北九州の台所「旦過市場」は本当に再生できるのか? 老朽化建物が続々解体、成功のカギを握る超重要な要因とは?
再開発、関係者の8割以上「賛成」
北九州市の旦過(たんが)市場で再整備事業が本格的に始まった。まずは中央市場の解体からスタートし、神嶽(かんたけ)川の改修と連携した大規模な再開発が進んでいく。
小倉北区にある旦過市場は、約120の店舗が並び、長年
「北九州の台所」
として地域の食文化を支えてきた。1913(大正2)年頃、神嶽川の川岸でいわしを積んだ舟が荷を降ろす場所として自然に形成され、卸売と小売りの機能を兼ね備えた市場として発展していった。1943(昭和18)年の強制疎開で一時途絶えたものの、戦後すぐに再開し、1955年頃には現在の形に近い市場が整った。
しかし、市場にはふたつの大きな課題があった。ひとつは、川にせり出す形で建てられた木造店舗が、現在の河川法では新築を許可されないこと。そして、老朽化した建物の立地条件が災いし、2009(平成21)年と2010年には連続して浸水被害に見舞われ、火災も相次ぎ、防災面での脆弱(ぜいじゃく)性があらわになったことだ。
今回の再整備計画は、こうした課題に総合的に対応するものだ。具体的には、中央市場跡地に4階建ての新商業施設を建設する計画で、1階は従来の市場機能を引き継ぎ生鮮食品の販売を行い、2階には地域の食文化を象徴する飲食店を集め、3・4階は駐車場として利用する。
また、5階建ての複合施設も建設され、1階は市場店舗、2~5階には北九州市立大学の新学部「情報イノベーション学部」が入る予定だ。大学の学生や関係者の流入で市場に新しいにぎわいが生まれることが期待されている。
この再整備計画について、市場関係者はおおむね「肯定的な反応」を示している。2017年8月の北九州市の調査では、市場関係者166人中、
「136人」(82%)
が基本計画に賛成している。伝統的な市場の雰囲気が損なわれる懸念もあるが、老朽化や防災の問題を解決することが重要だと多くの人が考えている。
九州最大都市の栄枯盛衰
かつて北九州市は製鉄業を中心に発展し、
「九州最大の都市」(1963~1979年)
として人口100万人以上を誇っていた。しかし、製鉄業の衰退や企業の転出が続き、2024年10月1日時点で人口は90万8109人まで減少。わずか6年前の2018年10月には94万5595人だったので、約4万人の人口が減ったことになる。一方で、福岡市は「アジアの玄関口」として発展を続けており、両都市の対照的な状況が際立っている。
そんな長期の低迷のなかでも、旦過市場を含む小倉地区には回復の兆しが見え始めている。その象徴的な事例が、JR小倉駅前にある商業ビル「セントシティ北九州」の再生だ。このビルは1993年に「小倉そごう」が入居してオープンし、続いて地場百貨店「小倉玉屋」、さらに伊勢丹、最後に井筒屋が「コレット」として運営してきたが、どの百貨店も撤退を繰り返してきた。
2019年に「コレット」が撤退したことで、ビル運営会社・北九州都心開発(もともと、小倉そごう撤退後の運営のために地元出資で作られた法人)は危機を転機に変え、大胆な業態転換を実施。2021年にビル名を「セントシティ」に改め、ユニクロ、ザラ、無印良品といった大型専門店と地元発のテナントを組み合わせた複合商業施設として生まれ変わった。さらに、7~9階はオフィスに転換し、機能を複合化。この戦略は特に若い世代から支持を集め、成功を収めている。
ただし、この成功はあくまで小倉地区の一部であり、地区全体としては、まだ復活に向けた多くの課題が残されている。
市内全域で求心力低下の現実
北九州市の『令和4年度北九州市商圏報告書』の分析では、小倉地区の深刻な状況が浮かび上がっている。
まず、来街者の基本的な動向を確認すると、来街目的は「食事・喫茶・飲食」が最も多く、「日常の買物」や「ウィンドウショッピング」が続く。男性は「所用(仕事や銀行など)」「娯楽」「市役所などの公共機関の利用」の割合が女性より高い。また、交通手段は「自家用車」が最多で、次いで「バス」となっている。
特に深刻なのは、小倉中心市街地への来街頻度の変化だ。報告書によれば、買い物目的に限らず、月に1回以上小倉を訪れる人は全体の31.5%にとどまっている。居住地別では、市内居住者が44.3%であるのに対し、市外居住者はわずか16.9%だ。
さらに、来街頻度が2~3年前と比べてどう変化したかという質問では、全体で「非常に増えた」や「やや増えた」と答えた人は16.3%であるのに対し、「やや減った」や「非常に減った」と答えた人は43.0%に達しており、深刻な状況だ。
特に懸念されるのは、この減少傾向が市内全ての行政区で見られる点だ。隣接する小倉南区では、増加層が9.5%に対して減少層が53.4%で、戸畑区でも増加層が8.7%に対し減少層が54.4%となっており、深刻な状況が示されている。小倉中心市街地のある小倉北区でさえ、増加層は16.9%に対し減少層は45.5%で、大幅な減少超過となっている。
これらのデータは、小倉地区の求心力が
