海運「2050年ゼロエミ“必達”」下された号令 可能なの? 新燃料船は今どうなっているのか

IMO(国際海事機関)の新戦略により、海運業界は 2050年にカーボンニュートラル“必達”となりそうです。それを達成するための新燃料船の開発や実用化は、どこまで進んでいるのでしょうか。専門家は“陸側の取り組み”も求めています。

2050年カーボンニュートラル 国際海事機関が明記したことの意味

 海事産業では現在、重油に代わる燃料やエネルギーを動力源として使用する、新しい船舶の開発が急ピッチで進められています。これには地球全体の課題となっている気候変動問題への対応で、国際海運が世界から厳しい目線にさらされているということが挙げられます。

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黒煙を上げる船のイメージ。2020年にはIMO主導の世界的な環境規制によって大幅なGHG排出削減が図られた(画像:federicofoto/123RF)。

 国際海事機関(IMO)は2023年7月、第80回海洋環境保護委員会(MEPC80)で、2050年までに国際海運からのGHG(温室効果ガス)排出を実質ゼロとする新たな削減戦略を採択しました。以前から大手船社を中心に2050年GHG排出ゼロは掲げられていましたが、全世界的な船舶の環境規制を司るIMOが新削減戦略に明記したことで、こうした動きをいっそう加速させる必要が出てきたのです。

 東京海洋大学の清水悦郎教授は「今は商船が中心になっているが、漁業分野や需要が増えている洋上風力発電の建設やメンテナンスを行う船などに対しても、カーボンニュートラル化へ向けた取り組みが必要になってくる」と述べ、さらに多くの船種で新燃料への切り替えが必要になってくるとの見解を示しています。

 日本は2021年10月に「2050年国際海運カーボンニュートラル」を発表。改定GHG削減戦略での新たな目標として、「2050年までに国際海運からのGHG排出ゼロ」をアメリカやイギリスなどと共にMEPCの場で提案していました。

 IMOの新削減戦略では「2050年までのGHG排出ネットゼロ」に加えて、2030年までに輸送量当たりのCO2(二酸化炭素)排出量を2008年比で40%削減し、ゼロエミッション燃料の使用割合を5~10%まで引き上げることが盛り込まれています。これを達成するため、GHG排出量を2008年比で、2030年までに20~30%削減、2040年までに70~80%削減する削減目安も採択されました。

 気候変動対策への圧力は投資家を通じて企業にも及んでおり、日本郵船や商船三井、川崎汽船といった大手船社が揃って2050年までのネットゼロ・エミッション化を目標として打ち出し、新燃料船の開発を積極的に行っています。鉄鋼大手の日本製鉄や石油大手の出光興産も2050年カーボンニュートラルを掲げ、サプライチェーン全体のGHG排出量を大幅に削減する方向に舵を切りました。

 こうした背景もあり、航行時にGHGを一切排出しないゼロエミッション船を早期に実用化する必要があるわけです。

ここまでできてます!新燃料船

 日本では2021年10月から350億円の「グリーンイノベーション基金」を活用した「次世代船舶の開発」プロジェクトに着手。水素・アンモニアなどを燃料とするエンジン、燃料タンク、燃料供給システムなどの開発が進められています。2023年5月には世界に先駆けて大型アンモニアエンジンによるアンモニア燃料と重油の混焼運転試験が始まりました。

 同プロジェクトによれば、アンモニア燃料船については2026年から実証運航を開始し、2028年までのできるだけ早い時期に商業運航をする予定。水素燃料船の実証運航は2027年から開始し、2030年以降の商業運航を目指しています。

 最近の具体的な動きとしては、川崎重工業が開発を進める16万立方メートル級の大型液化水素運搬船の受け入れ地として2023年3月に川崎市の臨海部が指定され、液化水素を大量に輸送する事業の確立を目指して日本郵船、商船三井、川崎汽船が協力することになりました。9月から10月にかけては常石造船がメタノール焚きの5900TEU型コンテナ船やカムサマックスバルカー(ギニアのカムサ港に入れる最大サイズのばら積み船)を相次いで受注しています。

