北陸新幹線「米原ルート」 実は“線路使用料”も小浜ルートより安くなるって、マジ?

米原ルートの不利な試算

北陸新幹線(画像:写真AC)

北陸新幹線(画像:写真AC)

 筆者(北村幸太郎、鉄道ジャーナリスト)は、これまでに当媒体で「北陸新幹線「米原ルート」 所要時間を計算したら「小浜ルート」よりも速かった!」(2024年8月31日配信)、「北陸新幹線「米原ルート」 実は“料金”も小浜ルートより安かった! 所要時間以上の衝撃事実をご存じか」(2024年9月21配信)という記事を書いてきた。

 そして、米原ルートなら、新大阪~金沢間は小浜ルートより

・1分速い
・130円安い

東海道新幹線内で追加工事をしても、B/Cは少なくとも

「1.3」

であることを示した。これにより、国が小浜ルートを有利に見せるため、米原ルートが不利になるような試算をしていたことが明らかになった。

 B/Cとは「費用便益比(Benefit-Cost Ratio)」のことで、投資した費用に対して、どれだけの利益や便益が得られるかを評価する指標だ。具体的には、事業で得られる総便益を総費用で割った数値を指し、この値が1を超えると、費用に対して便益が大きく、投資する価値があると判断される。

 今回、新大阪~米原間をJR西日本が第2種鉄道事業者として乗り入れる場合、JR東海に最低限どれくらいの線路使用料を支払う必要があるのかを考察したい。

 この線路使用料は「受益に応じた負担」が原則とされており、整備主体である鉄道建設・運輸施設整備支援機構(鉄道・運輸機構)への整備新幹線の線路使用料と比較してどうなるのかを見ていく。また、記事の後半では、北陸新幹線の問題について他の新幹線誘致団体がどのように考えているのか、コメントを得られたので紹介する。

新大阪~米原間の線路使用料

北陸新幹線(画像:写真AC)

北陸新幹線(画像:写真AC)

 まずは、線路を維持するための経費を算出する。今回は、実際の走行によって摩耗する部分や、輸送管理に関連する部分を取り上げて計算する。具体的には、鉄道事業会計規則から選ぶ項目として、

・線路保存費
・電路保存費
・運輸費

の三つが該当する。国土交通省の資料によると、JR東海における新幹線と在来線を合わせた各維持コストは次のとおりである。

1.線路保存費(線路延長3327.7km):753.3億円(1kmあたり2264万円)
2.電路保存費(電車線延長3460.7km):515.6億円(1kmあたり1490万円)
3.運輸費(営業キロ1970.8km):282.5億円(1kmあたり1433万円)
※停車場、信号場などの経費。指令員の費用はこちらに含まれると思われる。

これらkm単価を線路・電路延長にかけて(運輸費は営業キロにかけて)算出すると

1.新大阪~米原間上下線本線合計213.4km
2.新大阪~鳥飼車両基地間線増分上下線計20km
3.駅部副本線1番線につき0.5km加算・計8km
※米原駅のみ1km加算とする。

・新大阪駅副本線6本=3km
・京都駅副本線2本=1km
・米原駅副本線4本=4km

・線路・電路延長合計:241.4km
・線路保存費:54億6530万円
・電路保存費:35億9686万円
・営業キロ:106.7km
・運輸費:15億2901万円
・総計105.9億円

である。続いて線路使用料は1時間あたり最大本数で、両数ベースで分けるなら、

・東海道15本×16両=240両/時=100%
・北陸5本×12両=60両/時=25%
・合計20本・300両/時=125%

なので、JR西日本は、現在の線路保守コストに加えて、少なくとも25%分を負担すればいい。つまり、年間の線路使用料は最低でも26.5億円になると考えられる。営業キロ1kmあたり

「約0.25億円」

といったところだ。

直通受け入れで年間150億円の粗利

北陸新幹線(画像:写真AC)

北陸新幹線(画像:写真AC)

