関東に眠る地下神殿! 観る者を圧倒する巨大構造物と、その圧倒的な「観光価値」を考える
観光資源化する建設現場
エッフェル塔に恋をした女性のドキュメントを見たことがある。これは少々エキセントリックすぎる話ではあるが、巨大構造物の美しさに魅了される――という部分は、少なからず理解できる気もする。
巨大な構造物や施設建造物などは、その姿を鑑賞するために建造されるものではない。しかし、
・その規模の大きさによる「圧倒的な迫力」
・普段目にすることのない「非日常の機能美」
は、見る人の心をつかむ。大自然の美しさとは違った近未来的な造形美がシュールさを際立たせ魅了するのだ。このような建造物や構造物を観光資源として活用する
「インフラツーリズム」
が、今改めて注目されている。
現代社会におけるインフラ(インフラストラクチャー = infrastructure)とは、
・水道、ガス、電気などの生活必需の「ライフライン」
・電話、インターネットなどの「通信網」
・道路、鉄道、港湾、空港などの「交通網」
などを指す。こういったインフラ設備は、
「当たり前にそこにあるもの」
として、ついその重要性を見過ごしがちであるが、病院や公園といった公共の設備や、企業の事業設備なども含め、われわれが、日々安全かつ快適な生活を送るために欠かせないものであり、産業の発展にも必要不可欠なものだ。
インフラ設備への理解を深めるという観点で、社会見学のような趣旨の見学ツアーなどがこれまでも行われてきてはいる。インフラツーリズムの推奨は、こういった「インフラへの理解を深める」という趣旨から一歩踏み込んで、明確に
「インフラ設備を観光資源として利用する」
という考え方へ一段シフトを上げるような動きといえる。
国土交通省も専門のポータルサイトを設け、インフラツーリズムの発展に力を入れてきているが、2023年、“トンネル工事の名門”として知られる佐藤工業(東京都中央区)が研究会を発足させ、インフラツーリズムの事業化に向けて本格的に乗り出したことで、業界内外から大きな注目を集めている。
具体的な成功事例
インフラツーリズムとは、読んで字のごとく、インフラ施設の建設現場や完成した設備を観光資源として活用する観光形態だ。従来、一般の人々にとってなじみが浅く、ましてや鑑賞の対象などとは想定されていなかった建設現場や土木構造物が、新たな観光資源として脚光を浴びつつあるのだ。
その魅力は、
「普段は立ち入ることのできない場所」
に足を踏み入れ、その圧倒的なスケールや最先端の技術を間近で体験できることにあり、従来の観光では味わえない新鮮さがある。
例えば、世界最大級の地下河川である首都圏外郭放水路(埼玉県)の見学ツアーでは、「地下神殿」と称される巨大な調圧水槽の内部を歩いたり、70mという目もくらむような深度の立て坑といった普段は見ることのできない施設内部を見学したりできる。
また、日本を代表するインフラツーリズムの成功例として知られているのが、富山県の黒部ダムだ。壮大なスケールを誇るアーチ式コンクリートダムの内部見学ツアーでは、巨大な放水設備や発電施設を間近で見学することができる。
特に、夏季に実施される観光放水は、毎秒10tもの水量放出を間近で体感でき、圧巻の光景として、国内外から多くの観光客を魅了している。ダムそのものの見学に加え、
・トンネルトロリーバス
・ケーブルカー
など、アクセス手段自体も観光資源として機能しており、総合的な観光体験を提供し、人気の持続に成功している。ほかにも、
・橋梁
・高速道路
・港湾
・空港施設
など、さまざまなツアーが国土交通省によるインフラツーリズムのポータルサイトにリストされている。
もたらされる経済効果の可能性
日本の観光業界において、インフラツーリズムはさまざまな経済効果をもたらすと期待される。まずは、これまで
「観光産業とは無縁」
だった建設業界に新たな収益源をもたらす可能性だ。まさに前述のゼネコン佐藤工業の狙いがここにある。工事中の現場や完成したインフラ施設を観光資源として活用することで、建設会社は本業以外の収入を得ることができ、企業としての知名度向上やイメージアップにもつなげられる。
