蒲蒲線が一歩前進「羽田アクセス」新路線の現在地

東急多摩川線

東急多摩川線の電車。「蒲蒲線」こと新空港線は同線を延ばして羽田空港アクセス路線とする計画だ(記者撮影)

東京、そして日本の玄関口となっている羽田空港。東京都心部とのアクセスを担う鉄道は、2024年9月で開業60周年の東京モノレール、そして京急電鉄空港線の2路線だが、新たな路線計画も進行している。

1つはJR東日本による「羽田空港アクセス線(仮称)」。羽田空港と東京駅を結ぶルートの整備が2023年6月に着工し、2031年度の開業に向けて整備が進んでいる。そして2024年8月、もう1つの空港アクセス路線にも動きがあった。「蒲蒲線」こと「新空港線」だ。

「これで一歩進んだ」新空港線

新空港線は、東急多摩川線の終点蒲田駅の1つ手前、矢口渡駅付近からJR・東急蒲田駅、京急蒲田駅の地下を経て、京急空港線に接続する新路線構想。2つの蒲田駅を結ぶことから蒲蒲線の名でも知られる。現在、整備に向けて計画が進んでいるのはこのうち矢口渡―京急蒲田間、約1.7kmだ。

【写真と図でわかる】どこを通る?「新空港線」と「羽田空港アクセス線」。3両編成の電車がのんびり走る東急多摩川線、アクセス線に変身する予定のJR「大汐線」の現在の姿

国土交通省は8月27日に発表した2025年度予算案の概算要求で、新空港線の整備について補助金3000万円を計上した。国交省が同線に関する費用を計上したのは今回が初だ。予算化されれば、事業化に向けた調査や設計が進み出すことになる。

新空港線の構想を推進してきた大田区の鉄道・都市づくり課の担当者は、「概算要求の段階なので決まったわけではないが」と前置きしたうえで、「私たちはこれでまた一歩進んだと捉えており、ありがたいこと」と語る。

同線は、約800m離れているJR・東急の蒲田駅と京急蒲田駅を結んで区内の交通の分断を解消するとともに、東急線方面から京急空港線へのアクセスを改善するのが狙いだ。東急線と京急線は軌間(線路の幅)が異なるため直通運転には課題があるが、東急多摩川線から続く線路が京急蒲田駅の地下まで延びれば、乗り換えは必要なものの東急東横線や地下鉄副都心線沿線などからの新たな空港アクセスルートとなる。まず矢口渡―京急蒲田間を第1期区間として先に整備するのはこのためだ。

「前進」だが開業は十数年後?

同線の構想は1980年代にさかのぼる。2016年には国の交通政策審議会が取りまとめた東京圏の鉄道整備についての答申で「国際競争力の強化に資する鉄道ネットワークのプロジェクト」の1つとされたが、その後しばらく進展はなかった。東京都と区の費用負担の割合の調整に時間を要したためだ。

東急多摩川線 矢口渡駅

東急多摩川線の矢口渡駅。新空港線はこの駅の先から地下に入り、JR・東急蒲田駅を経て京急蒲田駅方面に向かう計画だ(記者撮影)

環八通り 東急多摩川線

環八通りの上を走る東急多摩川線。新空港線は環八通りを越えた蒲田側(写真左側)から地下に入る計画だ(記者撮影)

新空港線(第1期)の事業費は、2022年時点の試算で約1360億円。国と地方自治体がそれぞれ全体の3分の1を補助し、残る3分の1は路線をつくる整備主体が調達する「都市鉄道等利便増進法」という制度を活用する計画だ。都と区が協議を続けていたのはこの地方自治体分の負担割合で、2022年6月に都が3割、区が7割を負担することで合意した。

これを受けて同年10月には、整備主体となる第三セクター「羽田エアポートライン」が区と東急電鉄の出資で設立され、実現へ大きく弾みがついた。今回、国交省が概算要求に費用を盛り込んだことで、2025年度は事業化へ向けた動きが本格的に進むことになりそうだ。区の担当者は「今後、事業化に向けた手続きを進めるうえで、国と具体的な相談や協議をできる段階になった」と話す。

大田区役所前

大田区役所前に立つ、新空港線の実現を訴える看板(記者撮影)