 これに対し、北陸新幹線の敦賀~金沢間(125.1km)の線路使用料は、受益に応じた負担で年間93億円、1kmあたり7434万円だ。一方で、整備新幹線の線路使用料は、大都市圏に近い区間が「根元利益」が高いとされ、その分高くなる傾向がある。

 同じ北陸新幹線でも、長野~高崎間(117.4km)では年間175億円、1kmあたり1.5億円と倍の金額になっている。このことから、東海道新幹線の線路使用料は、たとえJR東海が粗利を上乗せして請求しても、比較的割安といえるだろう。

 さて、前回の記事に対して、

「JR東海に支払う線路使用料が上乗せされるのに、こんなに都合のよい価格になるわけがない」

という批判が多く寄せられた。しかし、現時点での最低金額がこれであり、よほどの粗利を上乗せしない限り、整備新幹線並みの料金にはならない。むしろ、この金額が料金を引き下げる動機になる可能性がある。

 もし東海道新幹線の米原~新大阪直通による社会的効果を考慮し、純利益を含めて計算するなら、東海道新幹線内の線路使用料も受益に応じたものにするべきだ。例えば、長野~高崎間に倣って年間175億円とすれば、JR東海は北陸新幹線の直通受け入れで年間150億円もの粗利を得られる可能性がある。

 ただし、線路使用料の算定が難しいという意見もある。交通評論家の佐藤信之氏は、

「特に東海道新幹線は、所有が何度か変わっていますので、資本費の計算が難しい。資本費は減価償却費+利子なのですが、JR東海は今後も新幹線施設の購入費を機構に支払い続けます。また、大規模修繕の費用の配分の問題もあります」

と述べている。

他の新幹線誘致団体の見解

Yahoo!トップページ「ブランドパネル」広告枠向け四国新幹線バナー画像(画像:四国新幹線整備促進期成会)

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 事業費の高騰と工期の延長により、北陸新幹線延伸事業は困難な状況に直面している。もしこの事業が遅れると、その後の新幹線整備にも影響が出たり、新幹線整備事業全体が萎縮してしまう懸念がある。

 他の新幹線の早期整備のためにも、北陸新幹線の米原ルートを安く早く実現すべきだという声も上がっている。日本維新の会の馬場伸幸代表は、

「北陸新幹線を安価で早期に整備をする事が、その他の新幹線などの早期整備につながる事は確実です」

と筆者にコメントを寄せている。北陸新幹線の問題を見て、他の新幹線誘致団体はどのように感じているのだろうか。最も活発に活動している四国新幹線整備促進期成会に話を聞いてみた。

「資材価格の高騰や人件費の増加により、北陸新幹線に限らず、整備費が事前の想定を上回り膨らんでいることは、報道等で承知している。ただ、物価の高騰は新幹線の建設費用に限らず、日々の生活用品から車や家電などの耐久消費財、そして住宅建設費など多種多様な分野に広がっている。そして、それは新幹線と同じインフラ整備の一つである、道路の建設費用についても同じであり、ひとり新幹線のみ建設費の高騰について取り上げられるのは、偏った切り口ではないかと考える。大切なのは、新幹線が大量輸送、高い安全性、定時性を兼ね備え、環境性能や災害強度にも優れた高速交通インフラであり、地方創生の起爆剤、切り札となりうることに些かも変化がないことであり、我々としては引き続き、新幹線の必要性を皆様にご理解いただけるよう努めてまいりたい」

新幹線だけが物価高騰の影響を受けているわけではない。もっと広い視野で建設費について議論していくべきだろう。

 また、「災害強度に優れたインフラを残す」ことは防災の観点からも重要で、防波堤への投資と同じ要素を考慮すれば、B/Cが1を超えることが必ずしも正しいとは限らないという視点も持つべきである。

根元区間の負担問題

Yahoo!トップページ「ブランドパネル」広告枠向け四国新幹線バナー画像(画像:四国新幹線整備促進期成会)

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 今回の北陸新幹線の延伸において、滋賀県や京都府だけでなく、西九州新幹線に関しては佐賀県など、大都市圏から見て根元にあたる自治体が負担に対して難色を示し、整備が進まないケースが多く見られる。