また、インフラツーリズムの観光事業は、そこにすでにあるものを利用し、新たな観光用施設を一から建造するわけではない。破格にリーズナブルな展開ができる事業であり、環境破壊やエネルギーの大量消費を発生させることもなく、サステナビリティの観点からも評価できる。
実はこの環境配慮という観点は、今や世界的な潮流となりつつあり、特に観光産業が未発達の国や地域においてもインフラツーリズムが注目されてきているゆえんでもある。昨今、観光客の視点や興味は、巨大資本が環境破壊して作り上げるきらびやかな観光地から、自然や、少しづつではあるが、
「地域社会に根付くインフラ構造物」
という新たなスポットへと向かいつつあるのだ。
そういった面からも、これまで観光産業に縁遠かった日本国内の地域でも、インフラツーリズムは経済的刺激となりうるといえる。新たな観光客の流入に成功すれば、飲食業や土産物店など、関連産業の活性化につながり、地域の雇用創出にも貢献する可能性がある。ツアーガイドや施設の管理運営など、新たな職種が生まれることで、特に、過疎化が進む地域では、この効果は大きいと考えられる。
また、インフラツーリズムの教育的側面にも大きな存在意義がある。一般市民がインフラ整備の重要性や技術の進歩のすばらしさを実感できる機会を提供することで、社会インフラへの理解と関心を深めることは意義深い。これは長期的には、
「インフラ整備に対する国民の理解と支持」
につながり、公共事業の円滑な実施にも寄与する可能性があると期待される。
課題と展望:インフラツーリズムの未来
しかしながら、インフラツーリズムの推進には、いくつかの課題が存在する。
最も重要なのは「安全管理の徹底」である。一般客の受け入れにともなうリスク管理や、工事途上であれば、実際の工事進行との両立に慎重な配慮が必要となる。また、建設現場が観光の目玉となっている場合は、工事完了後の観光資源としての価値維持や、長期的な運営戦略の策定も重要な課題だ。
さらに、成功させるには、魅力的なプログラムの開発や地域文化との連携など、「コンテンツの充実」も不可欠だ。黒部ダムの成功例のように、インフラ設備という「素材」の魅力もさることながら、それを最大限に引き出す「見せ方」に工夫が求められる。地域的な要素や特性とのマッチングなど、緻密な企画やアイデアも必要だ。
前述の首都圏外郭放水路では、見学する水槽を「地下神殿」と命名することで、異世界アニメやSF映画の舞台をほうふつとさせる趣向を凝らし、若い世代にもアピールしている。ハロウィーンには水槽内をライトアップするエンターテインメント要素の高いイベントも企画し、予約チケットは完売している。
こういった例からも、インフラツーリズムの今後の展望として、日本の観光業界に新たな可能性をもたらすものとして期待される点がある。特に注目すべきは、
「観光の地域分散化」
への貢献という面だ。従来の観光地に集中していた観光客の流れを分散させ、有名観光地に集中するオーバーツーリズムの緩和にも寄与することが期待される。
日本のよさは、歴史的な古き良き伝統ばかりではなく、ものづくりという面でも大いにアピールできるはずだ。インフラツーリズムという新しい観光の形は、日本の優れた技術力をショーケースする舞台としても機能し、産業観光としての新たな価値を創出する可能性を秘めている。さらに、
「過疎地域における新たな観光資源の創出」
にとどまらず、地域のブランド価値向上にも貢献することが期待される。
建設業界や地方自治体など、これまで観光とは縁遠かった分野にとっても、インフラツーリズムは新たなビジネスチャンスとして注目に値する。インフラツーリズムの潮流を理解し、積極的に取り入れていくことは、新たな成功へのひとつのカギとなりうる。
その成功には、
・官民一体となった推進体制の構築
・地域特性を把握すること
・それを生かした独自のプログラムを開発すること
が不可欠だ。観光産業の枠を超え、地域振興や技術教育、産業の発展など、多面的で価値ある取り組みとして、日本のインフラツーリズムが、より豊かな社会の実現にどのように貢献していくのか、どのように発展していくのか、今後の動きに期待したい。
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Merkmal