「ベンチャーファースト:出資先企業の成長が最優先」関西電力執行役員 イノベーション推進本部 副本部長浜田誠一郎氏に聞いた
関西電力グループのCVCであるK4 Ventures(大阪市)は、2024年4月に、3号投資枠を設定し、向こう3年間で最大70億円をスタートアップ投資に充てることを公表した。同社の投資枠は2018年に1号(50億円)、2021~2022年に2号(60億円)を設定してきたが、この3号は過去最大となる。
関西電力グループは、どのようなスタートアップへの出資を想定し、どのような将来像を描いているのか。関西電力の執行役員であり、イノベーション推進本部 副本部長、K4 Ventures代表職務執行者である浜田誠一郎氏にお聞きした。
CVC活動に手応え
―投資枠を拡大された背景を教えて下さい。
K4 Venturesでは、2018年に1号投資枠を設定し、これまでに6年間のCVC活動に取り組んできましたが、一定の手応えがあることが背景にあります。私どもは、純粋なベンチャーキャピタル(VC)ではなく、CVC(事業会社のVC)ですので、戦略リターン(既存事業の拡大や新規事業の開拓など)と財務リターン(株式公開などによって得られる利益)をバランスよく獲得することが求められます。財務リターンは、各投資枠の運用期間(10年)を経て、結果が明らかになるため、もう少し時間がかかりますが、戦略リターンは手応えを感じています。
加えて、外部環境を見ると、オープンイノベーション(社内外の技術やサービスを組み合わせて革新的な価値を創り出す取り組み)やCVCに取り組む企業が大幅に増えるなど、これらの取り組みにもっと力を入れようとの流れがあることから、私どももこれまで以上に取り組みを加速していきたいという想いで、過去の1号、2号を上回るサイズで3号投資枠を設定しました。
―早くも第1号の案件として、enechain(東京都港区)に出資をされました。同社への出資の決め手は何だったのでしょうか。
enechainは、エネルギーのマーケットプレイス(事業者間でエネルギー商品の取引を行う場)を運営、つまり、売り手と買い手をつないで、エネルギーの売買取引を仲介する事業を展開されています。
同社が売り手と買い手の間に介在することで、公平性の高い取り引きの実現を目指しておられる点を評価し、今回の出資に至りました。
このマーケットプレイスは、弊社グループも利用していく可能性がありますし、同社が成長することは、エネルギー業界の発展につながるものと考えています。
これに加えて、将来的にはenechainのビジネスが成長してIPO(新規株式公開)に至ることも期待しています。同社が目指されている将来像の実現に向けて、我々としては、できる限りの後押しをさせていただきたいと思っています。
―このほかにどのような分野への投資をお考えですか。
ゼロカーボン、ディープテック、地域共創の三つを中心に投資を行う計画です。この三つを取り上げた背景は、経営理念に掲げるサステナブル(Sustainable)にあります。エネルギーをサステナブルに(=ゼロカーボン)、サービスをサステナブルに(=ディープテック:テクノロジーで弊社サービスを維持・発展)、地域社会をサステナブルに(=地域共創)といった考え方に基づいており、CVC活動を通じて三つのサステナブルの実現を目指しています。
これまでさまざまな分野に投資してきましたが、今後は、中長期の目線を加味しつつ、関西電力グループの中核事業に近い領域や将来的な機会・脅威といった仮説がある領域を深堀りしていくことにしています。
ゼロカーボンやディープテックでは、水素やAI(人工知能)、IoT(モノのインターネット)などが、弊社グループの事業にインパクトがあると受け止めており、どのように利活用できるのかという点で興味があります。
地域共創については、弊社グループは地域に根差した事業を展開するプレーヤの一人として、地域社会に貢献していきたいと考えており、地域の方々と一緒になって、その地域に根差した新しいビジネスを作っていくことに取り組んでいるところです。スタートアップの持つ多様なシーズと、地域の活力やニーズとを掛け合わせることで、まったく新しい、面白いビジネスが生まれるのではないかと考えています。
―これら分野のこれまでの具体的な取り組みを教えて下さい。
地域共創に関するものであれば、福井県において陸上養殖でサバの品種改良に取り組んでいます。2023年10月に公表しましたが、弊社グループ出資先のリージョナルフィッシュ(京都市)、福井県、関西電力を含む5者で協定(福井県嶺南地域における水産事業の共同研究等に関する協定)を締結し、協調して実証に取り組んでいます。
また、農業分野においては、テラスマイル(宮崎市)、地域の農家のみなさまとともに、作物の品種を選んだり、作付けを工夫したりして、売り上げを増やすことに取り組んでいます。
ゼロカーボンやディープテックに関する分野では、EVモーターズ・ジャパン(北九州市)とEVバス(電動バス)の提供や運行システムに関する実証などに取り組んでいます。
ほかにも、太陽光発電を手がけるスタートアップや、蓄電池に強みのあるスタートアップともさまざまな取り組みを展開しており、それぞれの成長につなげたいと考えています。
