若者に教えたい「資産形成より大事な金融の本質」

東京大学卒業、理系、金融業界経験者――これらが「2024年に小説で大きな賞を受賞した2人の共通点」だといえば、意外な気がしないだろうか。
その1人が、「読者が選ぶビジネス書グランプリ2024」で総合グランプリとリベラルアーツ部門賞をダブル受賞した『きみのお金は誰のため』の著者、田内学氏。もう1人が2024年・第22回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞した『ファラオの密室』(宝島社)の著者、白川尚史氏だ。
そんな2人が、金融や小説、日本社会について対談。前編では、現在の資産形成ブームや金融教育の問題点について、白熱した議論をお送りする。

田内学(以下、田内):今年は新NISAの開始や、日経平均株価が35年ぶりに最高値を更新して一気に4万円台をつけるなど、投資を後押しする出来事がいろいろありました。投資ブームが日本で久々に熱を帯びています。

でも実は、僕はこの件に関してすごく強い問題意識を持っているのです。

白川尚史(以下、白川):問題意識というと、どういうことでしょうか。

田内:確かに株は上がっていますが、それは単純に、株が買われているから値段が上がっているだけです。そのことが僕たちの豊かさにつながっているか、僕は懐疑的に見ています。

一方で預貯金ゼロの人もいっぱいいて、その数はここ数年、さらに増えているという話を耳にします。こんな状況で投資を勧めても、預金ゼロの人はお金を増やせないので、結果として貧富の差は広がる一方です。

金融というものは、そもそもお金を融通することなので、みんながお金の出し手にまわっても、何も起きませんよね。実際に世の中を便利にしようとか、より良くするためにチャレンジする人がいなければ、世の中が良くなることは決してありません。

エンジェル投資は「若者の熱意」への投資

白川尚史(しらかわ・なおふみ)/作家、マネックスグループ取締役兼執行役。東京大学在学中に松尾研究室に所属し、機械学習を学ぶ。2012年にAppReSearch(現PKSHA Technology)を設立、代表取締役に就任。2020年に退任し、2022年から現職。著書の『ファラオの密室』(宝島社)が第22回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞(撮影:今井康一)

白川:私自身、起業経験があり、エンジェル投資もやっているので、田内さんの気持ちはすごくわかります。

私の場合、将来投資したお金が何倍にもなって返ってくるという期待感をもって投資をしているのではなく、これから起業しようとしている若者の熱量に対して資金提供をしています。

実際、彼らは「自分たちが未来を創る」という意識をすごく強く持っているように感じます。ただそういう人たちが、短期的にお金が足りていないので、そこに資金を提供するというスタンスでやっています。

つまり、いま彼らに資金さえあれば、彼らがアクセルを踏めるようになり、より早く、より良い未来が実現できる。そのためにエンジェルは存在すべきだと考えているのです。

田内:生活を豊かにしたいと考えたときに、その方法は2つあると僕は考えています。1つはお金を増やして、そのお金で生活を豊かにする物やサービスを手に入れる方法。もう1つは、生活の不便さを自ら解決するために頑張ろうという方法です。

きみのお金は誰のため: ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」【読者が選ぶビジネス書グランプリ2024 総合グランプリ「第1位」受賞作】

前者の人ばかりが存在しても、生活は豊かになりません。後者の人がいるから、新しい物やサービスが生み出されるわけです。僕らがいま、スマホを使って便利な生活ができるのは、お金があるからではなくて、スマホを開発してくれた人がいるからです。

今、日本ではあわてて金融教育を始めていますが、現在の教育だと前者ばかりが増えてしまうのではないかと懸念しています。実際には、投資を受けた人や会社が世の中を便利にしていこうと考えて、新しくチャレンジしていくことが増えないと、世の中は成長していきません。

僕自身そういう、世の中をより豊かに、便利にするように働きかけるフィールドで働いてきたわけではないので、自戒の念でもあるのですけれど。

教育の内容が資産形成の話に偏っている

白川:もちろん投資される側の人たちの働きがあってこそ、初めて世の中が豊かになっていくんだということが前提にないといけないとは私も思います。ものごとの表層だけをとらえても意味ないですものね。

一方で、資産形成をするために投資をすることに関しては、私自身は別にそれもいいんじゃないかと思っています。

田内:最近、高校でも金融教育が始まっていて、銀行とか証券会社の人たちが、自分たちが教えますといって教育現場に入ってきているのですけれど……かなり内容が資産形成の話に偏っているんですよね。

資産形成について教えること自体は否定しませんが、投資っていうものが「お金を増やす手段だ」ということに特化して教えられてしまっているのではないかと危惧しています。

白川:私は、教育などを通じてもっと気軽に投資に触れられる機会が増えたらいいのではないかと思っています。小さな成功をしたり、小さな失敗をしたり、そういった経験をすることって、新しいことを始めるには不可欠でしょう?

