「開かずの踏切」いつ解消?南武線高架化計画の今
東西に延びる「横方向」の路線が多い東京郊外で、貴重な「縦糸」の路線がJR南武線。多摩地区の交通の要衝である立川駅(東京都立川市)と、神奈川県川崎市の玄関口である川崎駅を結ぶ全長35.5kmの路線だ。
同線は、立川駅で中央線・青梅線と多摩都市モノレール、川崎駅では東海道線・京浜東北線に接続。途中駅でも京王線、武蔵野線、京王相模原線、小田急線、東急田園都市線、東急東横線、JR横須賀線・湘南新宿ラインなど数多くの路線に乗り換えられる利便性の高さから、終日利用者が多い。
開いてはすぐ閉まる踏切
一方で課題も少なくない。1つは混雑だ。電車が東京近郊のJR線としては珍しく短い6両編成ということもあり、コロナ前の2018年度の混雑率は埼京線や東急田園都市線、中央線快速などを上回る184%だった。ただ、コロナ禍を経た働き方の変化などで2022年度は130%まで下がっている。
そして、もう1つは「踏切」だ。南武線はすでに尻手駅付近、武蔵小杉―武蔵溝ノ口間、稲田堤―府中本町間が高架化されているが、いわゆる「開かずの踏切」など、国土交通省が指定する「緊急に対策が必要な踏切」は同省のデータによると全線で27カ所ある。このうち、ピーク時の遮断時間が40分以上の「開かずの踏切」は14カ所だ。
そんな中、長年課題となってきた川崎市内約4.5kmの立体交差化がいよいよ進み始めた。さらに、立川側でも高架化に向けた動きが進みつつある。
南武線の最混雑区間は武蔵中原―武蔵小杉間だ。平日朝ラッシュ時の7時台、武蔵小杉駅発の川崎方面行きは1時間当たり18本。反対の立川方面行きも14本ある。8時台は両方面ともさらに多い。
開かずの踏切の1つである平間駅前の踏切には「無謀横断が多発しています」「鳴ったら渡るな!」と物々しい看板が立つ。2021年に遮断時間を極力短くする「賢い踏切」を導入した効果か、列車本数の多い朝7時~8時台でも遮断機が長時間下りたままという状態はそれほど見られない。ただ、一旦遮断機が開いても再びすぐに警報器が鳴り始める。
歩道も狭く、踏切待ちの歩行者にとっては決して安全とはいえない。遮断機が下りる寸前にダッシュで横断する人も少なくなく、6月のある平日の朝は通りかかったパトカーに「危ないから渡らないで!やめなさい!」と注意される人の姿もあった。
ついに動き出す高架化
川崎市が進めるのは、同駅を含む武蔵小杉―矢向間約4.5kmの連続立体交差化だ。完成すると、向河原、平間、鹿島田の3駅が高架駅となり、計9カ所の踏切がなくなる。
立体交差化に向けた動きは10年以上前にさかのぼる。2007年、川崎市議会は沿線住民約5万5000人による「JR南武線未高架地域の連続立体交差化に関する請願」を全会一致で採択。2014年には市が事業化に向けた調査を開始し、2015年度に策定した「川崎市総合計画」では2018年の都市計画決定を目標として示した。その後、2018年の「総合実施計画第2期実施計画」では、2020年度の都市計画決定を目指すとした。
だが、2020年初頭からの新型コロナウイルス感染症流行により状況が変化。市は2021年1月、「今後の社会経済動向を踏まえた慎重な検討を行う時間を確保するため」として、2020年度の都市計画決定見送りを決めた。
総事業費は、2015年度の計画では約1479億円と試算されたが、さらに精査した2020年度の検討結果では約1601億円にふくらんだ。物価や労務費の高騰などが主な要因だ。そこで市は費用の削減策を検討。現在示している額は約1387億円で、約214億円圧縮した。
費用削減の大きなポイントは、高架化工事の工法変更だ。従来の案は、地上にある既存の線路の横にまず「仮線」を敷設し、電車の運行をこちらに一旦切り替えたうえで、もともとの線路があった部分に高架を建設する「仮線高架工法」と呼ばれる方式で検討していた。
これに対し、変更後の工法は仮線を造らず、既存の線路の横に1線(下り線)分の高架を造って下り線を高架線に移し、その後空いたスペースに上り線の高架を造る「別線高架工法」と呼ばれる方式だ。
仮線の建設がいらないため、コストダウンだけでなく工期の短縮も見込めるといい、事業期間は従来案が約21年だったのに対し約16年(どちらも用地取得6年目から着工する場合)に。複線のうち1線の高架切り替えによって「開かずの踏切」が解消されるまでの期間も11年から5年に短くなるという。
完成予定は2039年度
市は2024年度内に都市計画決定と事業認可を得て、用地取得に着手する予定だ。市道路整備課によると、都市計画案の公告・縦覧は5月中に終わっており、今後は都市計画審議会を経て都市計画決定に至る。市は2024年度予算で約33億3000万円を南武線連続立体交差化事業費として計上しており、市道路整備課によると大半は用地取得費に充てられるという。
その後は2029年度に下り線の高架工事を開始、2039年度には上下線の高架化完成という目標を掲げている。予定通り進めば、2033年ごろには下り線が高架に切り替わり、踏切の遮断時間は半減することになる。
全面的な完成までは約15年かかるものの、「開かずの踏切」解消へ大きな一歩を踏み出す。市道路整備課の担当者は「連続立体交差化で踏切が原因の事故や渋滞をなくし、円滑な交通を確保できるようにしたい」と話す。
一方で、高架化工事で生じる課題もある。従来案では約12mだった高架橋の高さは、別線方式だと構造上の理由で約8mになる。ここでネックとなるのが、駅とその周辺に歩行者デッキが張り巡らされている鹿島田駅だ。
同駅は線路をまたいで上に駅舎がある「橋上駅」で、駅の両側と周辺を結ぶ歩行者デッキが整備されている。だが、高架線の高さが約8mだと下にデッキを通すのは難しく、一方で高架線の上を通せば相当な高さになってしまい、現状のデッキを維持するのは難しい。市道路整備課によると、同駅は高架化後、改札口が1階(地上)になる予定のため、デッキは1階につなげる方針で検討しているという。
また、今回の立体交差化は川崎市の事業のため、横浜市内の矢向駅付近は含まれていない。合わせて高架化を求める声もあるが、横浜市道路局建設課によると「構想はあるが、今のところ事業化の動きはない」といい、「南武線の踏切を解消しても、貨物線の踏切が残るといった課題がある」と説明する。川崎市内の高架化が動き出す中、今後の動向が気になる部分だ。
立川側でも「調査中」
南武線の高架化は、これら川崎寄りの区間だけではない。立川側でも計画が進んでいる。東京都が事業主体の谷保駅―立川駅間連続立体交差化計画だ。区間は約3.7kmで、高架化する駅は矢川、西国立(ともに立川市)の2つだが、解消される踏切の数は19カ所と多い。
こちらの事業費は約960億円で、事業期間は約13年の予定。東京都建設局道路建設部によると、現在は「都市計画案の作成に向けた調査を行っている段階」で、今のところ、都市計画決定などの目標年次は定めていないという。だが、実現に向け動き出していることは確かだ。
道路の渋滞や歩行者の滞留、さらには事故の危険などから解消が求められる踏切。沿線の武蔵小杉が一躍人気の街になるなど、変化を続けてきた南武線沿線だが、「開かずの踏切」解消が進めば、沿線の姿やイメージはさらに変わっていくだろう。
(小佐野 景寿 : 東洋経済 記者)
06/14 04:30
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