「東大理系卒で金融業界」の僕らが小説を書いた訳

東京大学卒業、理系、金融業界経験者――これらが「2024年に小説で大きな賞を受賞した2人の共通点」だといえば、意外な気がしないだろうか。
その1人が、「読者が選ぶビジネス書グランプリ2024」で総合グランプリとリベラルアーツ部門賞をダブル受賞した『きみのお金は誰のため』の著者、田内学氏。もう1人が2024年・第22回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞した『ファラオの密室』(宝島社)の著者、白川尚史氏だ。
そんな2人が、金融や小説、日本社会について対談。後編では、2人が小説を書くに至った「真逆の動機」について、それぞれの思いを語る。

田内学(以下、田内):すごく興味があるのですが、白川さんはなぜ、小説を書いたのでしょうか。白川さんも情報系の学科の出身ですよね? 僕も電子情報の勉強をしていたのですが、白川さんは学生のころから小説を書いていたのですか?

白川尚史(以下、白川):いや、そのころは全然書いてなくて、書き始めたのは2020年の末頃ですね。

田内:実は、私もその時期に、本を書こうかと考え始めたので、重なりますね、偶然ですが。

白川:今回、田内さんと対談させていただく機会をいただき、ぜひお伺いしたいと思ったことがありまして。その1つが、いろいろなメディアがある中でなぜ、小説を選ばれたのかということです。

金融の世界にいて抱えた「モヤっとした思い」

田内:とっつきにくい経済の話を、多くの人に知ってもらいたいと思ったんです。少し話が遡りますが、2009年、ギリシャの財政危機が発覚したことに端を発したギリシャ危機が起こりました。そのときにテレビでとある経済学者の方が――財務省出身の方なのですが――数年以内に、日本も財政破綻するという話をされていて、耳を疑ったことがあります。

僕は当時外資系の証券会社に勤めていて、日本国債を取引していたのですが、彼の説明は明らかに間違っていて、無駄に不安を煽っていたんです。

田内 学(たうち・まなぶ)/社会的金融教育家。お金の向こう研究所代表。2003年ゴールドマン・サックス証券入社。日本国債、円金利デリバティブなどの取引に従事。19年に退職後、執筆活動を始める。著書に『お金のむこうに人がいる』など(撮影・今井康一)

それ以来、金融の話というのは、金融以外の世界にいる人たちには伝わりにくいのだという「モヤっとした思い」を抱いたのです。

後に知り合った佐渡島さんという編集者にその話をしたら、「田内さんの知っている金融の話をわかりやすく言語化して本にすればいい。内容が正しいのであれば、安倍さん(注:安倍晋三、当時の総理大臣)にでも伝わりますよ」と言われました。

その話を信じて、1冊目の本(『お金のむこうに人がいる』ダイヤモンド社)はできるかぎりわかりやすくするよう注力して書いたところ、実際に安倍さんの勉強会に呼ばれることになったんです。

田内:その際は、財政問題のほかに、少子化対策なんかのお話もしたのですが、そこでわかったのが、政治家というのは票が取れなかったらただの人だということです。

きみのお金は誰のため: ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」【読者が選ぶビジネス書グランプリ2024 総合グランプリ「第1位」受賞作】

どういうことかというと、仮に「この政策が大事だ」と思っても、国民の理解がないと、政治家はその政策を優先的に進めることができないのです。

では、政策でどうにかしてもらうことを期待するのではなく、国民全体が問題意識を共有して、その問題を解決する方向に進めるにはどうしたらいいだろうか、それを考えることが大事だなと思ったのです。

だったら、わかりやすさや取っつきやすさを強調した形にして、多くの人に届けたいと思い、小説という形を選んだわけです。

「パーキンソンの凡俗法則」の示唆

白川:なるほど。その狙いがまさに大当たりして、20万部を突破したということですね。

田内:それだけが理由だとは思わないのですが、大きくなりすぎてしまった社会に、当事者意識をもってほしいというのは、今でも思っています。ですので、たくさんの人に手に取ってもらえたのは素直に良かったと感じています。

