東武日光線「板倉東洋大前から栃木」に何がある?

新大平下駅

特急が各駅停車を追い抜く新大平下駅。日立の工場が駅前に広がる(撮影:鼠入昌史)

東武鉄道の電車はやっぱり北関東を走ってこそだと思っている。

もちろん、東武東上線にしろ東武スカイツリーラインにしろ、通勤路線として八面六臂なのは東京都内から埼玉県内にかけて。列車の運転本数もこのエリアが圧倒的に多い。日本を代表する私鉄通勤路線といっていい。

北関東らしい沿線風景

しかし、である。東武の電車に乗っていて、いちばん楽しいのは北関東、すなわち群馬県・栃木県に入ってからだ(ちなみに茨城県内は走っていません)。

【写真】学生の姿が消えた板倉東洋大前から、新幹線のような立派な高架にある栃木まで、変化に富んだ東武日光線の“途中駅”の様子(29枚)

利根川を渡ると、車窓はあきらかに一変する。それまでも埼玉県北部ともなれば田園地帯が目立つけれど、やはり何かが違うのだ。

わかりやすい言葉にするには悩ましいが、東京的な要素がだいぶそぎ落とされてきて、駅の周りには小さくも魅力あふれる町が広がる。そんな印象を持っている。

東武スカイツリーラインからの電車に乗って、南栗橋駅で向かいのホームの東武宇都宮行きや東武日光行きの各駅停車に乗り継ぐ。それでもしばらくは栗橋駅や新古河駅など、走っているのは埼玉県内。近くに埼玉・群馬・栃木の三県境がある柳生駅を出て少し走ると、群馬県は邑楽郡板倉町の板倉東洋大前駅に到着する。

板倉東洋大前駅は、1997年に開業した。東武日光線では最も新しい駅だ。その名の通り、東洋大学のキャンパスの最寄り駅、ということで開業している。

だから、駅を降りたら駅前には学生さんがいっぱいのはず……。ところが、日中は立派な橋上駅舎に鳩が飛び交うばかりで、駅前も人の気配は少ない。

板倉東洋大前駅

いくらか都会的で広々とした橋上駅舎を持つ板倉東洋大前駅(撮影:鼠入昌史)

西口は駅前広場からまっすぐ大通りが延びて、その周囲には整然としたニュータウン。駅前広場の脇にはフレッセイという商業施設があるが、大きな駐車場を持っていてクルマで来る人が多いようだ。反対の東口は、駅前に小さな川が流れ、その先は高台に。高台の向こうは渡良瀬遊水地、谷中湖だ。で、肝心要の学生さんは……。

学生の姿はどこに…?

「実は、東洋大が今年春に移転してしまったんです。以前は朝から夕方まで学生さんの姿がありました。板倉東洋大前駅をご利用のお客さまの多くが学生さんでしたから……」

東武栃木駅管区長で、栃木駅の駅長もかねる福田真道さんが教えてくれた。そういうわけならば、駅の周りに学生さんの姿を見かけないのも納得である。ところが、時刻表を見てみると、この駅にはいまも1日に上りと下りで1本ずつ、特急が止まるのだ。これはどういうことなのか。

福田真道東武栃木駅長

福田真道東武栃木駅管区長。駅名標は「いちご王国」ライン仕様だ(撮影:鼠入昌史)

「沿線にゴルフ場があるものですから、そのために朝の下りと夕方の上りの特急が停まるようになっています。駅前からは、東武藤が丘カントリー倶楽部の連絡バスも出ています。特急を使って板倉東洋大前駅で降りて、東武のゴルフ場でラウンドしていただければ、東武尽くし、ということですね(笑)」(福田管区長)

板倉東洋大前駅 西口

板倉東洋大前駅の西口。まっすぐ延びる目抜き通り沿いにはニュータウン(撮影:鼠入昌史)

板倉東洋大前駅を出ると、ほどなく県境を跨いで今度は栃木県に入る。栃木県で最初の駅は、栃木県栃木市の藤岡駅。柳生駅から2駅続けて所在する県が変わるのはほかに例があるのかどうか。いずれにしても、めちゃくちゃ珍しそうだ。

といっても、群馬県と栃木県はどちらも北関東。劇的に車窓風景が変わるわけもなく、ぼんやり外を眺めていたら、いつのまにかに藤岡駅に到着した。

いかにも「北関東の小駅」

藤岡駅は、まさに北関東の小駅らしい駅だ。小ぶりな駅舎が東側にだけあって、島式ホームとの間は線路の下の地下通路で結ばれる。

駅舎に面したところにも使われていないレールが敷かれているのは、昔の名残だろうか。いまは栃木市に合併されたが、かつては藤岡町の玄関口だった。

「いまは駅前ロータリーの整備をしています。あとは、少し離れたところに渡良瀬遊水地のビジターセンター、ハートランド城があります。渡良瀬遊水地は柳生駅付近から藤岡駅付近までずっと線路の東側に広がっているので、訪れる方は目的地に応じた駅で降りられます」(福田管区長)

東武日光線 藤岡駅

藤岡駅の駅前広場は目下整備中。どんな形に生まれ変わるのだろうか(撮影:鼠入昌史)

駅の周りを少し歩くと、細い路地が入り組んだ古い住宅地の町並みが続く。駅前から駅の南側のお寺方面に向かって、犬走りのような細い道も延びている。その脇にはお寺境内のお墓。いまは一介の小駅でも、刻んできた町の歴史が立ちこめる。こうした場所に出会えることも、北関東の東武の旅の魅力なのだ。

