日本製鉄のUSスチール買収に「中止命令」が出たら復活の可能性は?

日本製鉄<5401>によるUSスチールの買収が「風前の灯」となっている。米大統領選挙の「政争の具」として巻き込まれた格好だ。見方を変えれば仮に大統領の中止命令が出ても、選挙後に日鉄が再び買収を持ちかければ今度こそ成立する可能性もあるのではないか?

「無理筋」の合併阻止

ジョー・バイデン米大統領が今回の買収中止命令を出すと米メディアが一斉に報道して1週間が過ぎた。その準備は着々と進んでいるようだ。9月11日には日鉄の森高弘副会長兼副社長が渡米し、USスチールのデビッド・ブリット最高経営責任者(CEO)と共に対米外国投資委員会(CFIUS)を所管する財務省幹部らと面談した。

バイデン大統領は安全保障上の問題で買収に懸念を示しているが、英フィナンシャル・タイムズは米国務省や国防総省も、そうした見方に否定的だと報じており「無理筋」との見方が大勢だ。

しかし、大統領選で自らの後継者であるカマラ・ハリス副大統領とドナルド・トランプ前大統領が互いに「買収阻止」を掲げていることから、バイデン大統領としては選挙で勝たせるためには大統領令で買収を差し止めるしかないとの判断と見られる。

一方でハリス副大統領が当選すれば「無理筋」の買収阻止にこだわる必要もなくなり、トランプ前大統領は状況が変われば強硬な態度を一転して緩和することで有名だ。つまり大統領選さえ終われば、日鉄のUSスチールを政治的な思惑で妨害する必要はなくなる。

ならば大統領選後に日鉄がUSスチールの買収交渉を再開すれば、米国政府からの横やりもなく成立するのではないか?

大統領令で中止されれば、合併交渉の復活はない

慶應義塾大学の渡辺靖教授は日本記者クラブの会見でM&A Onlineの質問に対して、「CFIUS(対米外国投資委員会)が一旦勧告した件に関しては、同じ話はもう1回蒸し返さない。再度の交渉となれば、別の理由で前回の判断を変えるだけの根拠を示さなくてはいけない」との見方を示した。

仮にそれができたとしても、「ハリス氏にせよトランプ氏にせよ経済ナショナリズムの方針を掲げており、選挙が終わったとしても『USスチールを外国企業に売り渡した大統領』とのレッテルを貼られたくはない」と、大統領令で中止に追い込まれた場合は時間を置いても日鉄のUSスチール買収実現は極めて難しいと指摘した。

かつて米国車メーカー「ビッグスリー」の一角を占めていたクライスラーがドイツ、イタリアの欧州メーカーに買収された際は政治問題にはなっていない。日鉄のUSスチール買収が大統領選の影響で頓挫しかけている背景には、アジア系企業に対する人種差別的な反発はないのか?

これについて渡辺教授は「日本はロックフェラーセンタービルを買収した1990年前後とは違い、同盟国としての信頼性が高まっている。日本だからというより、外国の企業に対しての反発の側面が強い。米国繁栄の基盤でラストベルト(イリノイ州、インディアナ州、ミシガン州、オハイオ州、ペンシルバニア州などの衰退した工業地帯)の産業を象徴する企業だっただけに、買収されるとなると(米国人が)感情でしっくりこないのではないか」と否定した。

文:糸永正行編集委員

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