パリ五輪、選手の不満が続出したモヤッとする真相

パリ五輪

トライアスロンなどの会場となったセーヌ川は水質が問題視された(写真:Bloomberg)

パリ五輪が閉幕し、8月28日にパラリンピックの開催を控えたフランスでは、五輪の総括がポツポツと出始めている。

2015年に気候変動問題に関する国際的な枠組み「パリ協定」が採択された地ということで、パリ五輪組織委員会は大会の主要ビジョンを気候戦略に置くことを強調した。CO2の排出量を158万トン(リオ五輪やロンドン五輪の半分以下)にする目標を掲げ、「環境に優しい五輪」を目指すことになった。

五輪スポンサー企業も環境問題に本腰を入れている企業が選定され、大会期間前後の企業活動も含め、その取り組みの数値化、透明化を求めることとなった。

しかし、炭素価格の国際専門機関で欧州連合(EU)に政策提言を行う非営利団体(NGO)、カーボンマーケットウォッチによれば、CO2排出量を半分以上削減するというこの目標が達成されたかどうかは不明だとしている。

食事に「肉が足りない」という不満

環境に優しい五輪をうたったが、選手にとっては厳しい五輪に映ったかもしれない。その象徴の1つが選手村だ。フランス国外から来た選手は、料理に不満を爆発させた。多くの選手は過酷な競技に備え、通常以上のたんぱく質の摂取が必要になる。にもかかわらず、ヴィーガン料理が中心だったことから、「肉が足りない」という声も上がった。

その背景には、フランスは大農業国であり、同時に世界最大のBIO(オーガニックや有機食品)大国ということもある。今はBIO市場が頭打ちとはいえ、すっかり食生活に定着し、BIOワインも人気だ。

1食当たりのCO2排出量を基準値内に抑える取り組みを含め、調達する食料品は地産地消に徹底した。摂取できるカロリー、製造コストなどはさまざまに制限された。さらに動物飼育のCO2排出、動物保護からも肉が避けられた。

味についても「とてもまずい食事」「魚に虫が入っていた」との感想が相次いだほか、衛生管理面、選手らを長時間レストラン内で並ばせるといったオペレーションの不備もやり玉に挙がった。

(写真:Bloomberg)

選手村への不満は料理だけではない。部屋にはカーテンもエアコンもなかった。これも理由はCO2排出を抑えるため。エアコンの代わりに、床下に張り巡らされた管に冷たい地下水を通す床冷房を設置したが、猛暑を懸念して日本のようにエアコンを自費で持ち込んだところも少なくなかった。

それ以外にも、部屋の清掃が毎日ではなく、シーツも毎日は変えないために、清潔さが保てないとの声もあった。

高速鉄道TGVの送電施設に放火される事件が発生

そもそも環境保護団体は、五輪・パラリンピック開催に反対した。世界中から大勢の人が飛行機を利用して観戦のために集まるため、地球温暖化対策に逆行するからだ。組織委員会は、ベルギー、スペイン、イギリス、オランダなど周辺国に対して交通手段として航空便使用を避け、鉄道を利用するよう要請した。

が、開会式当日の7月26日に混乱が起こった。フランスの高速鉄道TGVの送電施設に放火される事件が起きたのだ。幸い3日間で全面復旧したが、交通手段は気候戦略で需要なカギを握っていたため、組織委員会に緊張が走ったが、犯人は捕まっていない。

パリ協定は、産業革命以前の平均と比較して地球の気温上昇を1.5℃に抑え、遅くとも2050年までに世界全体でCO2排出量ネットゼロを達成するために、排出量を大幅に削減することを求めている。

確かに温暖化対策は、五輪開催には避けて通れないものになっている一方で、選手たちの意識がそこまで追いついてない現実もある。選手にとって厳しい五輪になった理由は、組織委員会の発信力の不足によるところも大きい。

そもそも炭素クレジットの仕組みは一般人にわかりにくく、削減目標値を持たすための数字のマジックで、科学的にCO2排出削減を不明瞭なものにしているとの批判もある。

ロス五輪に向けた課題

IOCの懸念は、温暖化対策の縛りにより、開催を希望する国や都市が減少する可能性があることだ。フランスはパリ五輪・パラリンピックを気候戦略の試金石にしたいと考えているが、十分な検証が必要だろう。

一方で、五輪の最大の効果とされる世界最高峰のアスリートたちの競演が与える高揚感や一体感、プラス思考が失われれば元も子もない。実際、多くのフランスのメディアは、組織委員会が想定した以上の高揚感を国民が味わったことに触れ、五輪パワーを再認識したと報じ、フランスのマクロン大統領も満足を表明している。

フランスのクーベルタン男爵が夢見た近代五輪は、スポーツと教育が大きな柱であり、スポーツを通じて人類の共存、平和を追求するものであり、環境問題は19世紀末には問題視されていなかった。五輪が持続可能な発展をしていくために、ロス五輪に向けては包括的な新たな方向性が求められている。

(安部 雅延 : 国際ジャーナリスト(フランス在住))

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