―宇宙分野でも取り組んでいるようですが。
宇宙分野では低軌道衛星で従来以上に細かいデータが得られるようになると、弊社グループのエネルギー事業や情報通信事業において、そのデータが有効活用できるのではないか、その結果、どのような影響があるのかといった具合に、さまざまな仮説を立てつつ、次のアクションを模索しています。
他にも、次世代ロケットの燃料としてメタンなどが注目されていて、エネルギー事業とも関係があります。
こうした取り組みの一環で、スペースワン(東京都港区)に出資させていただいています。同社は弊社の事業エリアである和歌山県で、ロケットの打ち上げ射場を運営されており、その射場を中心に地元のみなさまとの協業や共創を熱心に取り組まれています。弊社グループもその活動に協調し、一緒に和歌山を盛り上げていくことにも取り組んでいるところです。
M&Aの可能性も
―投資先企業のM&Aについてはどのようなお考えをお持ちですか。
CVCの目的は、冒頭に触れたとおりです。また、K4 Venturesから投資先企業への出資額は少額、つまり、マイナー出資であることからも、一義的には、将来のM&Aのために出資するということはありません。ただ、スタートアップ企業にとってのイグジットや将来展望の選択肢の一つとして、関西電力グループの仲間になってさらに成長していく選択肢(M&A)をご提供したいと思っています。
互いの価値観や考え方を理解した上で、投資先企業が大企業とともに成長していきたいという選択をされる場合、関西電力に限らず、ベストオーナーとのM&Aを後押ししたいと考えています。
仮に、ベストオーナーが関西電力であるという場合には、創業者や経営者の方、他の株主にとってメリットがある、さらなる成長につながるような形に寄与できればと考えています。こうしたスタートアップエコシステムを形成していくためにも、CVCを通じた活動は意味があるものと思っています。
―これまでに40社ほどに投資されています。これら投資をどのように評価されていますか。
K4 Venturesの投資は、スタートアップに直接投資しているケースと、ベンチャーキャピタルが組成するファンドを通じて間接投資しているケースの二つに分類できます。投資件数では直接投資が多い一方、投資金額では間接投資が多いというのがこれまでの実績です。
これまでの活動を通じて、間接投資先であるベンチャーキャピタルと多くのディスカッションを重ねてきましたが、VC各社の目利きや投資の手法などを知ることで多くの学びがあり、K4 Venturesが直接投資する際の検討に生かされるなど、CVC活動全体のレベルアップや戦略リターンの獲得につながっています。
また、直接投資については、投資先企業によって成長のペースはそれぞれですが、IPOした企業や順調に企業価値を高めている企業が現れ始めていますので、財務リターンの確保に向けて、一定程度期待できるのではないかと評価しています。
―40社ほどへの投資を通じて、何か気づきなどはありましたか。
2018年以降の6年間を通じて、さまざまなスタートアップ企業に出資しました。活動初期は事業会社のCVCということもあり、自分たちの事業にどれだけプラスがあるのか、つまり、戦略リターンをかなり重視していたところがあります。
CVCにとって戦略リターンの確保は大事なことではありますが、それを重視しすぎるあまり、投資先であるスタートアップ企業の成長は二の次ととられかねない行動があったかもしれない、3号投資枠の検討時にそういった話題をCVCメンバー間で深く議論しました。結果、3号投資枠では、K4 Venturesの社名(=Kanden for Ventures)に込めた、ベンチャー企業の成長と共に歩むパートナーでありたいとの想いに立ち返り、「ベンチャーファースト」を改めて掲げたところです。
出資した以上は、そのスタートアップ企業の成長を最優先に考えた上で、私どものリターンをどのように最大化するか。バランスが難しいケースもありますが、その価値観でやっていかないとこの取り組みは続きませんし、スタートアップ企業のみなさんからも選ばれないのではないでしょうか。これが一番大きな気づきです。
―CVCの課題や問題点についてはどのようなお考えをお持ちですか。
CVCの活動を通じて一定の実績を確保しながら長期的に継続していくには、スタートアップ企業やベンチャーキャピタルをはじめ、さまざまな人とのつながりや信頼関係が重要になります。その一方、弊社グループでは、人事異動によって担当者が交代するケースがあることから、人とのつながりを維持していくことが難しいと感じています。
このため、人事異動による担当交代の発生に備えて、業務の連続性が確保できるよう、業務の標準化を進めるとともに、CVC業務のコア、対外的な顔として活躍してもらいたい人財については、長く担当できる措置を講じていきます。
長く担当する人財と、さまざまな業務経験があるローテーション人財との組み合わせが組織のレベルアップ、ダイバーシティ(多様性)につながると考えており、現在、試行錯誤しながら体制強化に取り組んでいるところです。
文:M&A Online
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