日本の「平和ボケ」はもはや立派な観光資源? 90%の若者が「平和」を実感、インバウンドを魅了する3つの強力要素とは
平和ボケは日本の観光資源
観光は、訪れる人々に心の安らぎや新しい体験を提供する特別な活動だ。2021年の東京五輪は、その影響を見直す良い機会になった。五輪期間中、選手村では日本のもてなしが特に目立った。
日本独特のホスピタリティや「平和ボケ」は、現代の緊張した状況のなかで、訪れる人々に安心感や癒やしを与えている。本連載「平和ボケ観光論」では、日本の観光業が提供する平和な環境での特別な体験が、いかに日本の「平和ボケ」が観光資源として価値を持つのかを探っていく。
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美しい水や空気は無料で、安全もタダで提供される社会に対して不満を持つことは難しい。しかし、それが当たり前になると「平和ボケ」が生まれるのかもしれない。
平和ボケという言葉は、平和に慣れすぎて現実を見失う状態を指す。具体的には、長い間平和な状況が続くことで、危機感や警戒心が薄れ、社会や自分の問題に対して無関心になったり、適切な判断ができなくなったりすることを意味する。この言葉は、主に戦争や自然災害、社会問題などの脅威が少ない環境で育った世代に使われることが多い。平和が続くことで、過去の歴史や教訓を忘れがちになり、危機への備えが不十分になることが心配されている。
80年前、日本は滅亡の危機に直面した戦争を経験した。終戦後の混乱を経て、高度経済成長やバブル経済の崩壊、震災があったものの、戦争とはほぼ無縁の状態が続いている。今や日本は、世界に誇る「平和ボケ」国家になってしまった。
「危機感を持ったほうがいい」
という声がどこかから聞こえてくるかもしれない。実際、バブル経済崩壊後の長期低迷や「失われた30年」は、日本人の平和ボケに起因しているのかもしれない。
一方、世界では今も戦争で命が失われ、治安が崩壊している地域や食糧不足に苦しむ場所もある。また、環境破壊が進み、健康が脅かされている地域も多い。
五井平和財団が143か国4272人の若者に行った調査によると、自国が平和だと思う割合はほぼ同じだが、日本の若者の約9割が「思う」と回答しているのが興味深い。
戦争や混乱する国際情勢のなかで、平和の存在は貴重で魅力的だ。「平和ボケ」の日本は、その存在を強く示しているひとつであり、最近増加しているインバウンドの人々もその魅力に引き寄せられている。
オーストラリアの経済平和研究所が発表した2024年度の世界平和度指数では、日本は「軍事化」の分野で平和度が低下し、17位にランクダウンしたが、2023年は9位で、世界有数の平和度を誇っている。これは世界的にも評価されている証しだ。
つまり、平和ボケは
「日本の観光資源」
ともいえるのではないだろうか。
かけがえのない水に対する安心感
もちろん、日本以外にも平和な国は多いが、日本独自の平和ボケはどのように育まれてきたのだろうか。その主な要因のひとつは
「水」
だろう。
日本の国土の約3分の2は山と森林に覆われており、水源が豊富で、水の心配をする必要がほとんどなかった。この水に対する安心感は、日本人にとって非常に大切なものだ。
さらに、日本は水道水が飲める数少ない国のひとつで、その水道水の品質は世界的にも高く評価されている。日本の水道水は「水道法第4条」に基づいて水質基準が定められており、「大腸菌群数」はゼロが基準で、カドミウムや鉛は1Lあたり0.01mg以下という非常に細かい基準が設けられている。
世界196か国のなかで水道水が飲める国は、日本を含めてノルウェーやアイスランドなどわずか9か国しかなく、アジアでは日本だけだ。
観光資源としても水の役割は大きい。多くの飲食店では水が無料で提供され、ウォシュレット付きのトイレが普及していることも、身近な安心感につながっている。また、温泉やホテルの大浴場、銭湯、サウナなどの温浴施設が充実していることも、旅の満足度を高める要因だ。
さらに、日本は大量の水を使って調理する料理、特に日本そばなどがあり、これも日本独特のフードメニューのひとつだ。日本では水をたくさん使った料理が可能な国でもある。