「市内全域で低下している」
ことを示している。特に隣接区からの来街者の減少は、地域の中心市街地としての機能が弱体化していることを示唆している。
福岡流出と競争激化
北九州市の報告書には記載されていないが、小倉地区への来街者減少の背景にはふたつの構造的な要因がある。まずひとつめは、
「福岡市への顧客流出」
だ。前述のコレット撤退の際にも、これが大きな要因とされていた。ふたつめは、
「郊外型商業施設の増加」
である。郊外型商業施設の増加は、具体的な数字からも明らかだ。2022年時点で、北九州市内の店舗面積が1000平方メートルを超える大型店は221店舗あり、これは商圏内の37.5%を占めている。また、総店舗面積は111万9827平方メートルに達し、商圏内の41.1%を占めている。これは2015年と比較して、店舗数で17店舗、面積で4874平方メートルの増加を示している。近年の新たな大型商業施設の動向を見てみると、
・JR城野駅南口近くの「ゆめマート城野」(2018年)
・高須・学研都市地区の「フォレオひびきの」(2018年)
・守恒・徳力地区の「マルショク新守恒」(2019年)
・スペースワールド跡地の「ジ アウトレット北九州」(2022年)
など、市内各所で大型店の出店が相次いでいる。また、
・シーモール下関(2018年リニューアル)
・プラザモールなかま(2022年)
・スパイシーモール行橋(同)
など、隣接地域でも大型商業施設の増加が続いている。このように、小倉中心市街地は
「二重の競争圧力」
に直面している。一方では福岡市という強力な広域商業都市への顧客流出があり、もう一方では市内および周辺地域での郊外型商業施設の増加による地域内競争の激化がある。
また、北九州市は五市の対等合併で成立した都市であり、小倉が必ずしも中心としての機能を果たしてこなかったことも原因のひとつといえる。
・門司
・黒崎
・戸畑
・若松
などはそれぞれ全く異なる街の雰囲気を持っている。このような状況下では、単なる商業機能の強化だけでなく、地域特性を生かした独自の価値創造が求められるだろう。
旦過市場の多様な顔
小倉地区が直面している構造的な課題のなかで、旦過市場はどのような役割を果たすことができるだろうか。この点について考える際に、栗山喬と仲間浩一の論文「利用パターンと意識から見る場所と人のつながりに関する基礎的研究 ~北九州市小倉北区旦過市場を例として~」(「土木学会環境・デザイン研究講演集」No.5)が示唆に富んでいる。
この研究では、旦過市場の利用実態を詳細に分析し、市場が持つ多面的な社会機能を明らかにしている。研究によると、旦過市場の来訪者の行動パターンと意識には五つのタイプが確認されている。以下に引用する。
●生活習慣型
「各業種においてまんべんなく常連店をもっており、毎日の生活の繰り返しの中で自然な存在として旦過市場を訪れ利用している」
●おしゃべり・くつろぎ型
「旦過市場内にいる時間は長いのに、人と同じ店舗はあまり選んでおらず、市場のなかで思い思いに自分の時間を過ごせるような相手や場所を見いだしている」
●日和見型
「旦過市場近くに住んでいるので、訪れたいときに気構えなく市場をしょっちゅう訪れており、市場を訪れることが暮らしの中での気軽な息抜きになっている」
●店舗のぞき見型
「旦過市場への来訪頻度は高いが市場の特定の場所とのつながりは弱く、買い物や人とのコミュニケーションもあまり行っていないと思われる」
●買い出し型
「旦過市場への来訪頻度が低く常連だと思う店舗も無い。よって、市場を訪れることは生活のうえでなくてはならない行動ではなく、非日常の体験になっているだろうと思われる」
『令和4年度北九州市商圏報告書』では、商店街に対する市民のニーズの特徴が明らかになっている。週に1回以上商店街を利用している人は全体の19.8%と限定的だが、年齢層による違いが顕著だ。
60歳以上の利用者では、男性が23.1%、女性が29.2%と比較的高い利用率を示している。利用理由としては、「近い」と回答した人が51.3%で最も多く、次いで「品質・鮮度がよい」が38.9%、「商品が豊富」が28.0%と続いている。特に注目すべきは、市民が商店街に期待する役割だ。
・近隣住民の身近な買い物場所(61.2%)
・高齢者や交通弱者のための買い物場所(54.7%)
・地域のにぎわいづくり(41.7%)
といった回答から、商店街には単なる買い物の場以上に“地域インフラ”としての機能が期待されていることがわかる。
高齢化社会が求める商業拠点
旦過市場の今後の方向性について、調査結果から重要な示唆が得られる。
まず、来訪者分析で示された五つの利用者タイプは、市場が単なる商業施設にとどまらず、多様な社会的機能を持っていることを示している。特に「おしゃべり・くつろぎ型」や「日和見型」は、市場が地域コミュニティーの接点として機能していることを表している。