ただ、順調に進んだとしても開業までの道のりは長い。区によると、「事業化に向けた手続きなどに3~4年、実際の工事は10年程度を要すると考えられる」ため、開業は早くても2030年代後半になるとみられる。

京急蒲田駅

京急空港線が発着する京急蒲田駅は巨大な高架駅だ(記者撮影)

さらに、京急蒲田駅から先、京急空港線への乗り入れを想定する「第2期」については、線路幅の違う東急線と京急線の直通という技術的に大きな課題があり、「検討は行っているが、具体的なところは決まっていない」(区の担当者)段階。空港に直結しない状態は長く続きそうだ。

2022年時点の需要予測では、第1期整備区間の利用者は1日約5.7万人で、このうち航空旅客は1.5万人と見込む。都と区の費用負担割合が3:7なのは、都が「空港アクセスに関する旅客等その他の旅客分」、区が「空港アクセスを除く大田区発着に関する旅客分」を負担することにしたためだ。つまり、京急蒲田駅までの開業では「地域の交通機関」としての役割のほうが大きいといえる。

東急多摩川線 蒲田駅

蒲田駅に発着する東急多摩川線の電車(記者撮影)

区は2024年4月、新空港線第1期整備による「経済波及効果」を発表。開業初年度で大田区に約2900億円、東横線などを通じてつながる都内と埼玉県・神奈川県の一部まで含めると約4600億円の効果を生むと試算し、区外にもメリットをもたらすとPRする。「路線開業で蒲田が素通りされるのでは」といった区民の懸念もある中、整備効果をいかに引き出せるかが大きな課題だ。

JR羽田アクセス線はどこまで進んだ?

一方、新空港線よりも先に開業する予定の羽田空港行き路線が、JR東日本が整備を進める「羽田空港アクセス線(仮称)」だ。

同線は、湾岸部にある東京貨物ターミナル付近から羽田空港まで約5.0kmの「アクセス新線」を建設、さらに既存の線路と接続するなどして都心部と羽田空港を直結する。

東京駅方面と結ぶ「東山手ルート」、新宿駅方面と結ぶ「西山手ルート」、りんかい線を通じて新木場駅方面と結ぶ「臨海部ルート」の3ルートの整備計画があり、すでに着手しているのは東山手ルートだ。

新空港線とJR羽田空港アクセス線路線図

同ルートは東京貨物ターミナルから、1998年以来休止している東海道本線の貨物支線(大汐線)を経由して東海道本線に乗り入れ、羽田空港と東京駅を直結する。東京駅―羽田空港駅(仮)間の所要時間は約18分の想定。宇都宮線や高崎線、常磐線方面からの所要時間短縮や乗り換え解消なども掲げる。

大汐線

休止中の貨物線「大汐線」の現在の姿。羽田空港アクセス線は同線の設備を活用する計画だ(記者撮影)

工事は2023年6月に着手。空港島内のトンネルは国交省が空港整備事業として建設することとなっており、こちらも2023年12月に着手した。空港駅は第1旅客ターミナルと第2旅客ターミナルの間にある道路の地下に建設し、長さ約310mのホーム1面2線を設ける。

JR東日本によると、整備については現状で「工事に支障となる地上設備等の移転や撤去工事を行っている」段階という。開業の目標は2031年度だ。

空港アクセスは期待の分野

今や日本経済の大きな柱の1つとなっているインバウンド。2019年度に約3188万人を記録した訪日外国人旅行者数はコロナ禍で一時期落ち込んだものの、その後急速に回復しており、日本政府観光局(JNTO)によると2024年7月は329万人と前月に続いて単月としての過去最多となった。政府は2030年度の目標を6000万人と掲げる。

蒲田駅前 羽田空港行きのシャトルバス

蒲田駅前に発着する羽田空港行きのシャトルバス(記者撮影)

通勤の減少や少子高齢化の進展で鉄道需要の大きな伸びが見込めない中、「空港アクセス」は今後も期待を集める分野だ。羽田空港にはすでに鉄道2路線のほか、バスなど多様なアクセス手段がある。新路線は増えるインバウンド需要を取り込んで既存の交通機関とすみ分けを図るのか、あるいは競争の激化を招くのか。後者となった場合、はたして「勝者」となるのはどの路線だろうか。

(小佐野 景寿 : 東洋経済 記者)

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