JR津軽線の復旧、なぜ誰も「北海道新幹線の線路」に言及しなかったのか?

鉄路復旧断念の背景

JR津軽線(画像:写真AC)

JR津軽線(画像:写真AC)

 2022年8月の大雨の影響で運休が続いているJR津軽線の蟹田~三厩(みんまや)間について、沿線の市町村や県、JR東日本などが鉄路の復旧、自動車交通への転換について話し合ってきた。その結果、2024年5月23日に開催された第3回JR津軽線沿線市町村長会議で、蟹田~三厩間の復旧を断念することが合意された。

 該当区間の大部分を占める今別町は、

「次の世代に線路を残す」

という理由で最後まで反対の立場を取っていた。しかし、同町の阿部町長は、復旧への思いは変わらないものの「今別町が鉄道にこだわり続けても、他の自治体や今別町のためにはならない」と述べ、苦渋の決断を下した。

 JR東日本によると、主な被災区間は

・大平~津軽二股間:12か所
・津軽浜名~三厩間:1か所

である。JRは「復旧する場合は復旧費用6億円を負担するが、毎年7億円かかる維持管理費のうち4億2000万円を自治体に負担してほしい」と上下分離方式の導入を提案した。財政状況が厳しい沿線の2町が毎年この費用を負担するのは難しい話だった。

 これに対し、今別町は「せめて中小国~津軽二股間だけでも部分復旧し、津軽二股~三厩間の廃止を容認する」という譲歩案を出したが、JR東日本は

「津軽二股まで復旧しても大きな改善効果は得られない」

と評価した。これにより、代替交通への転換について再び議論が進み、復旧を断念することになった。

「北海道新幹線」活用論

北海道新幹線(画像:写真AC)

北海道新幹線(画像:写真AC)

 筆者(北村幸太郎、鉄道ジャーナリスト)は、これまでの報道を見ていて、ある疑問が浮かんだ。主要な被災区間は中小国(なかおぐに)~津軽二股間であるにもかかわらず、なぜ貨物列車も走る“あの線路”の活用について誰も言及しないのだろうか――。それは

「北海道新幹線」

である。

 北海道新幹線は在来線の貨物列車が乗り入れているので、津軽線の気動車(内燃機関を動力源として用い自力で走行する車両)に貨物機関車も積んでいるATC信号装置を付けて走らせればいいではないか。

 北海道新幹線の奥津軽いまべつ駅のすぐ横には津軽線の線路と津軽二股駅がある。そこを繋ぐ

「アプローチ線」

を作れば、残りの三厩~津軽浜名間の1か所だけ復旧すれば津軽線は復活できる。しかも、北海道新幹線経由なら維持管理費年間7億円を大幅に抑えられる可能性大だ。鉄道コンサルタントのライトレール社長・阿部等氏は

「貨物列車や新幹線車両といった重厚な車両の通過に耐えられる軌道なので、保線コストはゼロに近い」

という。となると蟹田~奥津軽いまべつ間は線路使用料がほとんどかからないと思っていい。津軽線蟹田~三厩間28.8kmのうちの3分の2を占める区間の保線コストがほぼ丸々浮くならば復旧のハードルはかなり下がる。

今別町の担当者に聞いてみた。すると、「実は我々も検討会でその案をJRに提案はしたんです。でもJRからは貨物列車とのダイヤ調整が困難など、色んな理由を付けて断られました」とのことだった。なぜこの案が報道されていないのかはわからないが、うまく実現できないのだろうか。今さらではあるが、筆者はもし“今別町営鉄道”という形でJRから津軽二股以北の線路を引き継いで、北海道新幹線経由案を実現させた場合のコストを試算したところ、

「田舎の町営にしかできない秘策」

も使ってかなり安いコストで維持できるのではないか、という試算結果を出せた。

 決まったことを今さら蒸し返すなといわれそうだが、試算するだけならタダなので、少し付き合ってほしい。

津軽線復旧への新提案

津軽線復旧・北海道新幹線活用案(画像:北村幸太郎)

津軽線復旧・北海道新幹線活用案(画像:北村幸太郎)

 まず津軽二股~三厩間の線路については、どうせ廃線にするつもりだったのだから、今別町がJRからタダで線路をもらって三厩~津軽浜名間を自腹で復旧するか、その1駅くらいなら復旧を諦めてもいいのではないか。

 今回は北海道新幹線経由で蟹田~津軽浜名間のみ存続の場合で試算した。奥津軽いまべつ駅から津軽線へのアプローチ線の建設費は課題だが、かつて

「復旧費用6億円を出す」

といっていたJR東日本にお願いしてみるのも手である。JR東日本は、津軽線を廃止にする代わりに、新たな交通ビジネスに30~40億円を投資する意向を表明していたほどで、今別町からは、

「30~40億円も投資するなら津軽線も存続できるのでは」

との意見も出ていたほど。アプローチ線の建設費も交渉次第では出してもらえていたかもしれない。

 奥津軽いまべつ駅については現行の新幹線下りホームの壁に、津軽線車両のドア位置に合わせた乗降用のドアを設けて、新幹線とホームを共用する。

地域おこし協力隊の活用

奥津軽いまべつ駅(画像:写真AC)

奥津軽いまべつ駅(画像:写真AC)

 線路が手に入ったらランニングコスト(維持費用)の話だ。鉄道事業での悩みのタネのひとつが人件費である。ここで前述の「田舎の町営にしかできない秘策」の登場である。それは

「地域おこし協力隊」

の活用である。地域おこし協力隊は、国による地方創生の一環として行なわれている、都会に住んでいる人を地方に移住して地域活性化のために働いてもらうための制度だ。

 自治体がひとり採用するごとに年間最大520万円の交付金が自治体に入る。これだけの予算があれば、手取30万円になるように月給を設定すると36万円、年間432万円。ボーナスを1か月付けても468万円。その1割が社会保険等の雇用者側負担で47万円の加算。合計515万円で収まる。つまり、