白川:この間、Wikipediaで「パーキンソンの凡俗法則」という項目を見つけました。それによると、人は大事なことではなく、些細なことについて議論をしたり、時間を取りたがる傾向があるらしいのです。

例えば、原子力発電所の立地場所より、駐輪場の場所を決める議論に積極的に参加したがる、といったことが例に挙げられています。

どう考えても発電所の場所のほうが大事なのですが、「それって、難しいし、専門家が考えることでしょ」と、自分事としてとらえない傾向があるらしいのです。

逆に自分もよく知る駐輪場ができるとなると、場所とか屋根の材質とか自転車が何台置けるとかが気になって、口を出したがる人がたくさん出てくる。

白川尚史(しらかわ・なおふみ)/作家、マネックスグループ取締役兼執行役。東京大学在学中に松尾研究室に所属し、機械学習を学ぶ。2012年にAppReSearch(現PKSHA Technology)を設立、代表取締役に就任。2020年に退任し、2022年から現職。著書の『ファラオの密室』(宝島社)が第22回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞(撮影:今井康一)

白川:つまり、人は、その議題の重要性ではなく、自分が詳しいと思えるかどうかで議論に積極的に参加するかを決め、逆によくわからないことは、専門家に任せようとなってしまう傾向があるということです。正しくない意見を言うのが嫌だったり、そのせいで恥ずかしい思いをするのを避けたりするように、意識が働くのでしょうね。

この法則が正しいとすると、「経済ってこうだよね」と経済のことを自分も知っていると思う人が増えれば増えるほど、興味を持って議論に参加する人が増えますよね。だから、田内さんの活動は社会にとってすごく価値のあることだと、お話を伺いながら感じていました。

田内:『きみのお金は誰のため』を書きあげたときには、自分なりに理系の割にはがんばったぞと思ったのですが、似たような経歴をもった白川さんが『このミステリーがすごい!』で大賞をとったという話を知って、心底凄いなと思いました。

白川:別に私は田内さんのような高尚な問題意識を持っていたわけではなく、単に小説が好きで書きたいなというのがスタートでした。自分の場合、実は人生でもっともやりたいと思っていたのが、小説を書くことだったんですよ。

「やらずにいられない」から書いている

田内:ちなみにどんな小説がお好きなんですか?

白川:ハードボイルドが好きですね。もちろんミステリーも好きですけど、ハードボイルドって歴史上、ミステリーに位置づけられることが多いのですね。例えばレイモンド・チャンドラーの『長いお別れ』とか、日本だと大沢在昌さんの『新宿鮫』などが有名です。

ハードボイルドって、基本、主人公が報われないことをやったりするのです。自分自身の生きざまを通すために、利得とかを全然考えることなく、合理的な経済人とはかけ離れたことをしたりする。そういうのを、すごく格好よく感じるのです。

【2024年・第22回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作】ファラオの密室 (『このミス』大賞シリーズ)

自分がどうありたいかが大事で、数字で測るみたいなことはしない。別の人ならまったく違うことをするかもしれないけれど、でも自分は自分だからこうするみたいなスタンスがすごく大事だと、ハードボイルドを読むと感じるのです。

本を1冊書くのって大変じゃないですか。小説1本書くだけで、数百時間かかるし。そんなに大変なことだから、本を書くことって、やる必要がなければやらないことだと思うんですよ。

じゃあ、なんでやるのか問われたら、答えは「やらずにはいられないくらいやりたいことだから」以外はないと自分は思っています。

一方、私はマネックスグループの取締役兼執行役も務めていますが、会社の経営に携わるのって、株主に選ばれてなるものであって、やりたいからやるという論理が通る世界じゃないじゃないですか。

取締役に選んでいただいたなら、その責務を果たすのは当然です。その責務を果たしつつも、これからも小説は書いていきたいと思っています。

前編:若者に教えたい「資産形成より大事な金融の本質」

(構成:小関敦之)

(田内 学 : お金の向こう研究所代表・社会的金融教育家)
(白川 尚史 : 作家、マネックスグループ取締役兼執行役)

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