 岡山県を起点とする四国新幹線にとっても、この問題は避けては通れない。この懸念についてもコメントをもらった。

「新幹線建設費用の一部をご負担いただく根元区間の自治体の皆さまが様々なご意見があることは承知している。ただ、新幹線の建設により、根元区間においても交流圏域が拡大し拠点性が確実に高まるなど、経済効果も確実に見込まれることなどから、そのようなメリットを丁寧に分かりやすくご説明して地道に理解を得ていくことが大切だと考えている。四国にとっての根元区間である岡山県さまに対しては、コロナ前の2019年に、「四国新幹線整備に伴う岡山県への波及効果調査報告書」を作成、ご説明しているが、コロナ禍以降、期成会としての公式の訪問、ご説明は中断している。今後、岡山の皆さまには四国の新幹線に関するご理解を得られるよう、丁寧にご説明し、機運の醸成に取り組むことが重要であると考えている」

 この点については、鉄道ライターの杉山淳一氏が提唱する

「属地負担から応益負担へ」

という議論も進めるべきではないか。新幹線は通過する自治体の便益にかかわらず、また通過自治体に駅ができるかどうかに関係なく、一律で通過距離に応じた「属地負担」では、すべての沿線自治体を納得させることには限界がある。

 このため、受益の比率に応じた負担を考えるべきだ。これにより、根元区間以外の自治体の負担割合は増えるが、根元区間の自治体の負担を軽減して早期実現を促すのが「応益負担」の考え方だ。この考え方について、もっと積極的に議論していく必要がある。

根元利益の再配分

鉄道事業とネットワークビジネス(ブレークアウェー・パスアップ方式)における根元利益を得る仕組み(画像:北村幸太郎)

鉄道事業とネットワークビジネス(ブレークアウェー・パスアップ方式)における根元利益を得る仕組み(画像:北村幸太郎)

 さらにいえば、鉄道業界には「根元利益」という考え方があり、これを利用して根元区間の自治体の負担を軽減できるかもしれない。この根元利益という概念は、

「ネットワークビジネスのビジネスモデル」

に似ている(決して悪い意味ではない)。具体的には、友人を誘ってネットワークを広げ、ビジネスを構築することで、中心的なポジションを確立した人が得られる利益という仕組みだ。東京などの大都市圏への直通サービスや速達性の付加価値があるため、大都市寄りの区間の鉄道事業者は、ネットワークの奥の方の区間の集客に貢献できる。その結果、これらの事業者は通過利用によって収益を得やすくなる。

 これが根元利益の考え方だ。JRはネットワーク上の根元区間が開通することによって、根元利益を得ることができる。そのため、根元区間の自治体の負担軽減分を考慮し、JRの根元区間の線路使用料を高めに設定するのも、応益負担を実現する手段のひとつとなる可能性がある。

 すでに北陸新幹線もJR西日本の区間より東京に近いJR東日本の区間の方が線路使用料のキロ単価が高めになっている他、北海道新幹線の線路使用料はその95%を、JR東日本の営業区間でないにも関わらず、東京直通による根元利益を理由にJR東日本が負担している(梅原淳「北海道新幹線、貸付料はJR東日本が実質救済」東洋経済オンライン、2016年3月26日配信)。

 JRが負担している根元利益を根拠に、根元区間の自治体の負担割合を見直すことはできないだろうか。

北陸新幹線の未来像

北陸新幹線(画像:写真AC)

北陸新幹線(画像:写真AC)

 いかがだっただろうか。これまで北陸新幹線米原ルートについて、

・所要時間
・料金
・線路使用料

の観点から論じてきたが、筆者のX(旧ツイッター)のもとにはまだまだ検討すべき事項が寄せられている。今後は、京葉線など他の路線についても触れた後、

・運行管理システムの問題
・自治体の費用負担の割合や与党整備委員長の西田氏の考え方
・完全別線が求められるなら、小浜ルートの前に整備すべき区間
・滋賀県が構想する「通勤新線計画」を北陸新幹線の一部として実現する案
・さらなる高速化の提案

といったテーマについて考えていきたい。

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