「移籍トラム」の素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない
「移籍トラム」の魅力
首都圏では「小田急から西武への車両譲渡」が話題になっているが、路面電車はまさに「移籍車の宝庫」といえる存在だ。路面電車は一般的な鉄道車両に比べて小規模な改造が行われた後、新天地で活躍することが多く、出身地の面影を色濃く残したまま移籍先で運行される車両も少なくない。
なかには、豊橋鉄道(愛知県)や福井鉄道(福井県)のように
「車両の半分以上が他社からの移籍車」
となっている路線もあり、とさでん交通(高知県)のように海外で活躍していた中古の路面電車を導入し、沿線の名物にしている路線もある。しかし、路面電車にあまりなじみがない人には「移籍トラム」の面白さがわからないかもしれない。
そこで今回は、筆者(若杉優貴、商業地理学者)が移籍トラムを「やばい!」と思う四つのポイントについて解説する。
やばいポイント1「転入生アピール」
移籍トラムというと「乗っただけではわからない」と思うかもしれない。しかし、広島電鉄(広島県)や長崎電気軌道(長崎県)では、全国各地から来た電車や、福井鉄道やとさでん交通で活躍する外国からの電車には、車両の内外に
「移籍トラムの出身地」
が表示されている。さらに、ほとんどの路面電車運行会社のウェブサイトには車両紹介が掲載されているので、乗車中に詳しい来歴を調べることもできる。
また、移籍トラム自体が「観光資源」として利用されたり、「出身地のPR」に貢献していたりする例もある。例えば、とさでん交通は欧州各地から中古の市電を購入し、沿線の名物にしているだけでなく、車内に出身地の地図や案内、そして高知との由縁を掲示している。広島電鉄に移籍した京都市電(京都府、1978年廃止)の車両には、
・祇園
・舞妓(まいこ)
・大文字
といった公募で選ばれた「京都の風情を感じられる愛称」が付けられている。
ほかにも、車内外に移籍前の旧社局のマークや注意書きが残っていたり、あえて現地の古い広告が残されていたりする例もある。もし移籍トラムに乗ったら、ぜひ車内外を見回して「出身地の面影」を探してみてほしい。
やばいポイント2「実は兄弟」
かつて同じ町で活躍していた兄弟車両が、路線の廃止などにともない、移籍トラムとして全国各地に散らばった例は少なくない。
例えば、福岡市内線(1979年廃止)などで活躍していた西日本鉄道(福岡県)の連節車は、軌道線(路面電車)の縮小や廃止により、
・広島電鉄/筑豊電鉄(福岡県、西鉄グループ)
・熊本市電(熊本県)
の3社局に譲渡された。それぞれ移籍先で整形された上で活躍している。
また、豊橋鉄道には東京都民にもおなじみの「現役の都電」と同じ顔の電車が走っている。これは、都電荒川線(東京都)の更新7000形(現7700形、一部は2010年代に再更新)の一部車両が譲渡されたものだ。元々同じ顔だった兄弟電車が、移籍先で
「どのように整形されたのか」
を見比べるのも面白い。
やばいポイント3「懐かしの出身地カラー」
移籍トラムは、移籍後も「出身地のカラー」をそのまま残して走っているものが多い。その代表例が広島電鉄だ。
広島電鉄は、大阪市電(大阪府、1969年廃止)や神戸市電(兵庫県、1971年廃止)の中古車両を導入する際、塗り替えずに最低限の改造だけで運行したところ、関西の旅行者から「懐かしい」と好評を得た。そのため、後に移籍した京都市電なども、移籍前のカラーを残したままデビューし、広電は
「動く電車博物館」
として知られるようになった。現在では、岡山電気軌道やとさでん交通、熊本市電など、さまざまな社局でも「出身地カラー」を引き継いだ移籍トラムが活躍している。
また、出身地ならではの特徴的な内装が引き継がれている例もある。例えば、神戸市電の車両は曲線を多用した優美なデザインで有名で、広島電鉄に移籍した582号も神戸市電カラーのまま活躍を続けている。実は582号は1924(大正13)年製で、今からちょうど100年前に作られた電車だ。同型車の多くが広電に移籍したが、現在生き残っているのはこの1両だけだ。
100歳の電車とはいえ、582号はイベント用ではなく「一般車両」として運行されているので、もし運よく乗ることができたら、特徴的な手すりやつり革金具に「大正モダンの息吹」と「神戸のこだわり」を感じてほしい。
やばいポイント4「里帰り」
京都市電が廃止されてから、2024年時点で46年が経過した。これは6大都市(都電荒川線除く)のなかで最後の公営路面電車だった。多くの移籍トラムはすでに移籍先で半世紀以上働いており、出身地よりも移籍先での歴史が長い車両も少なくない。
しかし、最近ではバリアフリーに対応した超低床型電車の普及により、残念ながら移籍トラムの廃車が相次いでいる。そのなかで、引退した移籍トラムを元の活躍場所へ「里帰り」させる動きが起こっている。
21世紀に入ってから、長崎電気軌道から仙台市電(宮城県、1976年廃止)や箱根登山鉄道小田原市内線(神奈川県、1956年廃止)、岡山電気軌道(岡山県)から東武日光軌道(栃木県、1968年廃止)、広島電鉄から神戸市電(1971年廃止)、伊予鉄道(愛媛県)から呉市電(広島県、1967年廃止)、とさでん交通から西鉄北方線(1980年廃止)の車両が、それぞれの出身地やその近郊に運ばれ「里帰り保存」されるようになった。
里帰りした移籍トラムのどの街もすでに路面電車が廃止されており、小田原市内線、呉市電、西鉄北方線については里帰りした車両が「唯一の現存車両」となっている。
また、2014年から期間限定で行われた名電1号形(札幌市電22号)の里帰りも注目を集めた。名電とは名古屋電気鉄道――現在の名古屋鉄道(愛知県、名鉄)の前身で、名電1号形は今から120年以上前の1901(明治34)年に製造された。この車両は当初名古屋市内を走っていたが、大型化などにともない1918(大正7)年に札幌電気軌道(北海道、現在の札幌市電)に譲渡され、戦前に引退。保存車となった後、1960年代に復活し1977(昭和52)年まで「札幌市電22号」としてイベントなどで運行された。その後は札幌市に保存されていた。
名電1号形が約100年ぶりに里帰りしたのは、名電の後継である名鉄が運営する歴史テーマパーク「明治村」(愛知県犬山市)である。明治生まれの電車は明治の街並みに溶け込むように展示され、札幌市交通資料館(札幌市南区)のリニューアルが完成するまでの約9年間を故郷・愛知県で過ごした。再び第二の故郷・札幌に渡った名電1号形は、2024年5月から札幌市交通資料館で公開されている。
移籍トラムは「タイムカプセル」
2011(平成23)年に東日本大震災が発生した直後、長崎電気軌道は元仙台市電の車両を使用して「がんばれ!!東北号」を運行した。この取り組みに対して、多くの長崎市民が車内に設置された募金箱に義援金を投じた。また、2022年には京都市交通局が誕生110年を迎え、広島電鉄を走る元京都市電の車両にも記念ヘッドマークが掲出された。
移籍トラムは、その出身地の街の歴史を伝える一種の
「タイムカプセル」
であり、移籍元と移籍先の街をつなぐ「絆の架け橋」ともいえる。もし移籍トラムに出会ったら、車両に残された出身地の面影を探しながら、その電車がたどってきた長い旅路に思いをはせてほしい。
移籍トラムの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない。皆さんが感じる“やばさ”があったらぜひ聞かせてほしい。
10/28 11:51
Merkmal