佐賀に新大学は必要?「県内進学率16%」の危機感

2026年に開校予定「武雄アジア大学」の完成予想図(写真:学校法人旭学園)

「定員充足率や赤字、偏差値でしか地方大学を見られないというのはどうかと思います」

こう語るのは、佐賀女子短期大学長(学校法人旭学園)の今村正治氏。同氏は、2000年開学の大分県別府市の立命館アジア太平洋大学(APU)設立に大きくかかわり、その後、出口治明学長のもとで副学長をつとめた。

旭学園は2026年4月に、佐賀県武雄市で新たな大学「武雄アジア大学(仮称)」の設立を目指している。佐賀県の西部にある武雄市は人口約5万人で減少傾向にあるが、2022年に西九州新幹線が開業して武雄温泉などへの観光客が増え、経済効果が期待されている自治体だ。

佐賀県民にとって大学進学=県外

武雄アジア大学の新設に対しては、案が浮上した当初から「少子化・人口減少の中、学生は集まるのか」と反対する声がある。佐賀県の大学進学率は43.6%で全国45位とワーストファイブ。年間の大学進学者約3400人のうち、3000人が県外の大学に入学している。

武雄アジア大学は定員140人を想定しており、前出の今村氏は「3000人が流出していると考えれば、県内だけで学生が集まる可能性はある」と反論する。そして「佐賀県の大きな問題点は、県内進学率の異常な低さ」と指摘する。長崎県と佐賀県の大学進学率はほぼ同じながら、県内大学進学率は長崎の約45%に比べて佐賀県は約16%にとどまるという。

佐賀県民にとって大学進学=県外という構図であり、県外に行けない若者が進学を諦めてきたケースも想定される。佐賀では4年制大学は2校、短期大学は3校あるが、うち短大1校は2024年に募集停止を発表した。県内大学進学率のさらなる低下が懸念されることもあり、県も2028年に佐賀県立大学の設置に取り組んでいる。

2026年の新設を目指す武雄アジア大学の総事業費は約36億円。うち武雄市が施設の整備費用など約13億円を支援し、佐賀県が6億円余りの財政支援を行う。残りの約16億円については旭学園が負担する。そして大学建設予定地の土地も武雄市から2030年まで無償提供される。大学新設について武雄市の小松政市長は「インパクトは大きい」と期待感を示す。

武雄市の小松政市長は、新大学で地域産業の活性化にも期待する

「この少子化の時代、大学ができて定住人口が増えることは、人口減少への歯止めとなる。大学は毎年学生が入ってくる“年をとらない組織”だから、若い人たちが一定のボリュームで住み続けるのは、地方自治体にとってインパクトは大きい」と語る。

さらに小松市長は、地域産業の活性化にも期待を寄せる。「新大学では、国際的視野を持った“地域人材”の育成を目指している。卒業生が地元に就職することで、地域産業の活性化も期待できる。大学進学で県外に出ていく子どもや、学びたくても経済的理由で進学を断念する子どもに対して、教育の機会をしっかりと用意することができる」と強調する。

日本初の韓国エンタメ専攻コース

武雄アジア大学では東アジア地域共創学部を設置し、「韓国・メディアコンテンツ」「観光力・地域マネジメント」の2つのコースを設ける方針だ。

日本初となる韓国エンターテインメント・K-POPカルチャーを専攻するコースでは、エンタメを国の主力産業まで高めた韓国の取り組みを、日韓の比較も含めて学問的に学ぶ。

そして佐賀では初となる、地域経営のリーダーを育てることを目的にした観光力・地域マネジメントのコースも設置する。「佐賀や九州にあるものを、アジアに向けて高付加価値化して流通できる人材や、インバウンドでアジアから人々を引き込む人材を育てたい。県内はもちろん、県外からも学生が集まる魅力あるコンテンツを具体化していきたい」(今村氏)。

大学の地域貢献について今村氏は「地元への就職以前に、飲食店に行くと『アルバイトをしてくれる学生を待っていますよ』とよく声をかけられる」と笑う。そして「武雄アジア大学は座学中心の大学ではなく、地域に貢献し協働する大学。学生が地域に行き、東アジアにも出向き、各地の問題解決を一緒に考える。本当にアクティブな人間力を育成する大学にしたい」と語る。

とはいえ県民の目は依然厳しく「大学だったら長崎や福岡に行けば十分じゃないか」という声は根強い。全国の大学の過半数、短大は9割が定員割れの状態だ。今村氏は「この実態は個別大学の努力限界を超えていないだろうか? 大学に原因を求め、経営に欠陥があるみたいな決めつけ方はいかがなものか」と問題視する。

地方大学が淘汰されて起きること

定員割れだと「誰でも入れる大学」「Fラン(入学者の基礎学力が十分ではない偏差値の低い大学を称する)」などと揶揄する声もある。今村氏は、経営努力や教育改革が必須であることを前提にしつつ「本当に人口減少、少子化だからといって、地方の大学は淘汰されて消えてなくなってもいいのだろうか」と語る。

佐賀女子短期大学の今村正治学長は、立命館アジア太平洋大学の元副学長として同大学の立ち上げにも深く関わった(記者撮影)

今村氏が学長を務める佐賀女子短期大学では、就職率が100%、うち地元就職率が79%となっている。卒業生の進路は、介護福祉士や保育士、幼稚園教諭、養護教諭、小学校教員のほか、企業に就職する学生もいる。介護福祉士の大半は、留学生となっている。

「彼女たちがいなくなったら、皆さんの老後は大丈夫ですか? 保育士が確保できないために保育園を閉園することも起こりうる。大学が果たしてきた役割を評価せず、定員充足率や経営状況、偏差値といった視点でしか見られないのはいかがなものか」(今村氏)

そのうえで「高等教育を卒業した人たちが地方で活躍をすることこそが、地方創生にとって大事」と続ける。

少子化で大学経営が厳しくなる中、文部科学省は大学新設や学部増設に対し「原則抑制」で設置基準をより厳格にしている。以前に立命館アジア太平洋大学の新設に関わった今村氏は「当時と比べものにならないくらい厳しい」という。

「学生確保の見通しについて示すために高校生にアンケートを実施し、『第一志望として受験するか』という数がどれくらいかということが重視されている。無名の大学にとっては極めて厳しいハードルだが、やらなければならない」(今村氏)

地方大学の多くが小規模の私立

大学開校に向けて武雄市は、これから受け入れ準備を加速する。小松市長は「地方創生に即つながるわけではない」としながらも、「“まちは大学とともにあり、大学はまちとともにある”という発想が大切」と語る。

「まずは、市民に新大学について理解を深めてもらえるよう対話を続けていく。開学後に学生が地域の文化や産業に関心を持って学べるように、企業や地域などに主体的に大学に関わってもらえるように、産業や地域住民と大学をつなぐ役割を果たしていきたい」(小松市長)

地方大学というと国立大学やマンモス私立大学にフォーカスされがちだが、実際は小規模の私立大学が圧倒的に多い。人口減少と少子化の中、学生募集に取り組んでいるのが実情だ。今村氏は「地方大学への見方はやはり厳しいが、県内でも大学や就職先を選べる、当たり前の選択肢を作りたい」と意気込む。

新たな地方大学創設を「定員割れ」「赤字」「Fラン」で無用とみるか、それとも地方創生の人材育成の場とみるか。多くの期待と課題を背負いながら、佐賀で新大学設立の準備が着々と進んでいる。

(鈴木 款 : 教育アナリスト)

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