政府が「ドラッグロス」解消へ、実効性はあるのか?

政府が「ドラッグロス」解消に向けて動き出すと一斉に報道された。「ドラッグロス」とは欧米で実用化しているものの、国内向けの臨床試験や承認申請がされていない状況を指す。政府は医薬品審査機関を米ワシントンに置き、現地の創薬企業に日本参入を促す。その実効性は?

「日本で売る気がない医薬品」の解消を目指す政府

岸田首相は7月30日に首相官邸で国内外の大手製薬会社を招いて「創薬エコシステムサミット」を開き、「ドラッグロス」の解消に向けて動き出すと表明した。欧米で実用化されている医薬品が日本では承認されていない「ドラッグラグ」のうち、医薬品メーカーが日本での承認申請をしていない状況を「ドラッグロス」と呼ぶ。端的に言えば「日本で売る気がない医薬品」だ。

政府によると2023年時点で143品目が「ドラッグラグ」の状況にあり、うち86品目は「ドラッグロス」に該当するという。政府は2026年度までに、この86品目の医薬品について日本市場向けの臨床試験(治験)や承認申請をするよう外資系医薬品メーカーに働きかける。具体的には、国内の医薬品を承認審査する医薬品医療機器総合機構(PMDA)のワシントン事務所を開設。承認申請をしやすくし、日本市場への参入を促進する。

しかし、実効性には疑問が残る。そもそも欧米医薬品メーカーが日本市場に参入しないのは、承認申請の煩雑(はんざつ)さよりも、単純に「儲からない」からだ。問題の根幹には日本の薬価制度がある。日本の薬価は自由市場ではなく、厚生労働大臣が告示する薬価基準によって決まる仕組み。医療機関や薬局に対する実際の販売価格(市場実勢価格)を調査(薬価調査)し、その結果に基づいて算定される。

ただ、承認直後は高値なものの、それ以降は値下がりするのが通例。だから高額の開発費をかけた新薬や、投薬する患者数が少ない小児、難病向けの医薬品は、日本で販売しても儲からないので承認申請をしないケースも少なくない。

米国の主要研究開発型製薬企業とバイオテクノロジー企業で組織する「米国研究製薬工業協会(PhRMA)」は、「発売後の特許期間中から薬価が定期的に引き下げられる制度は日本特有。他の先進諸国では、特許期間中は薬価が維持される仕組みとなっている」と指摘している。そのため「現在の日本の薬価制度では、投資回収に時間がかかるため、海外では日本は投資先として不利な環境と評価されてきた」という。

国内メーカーにも「ドラッグラグ」「ドラッグロス」の動き

つまり米国に承認申請の窓口を開設したところで、現行の薬価制度を残したままでは創薬ベンチャーを含めて欧米医薬品メーカーは日本市場に深入りしないということだ。「創薬エコシステムサミット」でも、海外製薬メーカー側から「政府が過度な薬価抑制策をとる限り、日本市場の魅力は低い」との指摘があった。

日本市場に二の足を踏むのは欧米メーカーだけではない。国内医薬品大手のエーザイは「タウ」と呼ばれるたんぱく質を標的としたアルツハイマー病の新治療薬を開発中だが、2030年度をめどに米国で先行して販売する。本国である日本での発売はその後で、国内製薬会社による「ドラッグラグ」が生じることになる。薬価制度があるために新薬の投資を回収しにくいのは国内メーカーも同じ。事態は深刻だ。

製薬業界のM&Aを見ても、2024年4月に小野薬品工業がバイオ医薬品開発の米Deciphera Pharmaceuticals, Inc.(マサチューセッツ州)をTOB(株式公開買い付け)で子会社化すると発表したが、これも市場で価格が決まる欧米での販売体制強化を目指している。

このように日本の医薬品メーカーの間で、国内ではなく海外市場での事業展開を目的としたM&Aが出てきているのだ。薬価制度により高額な開発投資を補填(てん)するだけの収益が期待できない日本市場に、国内製薬会社までもが見切りをつけ始めた兆候と言える。

だが、政府としても膨れ上がる医療費を抑え込むためには、現行の薬価制度を維持する必要がある。薬価制度を根本から変革できない限り、「ドラッグロス」は加速こそすれ、解消は程遠いと言えそうだ。

文:糸永正行編集委員

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