「脱炭素を通じて社会変革」。先進企業に学ぶ戦略

東京製鉄・田原工場の世界最大級の420トン電気炉(電炉)。CO2排出の少ない製鉄方法として価値が高まっている(提供:東京製鉄)

前編の記事では、気候変動という地球規模の喫緊の課題と、第4次産業革命とも呼ばれる社会経済構造の大きな変革の潮流を踏まえ、1.5度目標実現に向けたロードマップを考えることがなぜ重要かを解説した。

変革に向かう潮流の中で、二酸化炭素(CO2)排出量削減に資する取り組みと、社会課題を解決しつつ、人々の暮らしを豊かにする取り組みがうまく調和すれば、新たな事業機会へとつながっていく。

後編の今回は、これらの変革をどのように促していくかという視点から、先進企業の取り組み事例を紹介する。

1.5度目標達成のカギとなる社会の変革

はじめに、変革を促す理論的枠組みとして、2000年代にイギリスの社会学者Frank Geels氏などが発展させてきた研究的概念の一部を紹介する。

同氏によれば、 変革とは、個人や個別企業レベルでの変化の集合体であり、新しい取り組みの成功体験が積み重なりながら拡大し、社会全体に広がった結果だとも言える。しかし、現在の社会経済システムは、これまでの取り組みを効率的かつ円滑に実行できるような制度や人々の意識や慣習によって成り立っていることから、変革は簡単に進むものではない。

たとえば、新たな取り組みを始めようとすると、現在の社会経済システムの中にあるさまざまな構成要素と相容れない状況が発生し、単なる試行的な取り組みに終始してしまうケースがほとんどである。

そのため、新しい取り組みを拡大していくためには、単に個別事例を磨き上げていくだけではなく、現在の社会にあるさまざまな制度や慣習のアップデート(更新) を同時並行で継続的に行っていくという視点が重要であるとGeels氏は指摘している。

これらの理論的枠組みは、「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)の第6次評価報告書でも取り上げられ、近年ますます注目度が高まっている。

筆者が所属する「公益財団法人 地球環境戦略研究機関」(IGES)では、前編で紹介した「IGES 1.5℃ロードマップ」を基に、1.5度の世界に向かう中で生まれるであろう社会経済の変化と、それに伴う事業機会を「5つの変化」「20の好機」としてまとめた。

「5つの変化」とは、「生産性が変わる」「エネルギーの作り方が変わる」「素材利用が変わる」「ルール・インフラが変わる」「マーケット・マインドが変わる」の5つであり、各変化に対してそれぞれ4つの好機を示している。

ここで、「生産性が変わる」「エネルギーの作り方が変わる」「素材利用が変わる」の3つの変化は、企業単独での取り組みによる変化が中心的である。そのため、これらの変化を拡大するには、「ルール・インフラ」と「マーケット・マインド」の変化が欠かせない。

たとえば、「エネルギーの作り方が変わる」の好機である太陽光発電や洋上風力発電に関わる取り組みを拡大する際に、再生可能エネルギー電力を優先的に活用できるルールが整備されれば、再エネを効率的に活用するデマンドレスポンスも促進され、再エネ発電設備を拡大しやすい事業環境へとつながるという好循環が生まれる。

つまり、3つの変化に関連する先行事例に基づく経験・知見を基に、「ルール・インフラ」「マーケット・マインド」という2つの土台となる変化も促していく。

土台が変わっていくことで、先の3つの変化もさらに促されていくというように、5つの変化の間で相乗効果が生まれ、社会変革へとつながる。これは、先述の社会変革に向けた理論的枠組みを体現するものである。

また、「IGES 1.5℃ロードマップ」では、企業が事業戦略を構築する際の参考情報として、それぞれの20の好機が発展していく5年ごとのマイルストーンを示している。

20の好機に該当する企業の取り組み事例

ここからは、「20の好機」を実際に活かしている企業の事例をいくつか紹介する。

最初に鉄鋼部門における先進的な取り組みが1.5度目標達成への道筋へと発展していくストーリーについて見ていきたい。

現在の日本の製鉄は、鉄鉱石を原料とする高炉による生産方式が主流であるが、その過程で石炭を利用するためCO2を多く排出する。これに対し電炉は、鉄スクラップを原料とし、電気エネルギーで製鉄を行うことから、CO2排出量を低く抑えられる技術である。しかし、電炉は多くの電力を利用するため、電力コストの抑制が経営課題となっている。

さらに、電炉では比較的安価な夜間電力を利用するために夜間操業を行っており、従業員の負担も大きい。また、鉄スクラップの品質向上も課題となっている。

こうした課題に関しての、電炉による鉄鋼製品の生産量が日本最大である東京製鉄の取り組みを取り上げる。

東京製鉄は、電力会社との連携を通じて太陽光発電などの再エネの発電量を予測し、割安な昼間の余剰電力を購入することで電力コストの削減を行いつつ、再エネ利用拡大を図っている。

これにより、環境に優しい電炉鋼材の生産拡大を通じた脱炭素・循環型社会の実現に寄与している。さらに、ビッグデータとAI技術を利用して、鉄スクラップの自動解析を行い、仕分け作業の効率化にも取り組んでいる。

