世界初「アンモニア燃料船」まもなくデビュー 夢の燃料は取扱注意の“劇物” そのメリットは

世界初となる「アンモニア燃料船」の開発が進んでいます。船のCO2排出をゼロにする新時代の燃料として期待されているアンモニアですが、かなり“取扱注意”な物質のため安全対策が課題です。

日本初の「LNG燃料船」を世界初の「アンモニア燃料」に

 世界で初めて「アンモニア」を燃料に使用する船が2024年6月に日本でデビューします。
 
 海運大手の日本郵船は2023年12月14日、同社が保有するタグボート「魁」(272総トン)にアンモニア燃料船へ改造する工事の様子を報道関係者に公開しました。アンモニアは燃焼時にCO2(二酸化炭素)を排出しない環境に優しい次世代燃料として期待されており、日本郵船はアンモニア燃料船を2030年までに3隻、2031年から2033年にかけて12隻整備する方針を掲げています。

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日本初のLNG燃料タグボート「魁」。これを世界初のアンモニア燃料タグボートにする改造が行われている(深水千翔撮影)。

 日本郵船の川越祥樹アンモニア燃料船開発チーム長は「世界に先駆けてアンモニア燃料船の開発をしている」と話します。

 世界初のアンモニア燃料タグボート(A-Tug)となる「魁」はもともと、2015年8月に日本郵船グループの京浜ドック追浜工場(神奈川県横須賀市)で竣工した日本初のLNG(液化天然ガス)燃料タグボートでした。8年間にわたって横浜港内で新日本海洋社が運航を行って来ましたが、2023年10月に改造工事を実施するため追浜工場に入渠しています。

 船台の「魁」を見るとブリッジから前側が切断され、不要となるLNG燃料タンクなどのガス供給プラントやLNG燃料エンジンはすでに撤去されていました。この空いたスペースにアンモニア燃料タンクや燃料供給設備、アンモニア燃料エンジン、排ガス後処理装置などが搭載されます。

「アンモニア燃料主機を搭載する準備は順調。アンモニアをガス化してエンジンに供給する装置を取り付ける作業が山場だ」(京浜ドック、原民樹常務)

 アンモニア関連の機器は2024年2月以降に取り付けを行い、竣工は6月を予定しています。就航場所は引き続き横浜港で、これに合わせてトラックから船へ舶用アンモニア燃料を供給する技術も確立していく方針です。

 A-Tugを含むアンモニア燃料船の開発は、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のグリーンイノベーション基金事業である「次世代船舶の開発」プロジェクトの一環。この事業は2050年までに温室効果ガスの排出量を全体としてゼロにする目標を日本政府が宣言したことをきっかけに始まりましたが、今や日本郵船、商船三井、川崎汽船のような大企業から、IMO(国際海事機関)のような国際的な組織まで「2050年ゼロエミッション」を掲げており、CO2を排出しない次世代燃料に対応した船舶の実用化は早急に行わなければなりません。

既存のガス燃料と似た特性でCO2フリーに

 日本郵船は水素やメタノールといった数ある次世代燃料の中でも、アンモニアに着目。IHI原動機と共同でアンモニア燃料タグボートを、ジャパンエンジンコーポレーションやIHI原動機、日本シップヤードと共同でアンモニア燃料アンモニア輸送船 (AFAGC)の開発を進めています。

「アンモニアはLPG(液化石油ガス)とほぼ似たような特性を持っているため、舶用燃料として使うのは非常に有利だと考えている」(日本郵船、松本卓也工務グループ長代理)

 とはいえアンモニアは毒性のある“劇物”です。燃料として使用する上で避けて通れないN2O(亜酸化窒素)や毒性といった課題に関しては、さまざまな点からアプローチが行われているところです。

 国産4ストロークアンモニア燃料エンジンの開発に取り組んでいるIHI原動機は、2023年5月に「魁」へ搭載する予定のエンジン実機を用いた、A重油に対しアンモニア燃料混焼率80%の混焼試験を開始。燃焼時に発生する排ガスの後処理装置など、周辺設備を組み合わせて運転することで、温暖化係数がCO2比300倍となるN2Oの排出をほぼゼロにできました。

 さらにアンモニアは粘膜に対する刺激性が高く、短期間で気道や肺に重大な損傷を引き起こすため、配管の二重化やガスを放出するパージ装置の設置など、乗組員を守る設計をしっかり行った上で、アンモニア燃料エンジンが置かれている機関室へは基本的に立ち入らないようにし、機関部とプラント部は別に設けた部屋から監視・制御できるようするとのことです。

「魁」が2024年にA-Tugとして生まれ変わった後、2026年度には新造船としてアンモニア燃料アンモニア輸送船(AFAGC)が竣工する予定です。日本郵船は2030年までに3隻目のアンモニア燃料船を整備することを計画していますが、どのような船種になるかはまだわかりません。可能性としてはLNG燃料船として実績がある自動車運搬船が考えられるでしょう。

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京浜ドック追浜工場で改造中の「魁」(深水千翔撮影)。

 川越チーム長は「このタグボートが、世界で初めてアンモニアを燃料で焚いて動く商用船となる。ここで培った知見を、外航船であるアンモニア燃料アンモニア輸送船の方に生かしていく」と話していました。

 日本郵船が船舶脱炭素化における一丁目一番地の取り組みと位置付けるアンモニア燃料船開発。小さいタグボートがゼロエミッションに向けた文字通りの「魁」として、横浜港にデビューするまであと少しです。

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