【永谷園HD】老舗上場企業は、なぜMBOを選んだのか?

老舗上場企業がまた1社退場する。「味ひとすじ」をキャッチフレーズに、お茶づけ海苔やふりかけ、フリーズドライ味噌汁などを手がける永谷園ホールディングス(HD)<2899>が2024年6月3日、MBO(経営陣が参加する買収)を実施すると発表したのだ。非上場化で海外進出やM&Aなどの意思決定を迅速化して競争力を高めるのが狙いというが、その真相は?

国内外でM&Aの実績

これまでも永谷園はM&Aを実行してきた。2008年に藤原製麺(北海道旭川市)の株式51%を取得して連結子会社化し、同社子会社のふじの華と共に傘下に収めた。藤原製麺は「旭川生ラーメン」をはじめ、そばやうどんなどの生麺や乾麺を生産する地元食品メーカー。1993年に永谷園の「煮込みラーメンシリーズ」の製造協力企業となってから関係が深まっていた。

藤原製麺は永谷園が扱う乾燥麺のほか、自社ブランド商品も生産する。2010年に自社ブランドで発売したインスタントラーメンの「円山動物園白クマラーメン」が、1か月間で約100万食を販売する大ヒットになった。

2013年10月には、麦の穂ホールディングス(大阪市)を買収。同社はシュークリーム専門店の「ビアードパパの作りたて工房」をはじめとするスイーツ事業や「古式讃岐うどん〜温や〜」などのレストラン事業を手がけている。

同社は「ビアードパパ」事業では中国や韓国、台湾といったアジアのほか、米国やカナダなどへ積極的に海外展開してきた。買収時点での海外店舗数は約200店。これらの海外拠点は、これまで国内市場に注力してきた永谷園にとって大きな魅力だった。買収金額も94億円と、創業以来の大型買収となっている。

和食ブームで「国策M&A」も

永谷園は麦の穂HDを買収するまでは海外進出に積極的ではなかった。しかし、世界的な日本食ブームや健康志向も追い風となり、「和食」がユネスコ(国際連合教育科学文化機関)無形文化遺産に登録。永谷園の視線は海外に向けられるようになった。

2015年に海外企業のM&Aを迅速に実行し、グローバル展開を加速するため、持ち株会社制へ移行して永谷園HDを設立。翌2016年には傘下にアジア風の麺商品を製造・販売する米JSL FOODS社を持つ米MAIN ON FOODSに50%出資し、持分法適用関連会社にした。

2016年に世界有数のフリーズドライ食品会社チョウサー・フーズ・グループを傘下に持つ英ブルームコ社を約151億円で買収。長年にわたって培ってきたフリーズドライ加工技術を武器に海外展開に乗り出す。買収資金約150億円のうち40%は官民ファンドの産業革新機構が出資。和食のグローバル展開を官民一体で推進する「国策M&A」となった。

永谷園は今回のMBOについて、国内市場が成熟期を迎えた中で、さらなる海外展開や大規模な設備投資、M&Aに対応するためとしている。ただ、すでに海外展開には取り組んでおり、2016年以降にM&Aを実施していない理由も「上場していたから」とは考えにくい。

経営の重荷になっていた「PBR 1倍割れ」

むしろPBR(株価純資産倍率)の問題の方が重要だった可能性が高そうだ。永谷園のPBRは2024年5月半ばには0.87倍にまで落ち込んでいた。MBOの発表で株価が上場した結果、6月4日に1.1倍とようやく1倍を超えた。

最も懸念されるのは敵対的買収だ。永谷園は2008年の定時株主総会で新株予約権の無償割当による買収防衛策の導入を議決。2023年には同買収防衛策の継続を決めた。しかし、「経営陣の保身ではないか」との批判も高まっており、買収防衛策に対する株主の目は厳しくなっている。

同3月に東京証券取引所はPBRが低迷している上場企業に改善策を開示・実行するよう要請しており、株主以外からの社会的なプレッシャーも高まっている。

即効性があるPBR改善策は増配や自社株買いといった株主還元の拡充策だが、設備投資や研究開発。新規事業への参入やM&Aといった中長期的な取り組みに必要となる原資を食いつぶすことになりかねない。

こうした状況から、永谷園としてはMBOによる上場廃止で経営のフリーハンドを得ることにしたと考えられる。この動きは同社に留まらない。2023年度にはスノーピークや大正製薬ホールディングスなどMBOによる上場廃止が続き、取得価額では約1兆5000億円と過去最高を記録している。

永谷園HDの主要M&A一覧

公表日取引価額(億円)案件名
2008年9月16日 3億3800万円 永谷園、麺類製造会社の藤原製麺を子会社化
2013年10月22日 94億円 永谷園、シュークリームショップ「ビアードパパ」の麦の穂ホールディングスを子会社化
2016年12月2日 151億円* 永谷園ホールディングス、フリーズドライ食品メーカーの英Chaucer Food Groupを買収
2024年6月3日 477億円 永谷園ホールディングス、MBOで株式非公開化へ

*永谷園HDの出資分は60%(約90億円)

文:M&A Online

上場企業のM&A戦略を分析
「M&Aアーカイブス検索はこちら

ジャンルで探す