このような個別企業の取り組みをさらに拡大していくには、再エネ電力がより利用しやすい電力システムのルール構築や、投入する鉄スクラップの品質向上のためのリサイクルを前提とした商品・製品の開発といった他社との協力が不可欠である。

すなわち、既存の製鉄プロセスやバリューチェーンを変えていくことで、2040年頃にはサーキュラーエコノミー(循環経済)が構築され、エネルギー投入量と資源投入量が少ない製鉄プロセスが拡大していくことが展望できる。

この事例は、20の好機のうちの「高付加価値サービスへ転換する」「電化が品質・効率を向上させる」という好機に加え、「再エネ・水素で素材をつくる」「都市が資材の保管庫になる」という取り組みに該当する。

ITを駆使して再エネ電力をフル活用

次に、電力部門におけるストーリーを紹介する。

近年、再エネを使いたい企業が発電事業者と長期契約を結ぶPPA(電力販売契約)が増えているが、発電した電力を自家消費以外には活用できないことが制約となっている。

このような中、アイ・グリッド・ソリューションズでは、ビッグデータとAIを用いた需給予測に基づいて、屋上太陽光発電の余剰電力を他の電力利用者に融通する、余剰電力循環モデルを構築している。これにより、多くの建物において、屋根面積いっぱいまで太陽光発電を載せ、その電力をフル活用することができる。

アイ・グリッド・ソリューションズの余剰電力循環モデル(提供:同社)

この仕組みを今後さらに拡大していくためには、小規模分散電源からの電力を既存の送配電線を用いて近隣建物で円滑に利用できるようなルールの整備が必要となる。

このような取り組みが進むと、2035年頃には、小規模分散型電源を束ねて1つの大きな発電所に見立てるアグリゲーションビジネスの大きな発展が展望できる。

さらにその先の2040年頃には、地域の電力需要の多くを地域の再エネで賄うことができるようになり、エネルギーの地産地消ビジネスへの進化が期待できる。

この事例は、20の好機のうちの「エネルギーもデジタルでつながる」「太陽光発電が一気に身近になる」「日本中のまちがずっと豊かに」に該当する。

最後に分野横断的なストーリーを取り上げる。

昨今、企業の成長には、人や企業に関するさまざまな活動をデータ化し、分析情報を基に新たな付加価値を生み出すという、無形資産を用いた事業戦略が重要になっている。

社会課題を起点として、顧客の課題を解決し、成長に貢献する富士通の事業モデルであるFujitsu Uvanceでは、業種間で分断されたプロセスやデータをつなぎ、企業や組織間の協力を活性化させて、これまでにない解決策を導き出そうとしている。

たとえば、多様なステークホルダーが保有するデータに対して、ブロックチェーン技術を応用することで、サプライチェーン全体での取引の透明化やトレーサビリティに関わるビジネス課題を解決するサービスを提供している。

これらのサービスの活用により、バリューチェーン全体のCO2排出量を可視化し、ネットゼロの加速による環境課題解決だけではなく、リサイクル素材の活用といった限りある天然資源の有効活用を促す供給元と需要者のマッチングなどを実現している。加えて、 生産過程での労働者の人権確保を明確化できるなど、社会問題に配慮した製品作りが可能だ。

さらに、量子現象に着想を得たコンピューティング技術(現在の汎用コンピュータでは解くことが難しい「組み合せ最適化問題」を高速で解く技術)を活用することで、大規模で複雑な配車・配送計画や製造ラインおよび製造計画を、ごく短期間で最適化するサービスを提供している。

これらは、深刻化する人手不足問題と物流分野や製造業の分野におけるエネルギー消費量削減、資源効率の高い生産プロセスへの対応にも寄与する。

このように、デジタル化は 生産性や資源効率性を高める可能性がある。デジタルインフラやルールの整備、人材育成を大規模かつ戦略的に進め、さまざまな分野に応用していくことで、1.5度目標達成に貢献する新たな事業が有機的に発展していくことが期待できる。

この事例は、20の好機のうちの「高付加価値サービスへ転換する」「移動・輸送が創造的時間を生む」「ロスなく高付加価値な生産へ」に該当する。

ビジネスを変革し、社会の好循環の形成を

これらのストーリーに共通するポイントは、個別企業の取り組みにとどまらず、ステークホルダーの連携によって、社会の変化へとつながる萌芽となっていることにある。

また、事業の土台となるルール・インフラおよびマーケット・マインドへも影響を及ぼしていくことで、個々の事業の有機的発展につながっている。すなわち、脱炭素をはじめとする社会課題解決に向けて、これから起こる変化を見据えることで、大きなビジネスの機会をつかむことができるのではないか。

現代社会では、気候変動問題のみならず、少子高齢化、地政学リスクの高まりによって生じるエネルギー安全保障や食料安全保障問題、多様性に対応した働き方改革と人材獲得など、さまざまな課題に対応していくことが求められている。

このような変化をビジネス機会ととらえ、個々の事業や取り組みの発展と社会のルールや市場変化の間で好循環を生み出していくことで、社会全体で1.5度目標達成や豊かな社会が実現できる。

私たちの「IGES 1.5℃ロードマップ」はそのことを示している。

(栗山 昭久 : 公益財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)リサーチマネージャー)
(岩田 生 : 公益財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)リサーチマネージャー)

ジャンルで探す