 11月には日本郵船グループのNYKバルク・プロジェクト(NBP)が住友商事グループの大島造船所と、アンモニア焚きハンディマックスバルカー(世界のほとんどの主要港に入れる最大サイズのばら積み船)を2020年代後半以降の建造検討で合意しました。建造隻数は10~15隻。チリの国営企業コデルコが輸出している銅製品の輸送に投入される予定です。

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日本郵船らが開発しているアンモニア燃料アンモニア輸送船のイメージ(画像:日本郵船)。

 内航分野では商船三井グループの商船三井さんふらわあが、国内初のLNG(液化天然ガス)燃料フェリー「さんふらわあ くれない」「さんふらわあ むらさき」を2023年から大阪~別府航路に投入済み。2025年には大洗~苫小牧航路でもLNG燃料フェリーが運航を開始する予定です。

 このほか2022年から、動力源に大容量リチウムイオン電池を搭載した旭タンカーのEVタンカー「あさひ」「あかり」も登場し、川崎港を拠点として東京湾内で外航船に燃料輸送・燃料補給を行うバンカリング船として運航されています。同船は航行や離着桟、荷役、停泊中の船内電源といった船の運用に必要な電力を全てバッテリーで賄うことができ、CO2を排出しない完全ゼロエミッション運用が可能です。

陸側でも取り組んでくれないと達成不可能?

 こうした新燃料船が次々に登場しているとはいえ、2050年カーボンニュートラルに向けてこれらが日本で急速に広まるかどうかは不透明な状況です。既存のディーゼル船を置き換え、GHGの排出量を抑えられるLNGやLPG(液化石油ガス)、水素、アンモニア、メタノールなどを使用する新燃料船へ切り替えるには、2030年以降で年間1億総トンレベルの建造が必要とされています。

 日本造船工業会の金花芳則会長(川崎重工業会長)が「環境規制により各船社は2050年までに現存船を総取り換えする方向に動いており、新造船の建造量は大幅に増加するものと見ている」と話すように、新造船需要の拡大をチャンスと見る向きもあります。

 一方で、そもそも港湾側のインフラが整っておらず、LNGやメタノール、アンモニア、水素といった燃料を供給するのに必要なバンカリング船も普及が進んでいません。EV船に関しても陸上側に充電設備を置く必要がありますが、本格的な整備はこれから着手することになっています。

 例えばスイスの重電大手ABBは15メガワットまで対応可能な給電システムを開発しており、船舶側の設備が整えば電気の供給や大容量バッテリーへの充電が可能にはなるものの、そう簡単にはいきません。

「6万ボルトの電力を250アンペアという量で供給しないと15メガワットにはならない。つまり特別高圧電力の契約が必要になり、麻布台ヒルズのような都市の開発と同等の電力量になってくる」(清水教授)

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川崎港に設けられた陸上給電設備。奥がEV船「あさひ」(深水千翔撮影)。

 加えて清水教授は「船の寿命は20年から30年。特にいま建造している船は、2050年も確実に動いている。それを考えると、船の世界だけでカーボンニュートラルは難しく、陸上側の方でカーボンネガティブを作ってもらう必要があるのではないかと思っている」と話します。

 カーボンネガティブとは大気中に放出されるCO2の量より、吸収するCO2の方が多い状態を指します。たとえば、港湾にCO2を除去・吸収する技術を導入し、港湾側でネガティブになった部分をカーボンクレジット(CO2の排出権)として海運会社などに売ることで、船舶運航全体のカーボンニュートラルを達成することも一つのアイデアでしょう。

 いずれにせよ、海事産業だけでは2050年カーボンニュートラルの実現は非常に難しく、鉄道、自動車、飛行機など他のモビリティやインフラの整備も含めて社会全体の問題として捉えていく必要があります。

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