公共交通で「タッチ決済」が急成長! ぶ厚い“クレカの壁”を打破するのはデビットカードなのか?

地元民との「支払い格差」

るーぷる仙台(画像:JCB)

るーぷる仙台(画像:JCB)

 バスや鉄道でのクレジットカード「タッチ決済」対応が急速に進んでいる。このタッチ決済という表現は日本特有で、英語では「tap and go payment」や「tap」と表現される。海外ではパンデミック前から非接触型のクレジットカード決済が広く普及していた。

 COVID-19のパンデミックが収束すると、日本でもインバウンド需要を見越して公共交通にタッチ決済の導入が加速した。しかし、公共交通は基本的に

「地元住民の足」

だ。インバウンド対応のためにタッチ決済を導入すると、地元住民間で決済方法に格差が生まれる可能性がある。特にクレジットカードは誰でも持っているわけではなく、高齢者や学生にとってはハードルが高い決済手段だ。そのため、地元住民にとっては

「必須ではない」
「導入を急ぐ必要はない」

と感じられるかもしれない。しかし、デビットカードの普及を考えると、この見方は大きく変わるかもしれない。

 デビットカードはクレジットカードに似た支払い用カードで、買い物などに使うと銀行口座から即時に引き落とされるのが特徴だ。クレジットカードが翌月払いなどの後払い対応なのに対し、デビットカードはその場で口座残高から直接引き落とされる

「即時決済型」

のカードだ。銀行口座さえあれば作りやすく、年齢制限や信用審査もほとんどないため、特に学生や高齢者にとって使いやすいカードとして広まっている。さらに、クレジットカードのように借金の心配がないので、支出管理を重視する人にも人気がある。

全国で進むタッチ決済

阪神電鉄のタッチ決済専用リーダー(画像:阪神電気鉄道)

阪神電鉄のタッチ決済専用リーダー(画像:阪神電気鉄道)

 年の瀬も近づき、全国の鉄道や路線バスでクレジットカードのタッチ決済対応が次々と進んでいる。

 まずは阪神電気鉄道(阪神電鉄)の取り組みを見てみよう。10月29日から、西代駅(神戸市)を除く各駅で、タッチ決済対応のカードや設定済みスマホを使って、大人普通運賃での乗車が可能になった。

 阪神電鉄の対応ブランドはビザ、JCB、アメリカン・エキスプレス、ダイナースクラブ、ディスカバー、ユニオンペイで、マスターカードは今後追加予定だ。ただし、子ども運賃や障がい者割引には対応していない。また、大阪難波駅以外の駅では、自動改札機がタッチ決済に対応しておらず、専用読み取り機を通した後、係員が自動改札機を開ける仕組みになっている。2025年春には、自動改札機もタッチ決済に対応する予定だ。

 首都圏では、2024年内にみなとみらい線でタッチ決済の実証実験が始まる予定だ。具体的な開始時期はまだ不明だが、利用可能ブランドは阪神電鉄と同じくビザ、JCB、アメリカン・エキスプレス、ダイナースクラブ、ディスカバー、ユニオンペイで、マスターカードも順次追加予定となっている。

 また、宮城県仙台市では、10月1日から観光シティループバス「るーぷる仙台」でのタッチ決済実証実験がスタートした。対応ブランドはやはりビザ、JCB、アメリカン・エキスプレス、ダイナースクラブ、ディスカバー、ユニオンペイで、マスターカードは今後追加予定だ。

 実は、これら3事業者の実証実験は、三井住友カードの公共交通向けソリューション「ステラトランジット」を活用しており、対応ブランドが同じなのはこのためだ。

クレジットカード未所持者の対策

みなとみらい線(画像:ビザ・ワールドワイド)

みなとみらい線(画像:ビザ・ワールドワイド)

 今回の実証実験は、まさに三井住友カードが積極的に推進する大規模なプロジェクトといえる。同じ時期に実験がスタートしているのは、決済事業者が共通しているためだ。いずれにせよ、今回の実証実験は私たちの身近な公共交通に新しい決済手段を加える画期的な取り組みだ。

 ただ、

「クレジットカードのタッチ決済は本当に誰にとっても使いやすいのか」

を再考する必要があるだろう。公共交通である以上、乗車のための決済方法は、その沿線に住む地域住民や関係者にとっても使いやすいものでなければならない。だが、クレジットカードには審査があり、

・高齢の主婦
・高校生以下の若者
・クレジットカードを避けたい人

にとっては、利用が難しいこともある。

 そう考えると、日本においてタッチ決済の導入優先度は、交通系ICカードやQRコード決済に比べて低いのではないだろうか。

デビットカードが急速普及の可能性

ビザデビットの発行銀行数と発行枚数(画像:ビザ・ワールドワイド・ジャパン)

ビザデビットの発行銀行数と発行枚数(画像:ビザ・ワールドワイド・ジャパン)

 しかし、この分野に「救世主」が現れるかもしれない。それは国際ブランド付きのデビットカードだ。

 日本では、デビットカードは長い間マイナーな決済手段とされてきた。このカードは、ひも付け先の預金口座の残高から利用分が即時に引き落とされる仕組みで、どれだけ使っても負債にはならない。そのため、ほとんどのデビットカードは審査不要で、未成年でも所有できる。しかし、パンデミック以前は日本のキャッシュレス決済を発展させることはなかった。

 とはいえ、これは今後の普及や拡大の余地があることでもある。ビザ・ワールドワイド・ジャパンによると、2015年にはビザデビットの発行銀行数は国内でわずか10行、発行枚数も300万枚に届かない数字だった。それが2024年には、発行銀行数が41行、発行枚数は2500万枚を超えている。

 キャッシュレス決済全体における利用比率についても見てみよう。2017年の日本では、キャッシュレス決済の中でクレジットカードが占める割合は90.2%だった。一方、デビットカードはわずか1.7%にすぎなかった。しかし、2023年にはクレジットカードが83.5%、デビットカードが2.9%に増加している。このことから、決済手段の多様化によりクレジットカードが

「キャッシュレス決済の絶対王者」

でなくなり、デビットカードが着実にその割合を伸ばしていることがわかる。

 近年のデビットカードの躍進は、パンデミック期の「巣ごもり消費」がプラスに働いたことと、タッチ決済の普及が大きな要因となっている。

列島を巻き込む相乗効果への期待

 これらのデータを考えると、公共交通がタッチ決済に対応することで、沿線住民がデビットカードという決済手段を認識する効果が期待できる。

 さらに、デビットカードの普及は、これまでタッチ決済導入に慎重だった交通事業者をも動かすきっかけになるかもしれない。

 公共交通がタッチ決済に対応することでデビットカードが普及し、その普及がまた公共交通のタッチ決済をさらに進める。こうした相乗効果が、日本全体で広がる可能性もある。

 いずれにせよ、公共交通におけるタッチ決済の普及・拡大の鍵を握るのは、クレジットカードではなくデビットカードになりそうだ。

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