東奔西走キャッシュレス 第67回 インバウンドでもっと伸びる? 日本のキャッシュレス決済
日本のキャッシュレス決済比率が4割を超えようとしています。2025年という国の目標は、前倒し達成が間違いないところですが、さらなるキャッシュレス利用の増加におけるきっかけのひとつになりそうなのがインバウンドです。
インバウンドのキャッスレス利用が、日本のキャッシュレス決済拡大に繋がるでしょうか。
○いつものキャッシュレス決済を海外でも使いたい
欧米や韓国、オーストラリアなど、キャッシュレス決済比率の高い国は多くあります。キャッシュレス推進協議会が公表している世界主要国における2022のキャッシュレス決済比率(2022年)によれば、キャッシュレス決済比率が高い順に韓国、中国、豪州、シンガポール、英国、カナダ……といった順番になっており、日本より低い国は調査対象国の中でイタリアとドイツだけでした。
一方、2023年の訪日外国人の数は2,500万人を突破。国・地域別では、韓国、台湾、中国、香港、米国、タイ、フィリピン、豪州、シンガポールといった順番でした(日本政府観光局調べ)。キャッシュレス決済比率の高い国からの訪日外国人も多くなっていますし、こうした人たちは自分の国と同じようにキャッシュレス決済を使いたいと考えるでしょう。
実際、自分を振り返っても、海外では(中国を除いて)基本的にはクレジットカードを使っています。外貨建てのデビットカードであるSony Bank WALLETを使う場合もありますが、いずれにせよキャッシュレスでの決済がメインで、特に欧米だとまず現金を使う機会はありません。
中国や東南アジアだと現地のQRコード決済が必要な場合があって、まだ現金が必要な場面は多いように感じます。QRコード決済としては、中国ではAlipayやWeChat Pay(連載第32回参照)、シンガポールではGrab Pay(連載第54回参照)が日本人でも利用できます。
日本に来た外国人も同様にキャッシュレス利用を期待していると思われます。ただ、日本のQRコード決済を外国人旅行者が使うのは難しいため、クレジットカード利用がメインになっているでしょう。また、最近では中国・東南アジアのQRコード決済が日本で使える場面も増えてきているので、そのユーザーはそれをそのまま利用できるケースもあるでしょう。
ただ不思議なのは、外国人旅行者が増えていることで、クレジットカードの利用が増えているというわけでもないようなのです。
○なかなか増えないインバウンドのキャッシュレス
外国人旅行者をターゲットに、関西国際空港や主要観光地の最寄り駅でクレジットカードのタッチ決済による乗車サービス「stera transit」に対応した南海電鉄。それを皮切りに、関西圏では着々とstera transitが勢力を拡大して、一部を除いて相互直通を含めた関西圏でのクレジットカード対応の交通ネットワークが実現しました。
南海電鉄では2023年度に、1カ月で3万件ほど、年間では35万件程度のタッチ決済利用があったそうですが、これは予想よりもかなり少ないとしています。
筆者についていえば、海外の空港に降り立ったら、即座に鉄道で移動できるクレジットカードのタッチ決済は積極的に利用しています。しかし、思ったよりもこれが伸び悩んでいるというのが南海電鉄の説明です。ラピートのような特急券を購入している場合もありますが、空港に降り立った外国人旅行者が鉄道に乗るために切符を購入するなど、窓口や券売機に並んでいるというパターンもあるようです。
10月23日にメルカリが発表したスポットワークサービス「メルカリ ハロ」の中小・小規模事業者向けの本格展開に関して、東京・浅草の浅草寺近辺にあるヴィーガンフルーツサンドの「浅草鳩家」で話を聞いたところ、そこでも「現金利用が多い」との声が聞かれました。
同店は外国人観光客の多い浅草寺から徒歩1~2分の好立地にあり、ヴィーガンという点からも利用客は外国人が多いそうです。実際、雨の中の取材でしたが、ひっきりなしに外国人が訪れており、それも欧米系の外国人が多いように見えましたが、店主はクレジットカードよりも現金利用が多いと回答していました。
関東ではまだ空港路線がクレジットカードのタッチ決済に非対応ですし、日本の鉄道の券売機は現金決済のみという場合も多いのが現状。もちろん、各種のチケットを交通機関も用意していますが、準備万端で日本に来て鉄道に乗る旅行客ばかりでないのは、空港線の券売機周辺を見ても明らかです。
街中でも小規模店舗やラーメン店などクレジットカード非対応の店がまだ多く、日本人でも現金が必要なシーンは多くあります。外国人旅行者が日本入国の前後で日本円に両替した場合、それを積極的に使うでしょう。そういった結果として、外国人旅行者のキャッシュレス利用が伸びていないという面はありそうです。