東武日光線 藤岡駅周辺

細い道が入り組む藤岡の町。立派なお寺も駅のすぐ脇に(撮影:鼠入昌史)

藤岡駅から渡良瀬川を渡って北に進むと、次の駅は静和駅。東側にだけ木造駅舎を持つ、これまた昔ながらの小さな駅だ。ほとんどが橋上駅舎になっている埼玉・東京の駅と比べると、まだまだ昔風情が残っているのも北関東ならでは。そして、駅前にも昔ながらの自転車預かり所があって、細めの駅前通りを進むと古い商店街の名残が見られる。

渡良瀬川を渡った先に

「静和駅は、開業した当時は東武和泉という駅名だったようです。ただ、すぐに地名にあわせて静和に改めています。地域としては岩舟地区で、観光スポットもいくつかあるのですが、どちらかというとJRの岩舟駅に近いので、静和駅から、という方は少ない印象です」(福田管区長)

静和駅の構造は藤岡駅とそっくりで、駅舎と島式ホームは地下通路で結ばれている。地下通路を歩くほんの短い時間は夏の暑さが和らぐひとときの清涼。駅舎側には使われていないホームが残っているが、これはかつての貨物ホームの跡だとか。

静和駅の駅舎

静和駅の駅舎は西口だけ。古い木造駅舎だ(撮影:鼠入昌史)

静和駅前 自転車預かり所

静和駅前には自転車預かり所。手書きの看板が味わい深い(撮影:鼠入昌史)

静和駅から田園地帯を抜けると、再び市街地の中に入って新大平下駅へ。“新”と付くことからわかるとおり、大平下という駅もある。そちらはJR両毛線の駅で、両者は歩いて15分ほどの距離。ただ、新大平下・大平下間で乗り換えるお客はほとんどいないとか。そりゃあ、どちらも乗り入れる栃木駅が隣にありますからね。

新大平下駅東口

新大平下駅東口。駅のすぐ前に日立の工場が広がる(撮影:鼠入昌史)

さて、新大平下駅だが、こちらはこれまでの駅とは少し違った雰囲気を持っている。というのも、駅の東側には日立系列の巨大な工場があるのだ。だから出入り口は東口と西口それぞれに設けられているし、跨線橋の幅も広い。

駅舎は小ぶりだが広い構内

日立の工場がある東側には、駅舎の脇にスーパーマーケット。その南側には住宅地が広がる。西口も基本的には住宅地だ。その中にちらほらと飲食店があるのは、やはり工場があるからか。

「新大平下駅は太平山の登山口のスタート地点にもなっているので、行楽で来られる方もいるんです。特急の追い抜きが行われる駅でもあるので、2面4線で広い構内を持っているのも特徴です」(福田管区長)

新大平下駅

上り方の踏切から新大平下駅を見る。小駅とは言い難い広い構内だ(撮影:鼠入昌史)

そして、福田管区長が預かる栃木駅の管内で最後の駅が、栃木駅。新大平下駅を出てからしばらくは田園地帯を駆け、左側にJR両毛線の線路が見えてきたあたりから高架に駆け上る。高架上でJR両毛線とホームを並べるのが栃木駅だ。駅名標にはイチゴがあしらわれていた。

東武日光線 栃木駅

新栃木方面から栃木駅にやってくる東武日光線の電車。立派な高架は新幹線のよう(撮影:鼠入昌史)

「栃木駅は、とにかく学生さんの駅ですね。埼玉県方面から県境を越えて通われる方もいますし、朝の通学時間帯にはかなりの学生さんでにぎわいます。國學院大學栃木への通学バスも駅前から出ていて、ほかにも県立高校がいくつもあって、各方面から毎朝たくさんの学生さんが栃木駅にやってきますね」(福田管区長)

栃木駅高架下の自由通路

イチゴのフラッグが出迎える栃木駅高架下の自由通路。奥にJR両毛線の改札(撮影:鼠入昌史)

ちなみに、JR両毛線の駅でもあるから、乗り換えるお客も多いのでは?と思ったら、意外とそうでもないらしい。

「乗り換えのお客さまは、あしかがフラワーパークに行かれる行楽の方などが中心ですね。栃木も蔵の町ということで、歩いて見るとなかなかいいところなんですよ。巴波(うずま)川には遊覧船も運行しています。2年に1回、大きな山車が出る『とちぎ秋まつり』もあって、これはなかなかの人出になるのだとか。今年はそのお祭りの年で、私も楽しみにしています」(福田管区長)

地元愛にあふれている

福田管区長は、昨年秋に坂戸駅から異動してきた。栃木駅にやってきて感じたこととは……。

「こちらの町の方々は、地元への愛が強いですよね。なんとか町を盛り上げようという熱意もすごい。私もJRさんと一緒になって、できることは協力したいと思っています。入館無料の『岩下の新生姜ミュージアム』を訪れる人も多いです。出てくるときにはテーマソングが頭から離れない。自然と口ずさんでしまうんです(笑)」(福田管区長)

栃木駅はもちろん特急の停車駅。古くは舟運で栄えた歴史を持ち、明治初期の一時期には県庁が置かれていたこともある。そんな歴史を感じることのできる町歩き。東武日光線の観光というと、どうしても日光のイメージが強い。

が、その途中にもこうした魅力的な町がある。ほかの小さな駅ともども、個性と奥深さを兼ね備えた北関東の駅めぐり。なかなか悪いものではなさそうだ。

(鼠入 昌史 : ライター)

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