「地方鉄道よりも高い給料」

で鉄道職員を雇えるのだ。実際に千葉県北東部の銚子市では元名古屋鉄道運転士の西上いつき氏が採用され、銚子電鉄に派遣されて運転士として活躍している。

 こういった事例もあることから、町で直接地域おこし協力隊として採用活動を展開すれば、休日出勤や短時間休憩に嫌気がさしている人が増えているという都市部の鉄道運転士業界に、

「田舎でのんびり地域の鉄道を支えませんか」

と訴求できる(なお、西上氏は名古屋鉄道を退職し独立・起業した後、数年事業を続けてからの採用であり、職場環境が転職の理由ではない)。こうして運転士やその他係員を集められれば、実質、町のランニングコスト負担は

・軽油代
・車両保守委託費用
・奥津軽いまべつ~津軽浜名間6.1kmの線路保守委託費用

だけになる。

実質負担の中身

蟹田駅(画像:写真AC)

蟹田駅(画像:写真AC)

 鉄道ジャーナリスト・梅原淳氏がビジネスジャーナルに書いた記事「鉄道、1車両当たりの燃費、鉄道会社間で驚きの差? その理由とは?」(2018年3月24日配信)によると、JR北海道の場合、ディーゼルカーのエンジン1基を1時間アイドリングさせるだけで軽油を3.5L消費するという。また、走行中の燃費は1.5km/Lとのことだ。

 1Lあたりの単価は、最近は130円台後半のようであるから、多少の上振れを見込んで140円で計算してみる。北海道新幹線経由で蟹田~津軽浜名間を運行する場合、距離は次のとおりだ。

・津軽浜名~奥津軽いまべつ間:6.1km
・奥津軽いまべつ~中小国間:11.9km
・中小国~蟹田間:4.4km
・合計:22.4km(現行より3.3km短い)

この距離なら、片道1本あたり15L消費し、2100円のコストということになる。三厩~津軽浜名間3.1kmを諦めたのと、在来線経由より3.3km短くなったのは大きい。被災前の津軽線は上下計10本(5往復)の運行だったので、1日あたり21,000円だ。また、始発前や折返時間のアイドリングは

「5往復 × 折返時間1時間 = 5時間」

とすると1日16.5L消費で2,300円。これも足すと1日約23,300円が燃料費となる。これを年間にすると

「約850万円」

である。次に奥津軽いまべつ~津軽浜名間の保線コストを考えてみる。国土交通省資料によると、線路・電路保存費の合計はJR東日本の数値を基準とすると1kmあたり1,428万円と高額だが、JRで2番目に安く、東日本と同じく雪が多いJR北海道の基準だと488万円/kmだ。奥津軽いまべつ~津軽浜名間6.1kmに当てはめると年間3,000万円弱になる。

 最後に車両保守費だが、これもJR北海道基準だと1両あたり958万円。予備車や予備費を入れて2両で1,900万円少々を見積もっておけばよいだろう。

 以上を合計し、北海道新幹線と中小国~蟹田間の線路使用料をわずかに支払うとすると、今別町営にした場合の実質負担は

「年間6,000万円」

といったところだろう。当初JRが示していた年間6億円から比べるとかなりのローコストだ。

運賃による維持費カバーの限界

三厩駅(画像:写真AC)

三厩駅(画像:写真AC)

 この年間6,000万円の維持費に対して、運賃収入でどこまでカバーできるだろうか――。

 2018年乗車人員データによれば、唯一データが取れている駅が三厩駅の25人であった。仮にその他の津軽浜名、今別、大川平、奥津軽いまべつ駅からも25人ずつの利用があるとする。三厩駅の利用者も津軽浜名駅の利用者数に加算し、さらに利用促進のため、津軽浜名~今別間の線路沿いにある今別町役場前にも新駅を設置して全部で1日150人くらいは乗ってくるとしよう。この150人から定期・定期外含め月あたり1万円取れるとすると、年間1,800万円程度の収入が見込める。

 さらに、運賃の高さで定評のある第三セクター鉄道の水準を適用すれば、通学定期でも20kmで月15,000円は妥当なところだろう。定期外運賃1か月分ならもっと多い。ある程度の利用者負担を求めてここまで引き上げると年間3,000万円は見込める。

 そうすると通学定期の値段はJR時代の倍額になるが、年間の赤字負担は半額の3,000万円まで圧縮できるだろう。町の実質負担額の半額を利用者負担で賄うなら各方面からも一定の理解は得られるのではないか。なお、阿部氏は

「ほとんど空気しか運んでいないような状況なら、町民へ北海道新幹線の特急料金を補助した方がいいのではないか」

としている。奥津軽いまべつ~新青森間の特定特急料金でも1,330円。このうち

「1,000円 × 往復 × 1日100人」

に補助したとしたら、年間7,300万円を要する。本稿の案で津軽線を維持した方が安そうだ。

あとは町次第

今別町のウェブサイト(画像:今別町)

今別町のウェブサイト(画像:今別町)

 今別町は、税収や補助金などで年間29億円の収入をもとに行政を運営している。

 この年間3,000万円の赤字負担を高いと見るか安いと見るかは一概にはいえないが、収入の約1%で維持できるなら安い方だろう。

 鉄道をどうしても残したいのであれば、多少の負担を受け入れることができるかどうかをよく考えてみてほしい。

 新幹線の線路をローカル線の気動車1両で走る光景は、まるで

「ツールドフランスに三輪車で挑む」

ようなものだが、これが町の観光資源になるかもしれない。

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