もちろん、ホテルや一定以上のランクのレストラン、高額商品の購入など、クレジットカードが使われるシーンも多いでしょうが、「外国人が多いけれど現金利用が多い」という店も多くあるようです。
そういった意味からも、関西圏がstera transitに一斉対応したことは大きな転換点になるかもしれません。南海電鉄も、全駅対応になれば外国人旅行者へのタッチ決済のアピールを強化するとしており、三井住友カードもVisaやMastercardといった国際ブランドの協力も仰いで、外国人に対する交通機関のキャッシュレス対応をアピールする考えを示しています。
この関西圏でのstera transit対応によって、「余分な両替を減らして使えるところはクレジットカードを使う」という行動に繋がれば、さらに沿線の店舗でのクレジットカード利用の拡大につながり、これまで非対応だった店舗などが対応に動く、という可能性もあるかもしれません。
日本では交通系ICカードもありますが、クレジットカードのチャージに非対応なため、結局現金が必要になります。こうしたところでもクレジットカードに対応していくことで、現金利用の削減は期待できるでしょう。まずは関西限定ですが、2025年春の大阪・関西万博の頃には主要国際ブランドで空港から関西圏の多くの場所にクレジットカードで移動できるようになります。
日本総研が2024年8月に公表した調査では、訪日外国人の決済手段は現金が94%と最も多く、クレジットカードが70%、交通系ICが24%となっています(複数回答)。この調査でもクレジットカードが利用できないことが困りごとのひとつとして上げられており、鶏が先か卵が先かというところはありますが、交通機関のタッチ決済対応拡大がクレジットカード利用拡大のきっかけにはなるかもしれません。今後、外国人旅行者のキャッシュレスの動向が変化するか、注目していきたいと思います。
小山安博 こやまやすひろ マイナビニュースの編集者からライターに転身。無節操な興味に従ってデジカメ、ケータイ、コンピュータセキュリティなどといったジャンルをつまみ食い。最近は決済に関する取材に力を入れる。軽くて小さいものにむやみに愛情を感じるタイプ。デジカメ、PC、スマートフォン……たいてい何か新しいものを欲しがっている。 この著者の記事一覧はこちら
インバウンドのキャッスレス利用が、日本のキャッシュレス決済拡大に繋がるでしょうか。
○いつものキャッシュレス決済を海外でも使いたい
欧米や韓国、オーストラリアなど、キャッシュレス決済比率の高い国は多くあります。キャッシュレス推進協議会が公表している世界主要国における2022のキャッシュレス決済比率(2022年)によれば、キャッシュレス決済比率が高い順に韓国、中国、豪州、シンガポール、英国、カナダ……といった順番になっており、日本より低い国は調査対象国の中でイタリアとドイツだけでした。
一方、2023年の訪日外国人の数は2,500万人を突破。国・地域別では、韓国、台湾、中国、香港、米国、タイ、フィリピン、豪州、シンガポールといった順番でした(日本政府観光局調べ)。キャッシュレス決済比率の高い国からの訪日外国人も多くなっていますし、こうした人たちは自分の国と同じようにキャッシュレス決済を使いたいと考えるでしょう。
実際、自分を振り返っても、海外では(中国を除いて)基本的にはクレジットカードを使っています。外貨建てのデビットカードであるSony Bank WALLETを使う場合もありますが、いずれにせよキャッシュレスでの決済がメインで、特に欧米だとまず現金を使う機会はありません。
中国や東南アジアだと現地のQRコード決済が必要な場合があって、まだ現金が必要な場面は多いように感じます。QRコード決済としては、中国ではAlipayやWeChat Pay(連載第32回参照)、シンガポールではGrab Pay(連載第54回参照)が日本人でも利用できます。
日本に来た外国人も同様にキャッシュレス利用を期待していると思われます。ただ、日本のQRコード決済を外国人旅行者が使うのは難しいため、クレジットカード利用がメインになっているでしょう。また、最近では中国・東南アジアのQRコード決済が日本で使える場面も増えてきているので、そのユーザーはそれをそのまま利用できるケースもあるでしょう。
ただ不思議なのは、外国人旅行者が増えていることで、クレジットカードの利用が増えているというわけでもないようなのです。
○なかなか増えないインバウンドのキャッシュレス