ささいなことではあるが、カップ麺やインスタントコーヒーのためのお湯が自由に使えることも、旅のなかではありがたいポイントだ。
子どもが甘やかされる文化
日本の平和ボケの要因として、観光資源としての水が重要なキーワードになるが、次に挙げられるのが
「子ども」
だ。この子どもには、広い意味での“子ども的”なものも含まれている。
愛知県長久手市にある愛・地球博記念公園内に2022年11月1日に開設された「ジブリパーク」は、コロナ禍でスタートしたが、コロナが収束するとインバウンド客が殺到することになった。
日本経済新聞の調査によると、ジブリパークの入場者の
「約3割」
がインバウンドだそうで、その多くは家族連れや若者たちだろう。そもそも、コロナ前からジブリ美術館やサンリオピューロランドなどは家族連れに人気で、訪れる理由も子どもたちのリクエストが大きいことがわかる。
もちろん、ディズニーランドやUSJなどの定番人気施設も多くの人に楽しまれているが、日本独自の施設が子どもたちに特に人気だ。例えば、神奈川県川崎市にある「藤子・F・不二雄ミュージアム」では、英語、中国語、韓国語の音声ガイドが用意されており、コロナ明けからインバウンドが急増している。
また、ポッキーやチョコパイなどの日本のお菓子も外国の子どもたちに人気で、日本でしか味わえないフレーバーも多いため、訪れた子どもたちの楽しみが広がっている。多くの飲食店では子ども料金が設定されており、これもインバウンドにとって新鮮な体験だ。
少し前にYouTubeで見た動画では、家族で日本旅行をした後、帰国時に子どもが帰りたくないと駄々をこねたエピソードが語られていて、非常に興味深かった。
日本文化を語る上で欠かせない名著『菊と刀』(1946年)の著者で文化人類学者のルース・ベネディクト(1887~ 1948年)は、欧米では幼い子どもを厳しくしつけ、年長になるにつれて徐々に緩める教育が一般的であるのに対し、日本では幼い子どもが甘やかされ、成長するにつれて社会の厳しさを教えるという
「教育方針の違い」
について説明している。また、2022年に亡くなった思想史家の渡辺京二も、その著書『逝きし世の面影』(1998年)で
「子どもの楽園」
という章を設けている。この作品は幕末から明治にかけて日本を訪れた異邦人の訪日記を読み解き、日本の近代が失ったものの意味を根本から問い直している。
日本を訪れた外国の子どもたちは、日本で自分たちが甘やかされていることを敏感に感じ取り、帰りたくなくなるのかもしれない。
女性が行動しやすい街の設計と風土
日本の平和ボケ的観光資源の最後のキーワードとして
「女性」
を挙げたい。日本では女性がひとりでも安全に旅ができる。夜に女性が繁華街に出掛けても、よほどのことがない限り問題は起こらない。
旅行会社では「女子旅」のプランが用意されていたり、飲食店で「女性料金」が設定されていたりすることで、女性の行動範囲が広がっている。カフェなどの飲食店では女性客が多いことも珍しくなく、街には美容院やネイルサロン、アパレル店、雑貨店などがたくさんある。なかにはそこでしか手に入らない商品も多いだろう。こうした女性が行動しやすい街の設計と風土は、インバウンドにも好意的に受け入れられているに違いない。
2003(平成15)年の映画『ロスト・イン・トランスレーション』では、米国人女性(スカーレット・ヨハンソン)が東京の渋谷をひとりで散策する姿が印象的に描かれている。異国の繁華街にいる緊張感や危険を警戒する様子はなく、興味のままに自由に街を歩いている。このようなシーンが撮影できたのは、日本の安全性があったからだ。
以前、海外旅行からの帰りの飛行機で、日本酒(ワンカップ大関)を飲みながらこれからの日本旅行について盛り上がっている白人女性ふたり組を見かけた。彼女たちは何度も日本に来ているリピーターのようで、日本に来るのを本当に楽しみにしている様子が伝わってきた。こんなにも日本が好きなファンがいることに驚いた。
彼女たちのような日本のファンを増やし、平和な日本が今後もそのままであってほしいと願う人々の輪を広げていくことが、令和の観光政策の要だと考えている。
10/26 17:31
Merkmal