利用低調だった上場企業の「株式交付」は増加するか?
会社法改正以来、案件の減少が続いていた上場企業による「株式交付」に増加の兆しが見えてきた。制度が導入された2021年は6件だったが、2022年は4件、2023年は3件と徐々に減少している。しかし、今年に入って5月29日までに2件の株式交付案件が発表された。このペースが維持されれば、通年で4件を超えて制度導入以来、3年ぶりに初の増加に転じる。
資金調達がいらないのが最大のメリット
(*2024年は6月6日まで)
非上場企業では統計データはないものの、株式交付は活用されていると見られる。株式交付のメリットが大きいからだ。最大のメリットは企業買収の対価として自社株を交付するため、買収資金を調達する必要がないこと。
金利上昇で買収資金の調達は難しくなりつつあり、新たな資金調達が不要な株式交付はM&Aの促進に結びつくと期待されている。加えて株式交付で80%以上の株式を引き渡した場合、対価として受け取った親会社株は売却するまで譲渡所得とならない課税繰り延べの特例も認められた。
ただ、この特例措置が相続税対策として利用される懸念も高まり、令和5(2023)年度税制改正で2023年10月1日以降、株式交付親会社が同族会社に該当する場合は特例の適用除外となっているので注意が必要だ。
スタートアップによるM&Aに最適だが、問題も
株式交付で最もメリットがあるのは、成長段階にあるスタートアップだろう。ベンチャーキャピタルや金融機関などからの資金調達に依存しなくても済むので、積極的な買収策を打てるからだ。買われる側にとっても有望なスタートアップ株ならば、対価として得た株式のキャピタルゲインが期待できる。
今後、日本銀行による利上げや金融引き締めがあれば、上場企業にとっても買収資金の調達は財務を圧迫する要因になりかねない。上場、非上場を問わず、株式交付の活用事例が増える可能性が高そうだ。
とはいえ株式交付にも問題はある。新株発行による株式交付の場合、買い手企業の株主にとっては株式の希釈化を招きかねない。株式交付でM&Aを推進してきた米グーグル(現アルファベット)は2012年に議決権のない新たな種類株式の発行を決めた。株式交付による企業買収などに利用し、株数が増えても既存株主の議決権比率を低下させないためだ。
これに米マサチューセッツ州で拠出型退職年金制度を運用するブロクトン・リタイアメント・ボードが、無議決権株の発行によりグーグル経営陣が株主からの影響を排除して不当な利益を得るものだと訴訟に踏み切った。株式の希釈やその対策が、株主との摩擦を生むリスクも考慮しておく必要がある。
「株式交換」との違いは
同様の買収手法として、買い手企業の株式と買われる企業の株式を交換する「株式交換」がある。双方とも買い手企業の株式を提供する代償に買われる企業の株を譲渡する仕組みで、買い手企業側に資金調達がいらないメリットも同じ。
だが、株式交換では買われる企業を完全子会社化するのが前提となる。これに対して株式交付は子会社化の要件を満たす50%超の株式取得でよく、完全子会社までは求めないケースでも活用できる。
さらに株式交換では買い手企業の自社株を1株も渡さず、全ての対価を社債や新株予約権、さらには他社株などにしても構わない。これに対して株式交付では対価の一部を金銭などで支払うことは可能だが、必ず自社株を含まなくてはいけないルールがある。
上場企業の株式交付によるM&A
No. | 公開日 | 取引価額 | 案件内容 |
---|---|---|---|
1 | 2021年5月14日 | 9100万円 | Eストアー<4304>、システム開発のアーヴァイン・システムズを子会社化(現金対価併用) |
2 | 2021年5月24日 | GMOインターネット<9449>、飲食店予約管理サービスのOMAKASEを株式交付で子会社化 | |
3 | 2021年6月25日 | プロルート丸光<8256>、血液検査事業のマイクロブラッドサイエンスを子会社化 | |
4 | 2021年10月18日 | ビジョン<9416> 、月額定額制の会議室などを運営する「あどばる」を子会社化 | |
5 | 2021年5月14日 | 9200万円 | Eストアー<4305>、システム開発のアーヴァイン・システムズを子会社化(現金対価併用) |
6 | 2021年5月14日 | 9300万円 | Eストアー<4305>、システム開発のアーヴァイン・システムズを子会社化(現金対価併用) |
7 | 2022年1月21日 | 2億6700万円 | テクマトリックス<3762>、医療用システム開発のPSPを子会社化(現金対価併用) |
8 | 2022年7月19日 | Oakキャピタル<3113>、美容・健康関連商品の企画販売を手がけるユニヴァ・フュージョンを子会社化 | |
9 | 2022年9月14日 | GFA<8783>、運送業のフィフティーワンを子会社化 | |
10 | 2022年11月25日 | 非公表 | トシン・グループ<2761>、創業家の資産管理会社による子会社化に伴い上場廃止へ(現金対価併用) |
11 | 2023年3月15日 | アサヒ衛陶<5341>、太陽光発電設備工事などの日本ライフエレベーションを子会社化 | |
12 | 2023年4月19日 | 3億1100万円 | フリー<4478>、情報システム部門向け作業自動化ツール提供のWhyを子会社化(現金対価併用) |
13 | 2023年7月7日 | ASAHI EITOホールディングス<5341>、商業施設管理運営のフラグシップスを子会社化 | |
14 | 2024年4月18日 | 新都ホールディングス<2776>、鉄・非鉄金属リサイクル事業の北山商事を子会社化 | |
15 | 2024年5月20日 | エステー<4951>、筆頭株主のシャルダンを株式交付で子会社化 |
文:M&A Online
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