減らないという問題です。
「効果計算のトリック」を首尾よく乗り越えたとしても、削減する従業員をどう選び、どう処遇するのかという悩ましい問題が残ります。
そして、削減可能な人数を解雇できないのならば、コストは減りません。
となると経営者や株主の視点からは、「『守りのDX』の効果算定はまやかしではないか」となってしまうのです。
「守りのDX」に、コンサルタント報酬やデジタル系のツールなどの導入でそれなりの投資・コストをかけている場合には、なおさらです。
ちなみに、OECDのなかで日本の解雇しにくさは28位。統計上ではそれほど上位に位置していません。
しかし実際には、依然として日本企業では従業員を解雇することのハードルは高いままです。
安易に解雇という手段をとることが、賢い経営手法ではないことも間違いないでしょう。
とはいえ、投資やコストをかけた「守りのDX」を推進したものの、「机上の算定では効果が出ることになっていたけど、解雇できなかったため、ボトムラインはまったく変わりませんでした」では、いただけません。
このことを申し上げると「やっぱりそうですか……」といった反応をされる経営者の方も少なくありません。
経営者の中には、「解雇」という意思決定をあいまいにしたまま「守りのDX」を進めてしまった方、効果算定の数字の大きさに思わず飛びついてしまった方がいることも事実です。
一方で、「守りのDX」に取り組む前と後の環境の変化――たとえば、新型コロナウイルスの感染拡大や、定年延長などにより、解雇という手段がとりにくくなったという経営の方もいます。
意思決定をあいまいなまま進めてしまったにせよ、環境の変化にせよ、解雇できない結果として、経営者からは、
「浮いた従業員には、いったいどんな仕事を任せるのが適当でしょうか?」
というご相談が増えることになります。
【理由3】「『高付加価値の仕事』の定義」があいまい
DXで浮いた従業員を再配置する場合、多くの経営者は解雇ではなく、「彼女ら・彼らにしかできない、より付加価値の高い仕事へシフトしてもらいたい」と考えます。
しかし、「その効果が見えてこない」というのもまた、多くの経営者の悩みとなっています。
これまで担当していた仕事は消滅してしまったわけですから、浮いた従業員が付加価値の高い仕事をして効果を出してくれるはずだという期待があるのでしょう。
言葉を選ばずに言うなら、「クビにしないかわりに、そこで生まれるはずだったコスト削減の効果を上回る『何か』を生み出してくれ」ということでしょう。
人件費を削ることばかりがボトムラインの改善策ではありませんから、この期待は健全なものですし、「事業の成長・拡大のためのトランスフォーメーション」という点でも好ましいものです。
ただ、違和感が否めないのは、「付加価値の高い仕事」の中味がはっきりしないことが大半であることです。
「付加価値の高い仕事」の定義は幅広く、主観にもよります。
「社員同士が気持ちよく仕事をできるように工夫する」「ごみの分別をきちんとする」「多様性推進の活動をする」といった類のことでも、付加価値といえます。
ただ、投資に見合う解雇以外の効果を求めるのならば、「付加価値とは、付加価値『額』を上げることに直接に資することである」と定義することが必要です。付加価値額は、粗利と考えてもらってかまいません。
「解雇以外の唯一の解決法」はこれだ!
「付加価値の高い仕事にシフトして効果を出してもらいたい」と経営者の方が口にするときは、「削減で浮いた従業員を、粗利の増加に効く仕事に、再配置していくわけですね」とあえて確認します。
残念ながら「付加価値の高い仕事」を「粗利の増加」と認識している経営者はそう多くありませんし、「再配置する仕事の当たり」をつけている経営者は本当に少ないものです。
これでは効果を出すことはかなり難しいわけです。
「守りのDX」は、解雇によってコスト削減が可能ならば、ほぼ当初想定した効果を享受することができます。
ただ、これが難しいときには、「浮いた従業員の異動」と「新たに担ってもらう仕事」が必要となるわけです。
今回は「DXの効果が出ない3つの理由」について述べてきましが、現実から目を背けたままの「守りのDX」であれば、推進しても思うような効果は得られないことがおわかりいただけたでしょうか。
金と時間を浪費して、ただ忙しくしているだけ……。DX推進がこうした残念な事態に陥らないためにも、経営者は解雇に対する意思決定をあいまいにすることなく、自社が考える「付加価値の高い仕事」を明確に定義づけすることが、きわめて重要なのです。
(大野 隆司 : 経営コンサルタント、ジャパン・マネジメント・コンサルタンシー・グループ合同会社代表)
09/11 09:00
東洋経済オンライン