また、市民の商店街に対するニーズからは、高齢化社会における地域密着型商業施設の重要性が浮かび上がる。「近隣住民の身近な買い物場所」「高齢者や交通弱者のための買い物場所」への高い期待は、郊外型商業施設の増加が進むなかでも、旦過市場のような地域密着型市場の存在意義が失われていないことを示している。
これらを総合すると、建物の刷新という物理的な変化があっても、旦過市場には地域の商業・交流拠点としての機能を維持・発展させることが求められている。特に、
・日常的な買い物の場としての機能
・地域コミュニティーのハブとしての役割
を両立させることが、再生のカギとなるだろう。
北九州市は2024年にインバウンド需要の取り込みを目指した『北九州市インバウンド誘致アクションプラン』を策定している。このプランでは、外国人旅行者へのアンケート結果を基に、すしや焼き肉、ラーメン、焼きカレーなどの食文化体験や、昭和の風情が残る旦過市場での買い物が観光の魅力になっていると分析している。しかし、旦過市場の再生においては、
「インバウンド需要への依存」
は避けるべきだ。
観光化が招いた危機
地域密着型市場から観光地型市場への転換が注目される事例として、大阪市中央区の
「黒門市場」
がある。同市場は歴史あり、長年にわたって地域住民や飲食店事業者の需要に応える「生活商店街」として機能してきた。しかし、2010年代以降、インバウンド需要の急速な拡大にともない観光地化が進んだ結果、深刻な問題に直面している。
外国語の看板が乱立し、観光客向けの高額商品が並ぶようになった。その結果、にぎわいはあるものの、インバウンド向けの
「ぼったくり商店街」
というイメージが定着し、生活商店街としての魅力は完全に失われてしまった。この事例は、
・外部需要の取り込み
・地域密着型機能の維持
のバランスを失うと、市場の持続可能性が損なわれることを示している。北九州市は2013(平成25)年に発表した資料「旦過市場の『位置づけ』と『神嶽川の改修』について」で、旦過市場を
「小倉都心において“まち”の回遊性を高める重要な商業拠点」
と位置づけている。この認識は、市場再生の方向性を考える上で重要な示唆を含んでいる。
今回の再生で最も重視すべきは、「地域のハブ」としての機能強化だ。北九州市立大学の新学部設置は、単なる若者の流入策としてではなく、多世代交流の場を創出する機会として捉えるべきである。成功のカギは、優先順位を間違えないことだ。まず
「近隣住民の買い物の場」
という基本機能を充実させ、その上で「交流の場」としての魅力を育てる。この順序を守ることで、結果的に国内外の観光客も訪れたくなるような場所が生まれる。
この点は築地市場の事例からも明らかだ。移転後も場外市場は、業者や地元客の生活の場として機能しながら、インバウンド需要も自然に取り込んでいる(むしろ住み分けが明確)。一方で、豊洲市場に隣接して作られた商業施設・千客万来は、当初から観光客向けを意識した高額メニューが「インバウン丼」とやゆされ、結局は観光客からも見放される結果となった。つまり、市場や商店街が真に魅力的な場所となるためには、まず地域の
「生きた生活の場」
として機能することが不可欠である。ゆえに、新しい旦過市場には、100年の歴史で培われた「北九州の台所」としての伝統を継承しつつ、地域コミュニティーの中心として進化することが期待されているのだ。
「修羅の国」の真実
この点を大切にすれば、旦過市場の再整備は北九州市の魅力を高めることになるだろう。北九州市は一見、製造業の衰退により活力を失ったように見えるが、そのポテンシャルは依然として高い。もともと門司市、小倉市、若松市、八幡市、戸畑市の5市が対等に合併して成立した経緯を持ち、それぞれの地域が独自の個性と魅力を備えている。
また、炭鉱や工場の発展と共に多くの人々を受け入れてきた歴史があり、
「外部からの来訪者に対して開放的」
で、福岡市以上に温かい歓迎がある。松本零士の出身地であることを生かした北九州市漫画ミュージアムや、松本清張記念館など、文化的なレベルも意外に高い。
他にも、定額で朝まで飲み放題・歌い放題のアニソンバーや、小倉城の宣伝を担当する社団法人の担当者が名刺に「筆頭家老」と書いているなど、ユニークな魅力が存在する。休日に混雑せずに買い物が楽しめる「チャチャタウン小倉」もいい感じだ。
北九州市は、ときに
「修羅の国」
として恐れられる。この言葉は、過去の暴力団問題や治安の悪化に関連して使われることが多い。つまり、北九州市がかつて抱えていた社会問題を強調する一方で、地域の文化や魅力を無視した偏見を含んでいる。
しかし、実際には魅力的な土地である。商業面では福岡市に及ばないかもしれないが、住みやすさや移住のしやすさという点ではむしろ福岡市を上回る魅力を持っている。
旦過市場の再整備は、こうした北九州市の潜在力を具現化する絶好の機会となるだろう。100年の歴史を持つ市場が地域コミュニティーの核として、新たな人々を温かく迎える場となることで、北九州市の新たな発展の象徴となることが期待される。
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Merkmal