外国人旅行者をターゲットに、関西国際空港や主要観光地の最寄り駅でクレジットカードのタッチ決済による乗車サービス「stera transit」に対応した南海電鉄。それを皮切りに、関西圏では着々とstera transitが勢力を拡大して、一部を除いて相互直通を含めた関西圏でのクレジットカード対応の交通ネットワークが実現しました。
南海電鉄では2023年度に、1カ月で3万件ほど、年間では35万件程度のタッチ決済利用があったそうですが、これは予想よりもかなり少ないとしています。
筆者についていえば、海外の空港に降り立ったら、即座に鉄道で移動できるクレジットカードのタッチ決済は積極的に利用しています。しかし、思ったよりもこれが伸び悩んでいるというのが南海電鉄の説明です。ラピートのような特急券を購入している場合もありますが、空港に降り立った外国人旅行者が鉄道に乗るために切符を購入するなど、窓口や券売機に並んでいるというパターンもあるようです。
10月23日にメルカリが発表したスポットワークサービス「メルカリ ハロ」の中小・小規模事業者向けの本格展開に関して、東京・浅草の浅草寺近辺にあるヴィーガンフルーツサンドの「浅草鳩家」で話を聞いたところ、そこでも「現金利用が多い」との声が聞かれました。
同店は外国人観光客の多い浅草寺から徒歩1~2分の好立地にあり、ヴィーガンという点からも利用客は外国人が多いそうです。実際、雨の中の取材でしたが、ひっきりなしに外国人が訪れており、それも欧米系の外国人が多いように見えましたが、店主はクレジットカードよりも現金利用が多いと回答していました。
関東ではまだ空港路線がクレジットカードのタッチ決済に非対応ですし、日本の鉄道の券売機は現金決済のみという場合も多いのが現状。もちろん、各種のチケットを交通機関も用意していますが、準備万端で日本に来て鉄道に乗る旅行客ばかりでないのは、空港線の券売機周辺を見ても明らかです。
街中でも小規模店舗やラーメン店などクレジットカード非対応の店がまだ多く、日本人でも現金が必要なシーンは多くあります。外国人旅行者が日本入国の前後で日本円に両替した場合、それを積極的に使うでしょう。そういった結果として、外国人旅行者のキャッシュレス利用が伸びていないという面はありそうです。
もちろん、ホテルや一定以上のランクのレストラン、高額商品の購入など、クレジットカードが使われるシーンも多いでしょうが、「外国人が多いけれど現金利用が多い」という店も多くあるようです。
そういった意味からも、関西圏がstera transitに一斉対応したことは大きな転換点になるかもしれません。南海電鉄も、全駅対応になれば外国人旅行者へのタッチ決済のアピールを強化するとしており、三井住友カードもVisaやMastercardといった国際ブランドの協力も仰いで、外国人に対する交通機関のキャッシュレス対応をアピールする考えを示しています。
この関西圏でのstera transit対応によって、「余分な両替を減らして使えるところはクレジットカードを使う」という行動に繋がれば、さらに沿線の店舗でのクレジットカード利用の拡大につながり、これまで非対応だった店舗などが対応に動く、という可能性もあるかもしれません。
日本では交通系ICカードもありますが、クレジットカードのチャージに非対応なため、結局現金が必要になります。こうしたところでもクレジットカードに対応していくことで、現金利用の削減は期待できるでしょう。まずは関西限定ですが、2025年春の大阪・関西万博の頃には主要国際ブランドで空港から関西圏の多くの場所にクレジットカードで移動できるようになります。
日本総研が2024年8月に公表した調査では、訪日外国人の決済手段は現金が94%と最も多く、クレジットカードが70%、交通系ICが24%となっています(複数回答)。この調査でもクレジットカードが利用できないことが困りごとのひとつとして上げられており、鶏が先か卵が先かというところはありますが、交通機関のタッチ決済対応拡大がクレジットカード利用拡大のきっかけにはなるかもしれません。今後、外国人旅行者のキャッシュレスの動向が変化するか、注目していきたいと思います。
小山安博 こやまやすひろ マイナビニュースの編集者からライターに転身。無節操な興味に従ってデジカメ、ケータイ、コンピュータセキュリティなどといったジャンルをつまみ食い。最近は決済に関する取材に力を入れる。軽くて小さいものにむやみに愛情を感じるタイプ。デジカメ、PC、スマートフォン……たいてい何か新しいものを欲しがっている。 この著者の記事一覧はこちら
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