【2024年・第22回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作】ファラオの密室 (『このミス』大賞シリーズ)

例えば、私自身、4~5年前にスノーボードを生まれて初めてやってみたのですが、はじめは全然滑れなくて、とんでもない頭の打ち方をしたりして、「二度と滑りたくない」と思った経験があります。

スキーにしても、生まれて初めて板をはいた人が、いきなりジャンプ台から滑り降りたりはしません。もちろん、100万人に1人くらいの確率で、いきなりすごく飛べちゃう人もいるかもしれませんが、多くの人は少しずつ練習して、段階的に難しいコースに挑むでしょう。

投資においても、リスクを正しく捉えることはとても重要です。

まず”雪に慣れること”が重要

田内:なるほど。

白川:いまは「利益が1000万円を突破しました」というような自慢話を知り合いから聞いたり、ネットで見たり、「日経平均、史上最高値更新!」といったニュースに触発されたりして、「自分もやってみたい」という気になった人も少なくないのではないかと想像します。

ですが、仮に最初はうまくいっても、それが長続きするとは限りません。とくに、情報の不足や、ニュースに踊らされて、自分が取れる以上のリスクを取ってしまうことは避けるべきです。

スキーやスノボでは、まず雪に慣れることが重要です。そのためには、スキー場に行く回数を増やすことが重要なのは自明でしょう。投資についても、正しくリスクを把握するために、まずは投資という行為への接触量を増やすことが大切なのではないでしょうか。

投資に関しては、「選択的注意」の問題もあります。洪水のように情報が溢れる今日において、自分が何を気にして生きているかによって耳に入ってくる情報が変わってくるので、長く投資に触れれば触れるほど、いろいろな情報が手に入るわけです。

そういう人が増えるような教育に、学校での金融教育もなってほしいなとは思っています。

田内 学(たうち・まなぶ)/社会的金融教育家。お金の向こう研究所代表。2003年ゴールドマン・サックス証券入社。日本国債、円金利デリバティブなどの取引に従事。19年に退職後、執筆活動を始める。著書に『お金のむこうに人がいる』など(撮影・今井康一)

田内:先日、美大の学生さんたちの話を聞いて、少し考えさせられました。

彼らが作品を作るのには、結構なお金がかかるらしいのです。そして、そのお金を貯めるためにはバイトをしなくてはいけないので、絵を描くことに集中できないという、なんとも本末転倒な事態になってしまっているという話だったのです。

そんな彼らに資産形成を教えるのは、「バイトで貯めたお金を投資で増やすにはどうしたらいいか」「増やせたら夢が早く実現できる」という短絡的なマインドを助長するだけなのではないかと心配になりました。

彼らに教えてあげるべきことは、自分が「投資される側」になることではないでしょうか。

例えば、クラウドファンディングで「自分はこういうことをやりたいと思っているから、お金を出してください」とか。日本ではまだクリエーターが投資を受ける例はあまりないかもしれないけれど、働いて貯めたお金を投資で増やすのではなく、必要なお金は初めから投資してもらったり、借りたりしたらいい。

そもそも金融とは、お金を融通するという意味です。そのために金融っていうものがあるんだってことを知らない人が、意外と多かったりするんですよ。

「借金は悪いもの」という勘違い

白川:世の中がよりよくなるためには、投資を受けた若い人たちが活躍できる機会は不可欠ですからね。そういうチャレンジをしてくれる人がどんどん増えてほしいとは思います。

田内:とくに、「借金は悪いもの」と思い込んでいる人が多くて、大学に入っても、せっかくそこでいろいろと学べるのに、勉強そっちのけで奨学金返済のためにバイトに明け暮れてしまったりする。実にもったいないと感じました。

そういう意味で、自分がお金を借りたり、融通してもらう側になって、そのうえで何を実現したいか。お金を増やすための金融教育とは別に、お金は目的なのではなくて手段でしかないと、しっかり教えてあげなくていけないと改めて思いました。

後編:「東大理系卒で金融業界」の僕らが小説を書いた訳

(構成:小関敦之)

(田内 学 : お金の向こう研究所代表・社会的金融教育家)
(白川 尚史 : 作家、マネックスグループ取締役兼執行役)

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